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ANA、JAL→ノジマ…「従業員シェア」が大規模な離職・転職の引き金になるワケ

  • 2020.12.22
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業績不振企業から人手不足の企業に出向する「従業員シェア」。家電量販店のノジマがANAとJALから客実乗務員の受け入れを発表したことは大きな話題となった。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「今回の従業員シェアによって離職や転職が加速する」と指摘する――。

機内で義務を果たしている客室乗務員
※写真はイメージです
外食産業の上場企業100社から1200人が出向

コロナ禍の業績不振企業が一時的に人手不足企業に従業員を出向させる「従業員シェアリング」が増えている。航空、ホテル、飲食業から出向が始まっているが、話題になったのがANAホールディングスや日本航空(JAL)からの出向だ。

家電量販店のノジマは11月から両社の客室乗務員や事務系社員の受け入れを始め、21年春までに約300人をノジマの店舗やコールセンターで働いてもらうことにしている。また、日本経済新聞社の調査によると、外食産業の上場企業100社が11月までに延べ1200人が異業種に出向したという。

送り出す企業としては①社員の解雇を回避できる、②出向という形を取ることで仕事の基本スキルを維持し、需要が回復したときに働いてもらえる、③人件費を抑制できる――などのメリットがある。一方、受け入れる企業は即戦力人材の確保だけでなく、接客業務の質の向上や、給与も送り先企業との折半となれば人件費も安くてすむというウィンウィンの関係が成り立つ。もちろん、社員にとっても雇用が維持され、給与も保障されるのであれば、それなりのメリットもある。

今回の従業員シェアは相当数の離職、転職を促す

しかし、今回の「従業員シェア」は相当数の社員の離職・転職を促すだろうと見ている。今回、と言ったのは、実は従業員シェアは1980年代から製造業を中心に実施されたことがある。例えば日立製作所など大手電機メーカーは閑散期の工場の従業員をトヨタ自動車など自動車メーカーの工場に受け入れてもらった経験がある。当時は人事部員が管理責任者として社員と一緒に現地に赴任。社宅や寮から工場に通うという生活を送り、期間を終えると再び元の工場に戻るというパターンだった。

社員は生産技術職であり、しかも終身雇用に守られており、当然、離職することは考えられなかった。しかし、今回の出向社員はもともと離職率の高いサービス業であり、昔のような終身雇用環境でもない。しかも社員の心境も複雑だろう。仕方なく出向を選択せざるをえないとしても、異業種の仕事にとまどいを感じる人もいるだろう。あるいは出向先から本当に戻れるのかという不安もある。

在宅勤務、待機中にキャリア観に変化

加えて緊急事態宣言以降の在宅勤務や2カ月以上の休業期間中に改めて自分のキャリアを見つめ直し、会社の将来について考える社員も多かったのではないか。パソナ総合研究所の「コロナ後の働き方に関する調査」(12月1日発表)によると、在宅勤務を行った結果、「仕事以外の生活の重要性をより意識するようになった」と回答した人が46.1%と約半数に上る。

また、「今回の在宅勤務をきっかけに、職業選択や副業等への希望は変わりましたか」という質問に対して「近い将来の転職を検討し始めた」人が16.6%、「希望する職務や就業先が変化した」人が9.5%もいる。転職を検討し始めた人は20代が30%を超えている。

また「転職を検討し始めた・希望する職務や就業先が変化した」人に職務や転職についての考え方が変わった理由を尋ねると「在宅勤務を機にワークライフバランスを変えたくなった」が最も多く42.9%、次いで「在宅勤務を機に現在の職務や会社の将来に疑問が生まれた」が29.0%となっている。

ノートパソコンを使用している女性
※写真はイメージです

さらにコロナ禍で実施されたエン・ジャパンの「ミドル世代の『転職意向』実態調査」(7月17日発表)では、「転職を考えている」人が97%もいるが、その理由のトップが「仕事の幅を広げたいから」(35%)、次いで「会社の将来に不安を感じるから」(33%)を挙げている。

航空需要が元に戻るには2024年までかかる

在宅勤務中に自分のキャリアに対する考え方が変化し、コロナ禍の業界や会社の状態を見て、将来に不安を感じて離職を意識するようになる。この心理的変化は長い休業期間を過ごしたANAやJALの社員も決して無縁ではないだろう。

