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コネておいしいアフリカの主食|世界のおいしいレシピ③

  • 2020.12.20
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2021年1月号の特集テーマは「おいしいレシピ100」です。アフリカを訪れた際、しばらく現地の主食になじめなかった石田さん。しかし、ある時、現地人と同じ食べ方をすると途端に美味しく思えたといいます。その食べ方とは――。

コネておいしいアフリカの主食|世界のおいしいレシピ③

■アフリカの雄大さと美味しさ

アフリカの東部や南部の主食は、トウモロコシの粉をお湯で練った、蕎麦がき状のものだ。国や地域によって「ウガリ」「シマ」「サザ」などと呼ばれる。色は白く、ぱっと見は蒸しパンに似ている。これを肉や魚などのおかずに添えたり、煮込み料理につけたりしながら食べる。

最初ケニアで食べたときは、少し浮かない気持ちになった。これを毎日食べなきゃいけないのか......。
ケニアのはとりわけ、モソモソした重い食感で、夏の穀物倉庫のようなムッとするにおいがあり(悪臭ではないのだけれど)、旨味らしいものが見当たらない。というか味がない。洗練さの対極にある食べ物だと思った。

大きな町の食堂だとウガリとご飯の両方を置いていたから、いつもご飯を頼んだ。ただ、自転車旅行だから田舎にも泊まる。ウガリしか置いていない店もある。仕方なくウガリも食べる。
あるとき、現地の人がやっているように、指でちぎって手の中でコネコネともみながら食べると甘味が増し、あれ?悪くないなと思えた。

タンザニアに入ると心なしかウガリのクセが薄れ、食べやすくなった。あるいは、僕のほうがアフリカになじんできたのかもしれない。コネコネもみながら食べる所作も堂に入ってきた気がする。

マラウイに入ると「シマ」という名に変わり、急に垢抜けた。味やにおいはそう変わらないが、口当たりが違う。なめらかでしっとりしている。
食べているうちに、いつの間にか大好きになっていた。暑くて食欲のないときでもシマだけはスルスルと喉を通る。現地で食べられているものには、やはりそれだけの理由があるのだ。
やがて店にご飯があっても僕は毎回シマを頼むようになった。さらに一歩、この地に入り込めたような気がして、なんだかうれしかった。

帰国後、食べ物のエピソードで綴る世界一周紀行『洗面器でヤギご飯』を上梓した際、新宿ロフトプラスワンで出版記念トークライブをやった。その際、本のテーマに合わせ、世界の料理も食べてもらおうということになり、僕はメニューにウガリを入れてもらった。
グローバルなこの時代、いろんな国の料理が楽しめるようになったが、ウガリを食べたことがある人は少ないだろう。手でこねると甘味が増す点もおもしろい。本のタイトルの「ヤギご飯」もアフリカの料理だし、アフリカのスライドを見て、アフリカの話を聞いて、ウガリをコネコネしながら食べてもらったら、なんかエエ感じになるんちゃう?と思った。

さまざまなムチャぶりに応える同店のスタッフもさすがにウガリのことは知らず、僕が現地で見て、食べてきたものを彼らに伝え、ネットの森に転がっている情報を拾い拾い、一緒につくってみた。
まずはトウモロコシ粉をネットで購入。鍋に湯を沸かし、その中に粉を入れ、弱火で温めながら木べらで混ぜる。まさに蕎麦がきと同じだ。やってみるとエッ?と驚いた。重い重い。蕎麦がきの比じゃない。すぐに腕がだるくなる。とんでもない重労働だ。アフリカのおばさんたちに畏敬の念を抱かずにはいられなかった。彼女たちは涼しい顔で、巨大な木べらをワッシワッシと、(いま思えば)腰を入れて混ぜ、山のような量のウガリをつくっていたのだ。でもそういえば、暑い地域では彼女たちも汗だくで木べらを動かしていたっけ。あの汗の意味がいまならわかる。冬なのに僕らは額に玉の汗を浮かべ、交代で混ぜながらなんとかつくりあげたのだった。

合わせるのは魚のシチューだ。鯖缶とトマトをコンソメで煮込む。
それにウガリをつけて試食してみると、意外や意外、ちゃんと現地のものに近い味がする。旨い。なぜこれを最初はまずいと思ったんだろう、と首をひねるほどだった。
ケニアのモソモソしたウガリではなく、口当たりのなめらかなマラウイのシマを目指して水分多めに練ったのがよかったのかもしれない。あるいは粉が上等だったのか。

ともあれ、本番。巨大スクリーンに世界各地の絶景を映す。アフリカでは景色のほか、人や動物も映し、言葉を紡いで、大地が感じられる音楽を流す。お客さんたちは集団催眠にかかったように恍惚の表情になり(退屈で眠かっただけかもしれないが)、アフリカの空気が会場を覆い始める。むせかえる体臭に、動物たちの足音、息遣い......。そのなかでウガリを食べてもらう。「おいしい」「おいしい」あちこちで声がもれる。僕はホッとすると同時に、約150人のお客さんがウガリをコネコネしながら食べている様子を檀上から眺め、「新宿の真ん中で何やってんねん、俺らは」とくすぐったい気持ちになっていたのだった。

文:石田ゆうすけ 写真:出堀良一

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