両社ともに2021年3月期は赤字の見通しであり、国内外の航空事業の縮小を迫られている。社員もボーナスカットや給与の削減を強いられているが、航空需要が復活するまでは今の状態が続く可能性もある。ワクチンの普及しだいで変わるが、国際航空運送協会(IATA)は今年7月末の予測では世界の航空需要がコロナ前の水準に戻るには2024年になるとの見通しを示している。勤める会社の先行きが不透明な状況下で、自分の出処進退を決めかねている社員も多いだろう。

出向先でキャリアが明確化することも

あるいは出向先での仕事の経験を通じて進むべきキャリアが明確になるかもしれない。その場合の選択肢は①出向先に転籍(就職)する、②他の接客・サービス業に転職する、③出向元の職務(例えば客室乗務員という仕事)を続ける――という3つだろう。

航空会社の接客サービス能力は他の業界に比べても一流と言われる。マナー教育も含めた入社後の徹底した教育には定評があるだけではなく、とくにCAなどを目指す人は大学時代から英語教育をはじめとして鍛えられてきた人が多い。CAのOGの中には接遇やマナー教育の研修講師として活躍している人も少なくない。

ANA、JALの採用見送りでCA志望の学生は…

接客サービスに関連する企業にとっては喉から手が出るほどほしい人材でもある。実はANAやJALは2021年卒の採用を見送ったが、毎年両社を含めて航空業界やホテル業界に多数の学生を送り出している大学がある。今年は採用中止で多くの学生が涙を飲んだが、この大学のキャリアセンターはサービス業への就職を勧め、内定を得たという。大学のキャリアセンターの担当者はこう語る。

「外国語学部や観光系学部の学生の中には入学時点でCAを目指している人もいる。今年は応募すらできなかったが、大学としては社会を経験させることが大事であると考えている。例えばCAを目指している学生には『結構中途採用もあるよ。培った語学力やホスピタリティを発揮できる企業に一回就職し、中途採用が出たときに再チャレンジしてはどうか』とアドバイスした。ホスピタリティは顧客と接する機会の多いサービス業でも生かせる」

実際に方向転換した学生たちは不況下にもかかわらず、ドラッグストアやスーパーなどの小売り・流通業をはじめとするサービス業からは引く手あまただったという。

従業員シェアの意義

当然、出向先の企業は優秀な人材を確保するために「当社の社員にならないか」と誘ってくるのは間違いないだろう。実際に従業員シェアで居酒屋大手のチムニーからイオン傘下のイオンリテールに出向した45人のうち、10人がイオンに転籍(就職)している。受け入れ企業にとっても従業員シェアは人材獲得のチャンスでもあるのだ。

ANAやJALの社員にしても出向先から高く評価されることで自分の市場価値を知ることになり、CA以外の業種でのキャリアを目指したいという人が出てもおかしくない。あるいは②のように今まで気づかなかった自分のスキルの高さを確信し、他のサービス業でキャリアを築いていく道を選ぶ人が出てくるかもしれない。

また、③のように改めてCAという職業が自分に合っているという確信を抱く人もいるだろう。それだけではなく、異業種でモノを販売するという経験を通じて今までの職務の枠を離れて、出向元に新たなビジネスチャンスをもたらす人もいるかもしれない。

従業員シェアの意義について日本総合研究所の山田久福理事長はこう語る。

「違う業種で働いてみることで何かが得られる可能性もある。本来イノベーションは違うことを組み合わせることで生まれるものだ。結果として産業構造の転換につながり、産業の融合や新たなビジネスモデルを生み出すかもしれない。一方でデリバリー会社に出向した飲食業の人がデリバリー企業に就職するなど、労働移動が進む可能性もある。しかし、元の会社にとどまり解雇されるよりはよい。従業員シェアによって失業なき労働移動が進むことは社会的にも意義がある」

従業員シェアによって労働移動が進むと、出向元にとっては優秀な人材を失うのはデメリットかもしれない。しかし、従業員シェアが広がると、個人にとっては当初は不本意な出向かもしれないが、前述したように従業員シェアで違う業種を経験することで自分のスキルの市場価値や進むべきキャリアについて確信が得られるメリットもあるだろう。

溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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