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歌人、タレント、起業家 カン・ハンナさん「やりたいこと、一つじゃなくて良い」そのカラフルな生き方

  • 2020.12.15
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「大きな決断をするなら、今しかない」

朝日新聞telling,(テリング)

――2011年の移住前にも、何度も旅行で日本を訪れていたそうですね。それでも、いざ日本に住むというのは、大きな決断だったと思います。

カン・ハンナさん(以下、ハンナ) :当時20代後半で、一人の女性として、ある程度キャリアを積み、周りの友達は結婚し始めた時期でした。「今だったら、ゼロから新しいチャレンジをしても、大丈夫なんじゃないか」という思いがありました。逆に言えば、「大きな決断をするなら、今しかない」とも考えたんです。

大きかったのは、やはり日本に対する私の好奇心です。それまで20回ほど日本を訪れ、伝統を大事にするところ、奥深く穏やかな人たちが好きになりました。何事も好きじゃないと続けられないじゃないですか。日本語もしゃべれず、知り合いもいなかったけど、当時つきあっていた彼氏と別れて、とにかく「新しい自分の道を開きたい」という強い思いで日本に来ました。

――短歌とは、どのようにして出会ったんですか。

ハンナ :来日2年目くらいの頃、タレントとしてテレビに少しずつ出始めたタイミングで、「NHKの短歌番組のオーディションを受けてみない?」とマネジャーさんが声をかけてくれたんです。

運命的なものを感じましたね。その1年ほど前に、日本語の勉強で新海誠監督のアニメーション映画「言の葉の庭」を見て、映画に出てくる万葉集の1首に衝撃を受けたんです。「31字しかないこの歌に、心が奪われた」という感覚でした。

葛藤も悔しさも、そのまま短歌に

朝日新聞telling,(テリング)

――ハンナさんの短歌は、女性が感じる恋愛や結婚、出産への「モヤモヤ」した気持ちも、時にストレートに表現しています。

ハンナ :短歌を作る際、日本人の表現力にはたどりつかないと思っています。日本語が母国語ではない私の強みにはならない。ありがたいことに私の短歌が注目いただいた理由は、一人の女性として、一生懸命に生きている姿を、詠んでいるからかもしれません。

スランプに陥ったあるとき、ある歌人の先生に「なぜ私の短歌が評価されるのでしょうか」と相談したことがあります。その先生は「あなたの短歌には、あなたという人間のすべてが出ている。それが良いんですよ」と言ってくれました。

そこから、「さらけ出して良いんだ」と思えました。悔しいときは悔しい、葛藤しているときは葛藤している。泣いているときは泣いている姿を歌って良いんだ、と。短歌って、自分を客観視することができるんです。

――短歌によって自分を客観視するとは、どういうことでしょうか。

ハンナ :短歌は、自分しか詠えないものを詠わなければならないんですね。どちらかと言うと季語が主役の俳句とは違うところです。俳句の場合、「自分」は季語を引き立てるため、風景を描写するカメラマンのような存在です。短歌の主語は自分。自分の物語を詠います。

じゃあ、その「自分」って、どういう人なのか。短歌に出会って3年目くらいのとき、少し立ち止まりました。なぜ結婚していないのか、子どもはほしくないのか、日本に来てわざわざ険しい道を選んでいるのか……。それもあって、3年目で作った短歌は女性の生き方をテーマにしたものが多くあります。

結婚したくないと思っていたわけではなく、色々なことをがんばっていて、気づいたら結婚していなかった……。でもどこかで罪悪感を持っていたんです。結婚や出産をしていないということは、女性としての役割を果たしていないのではないか、と。

そんな思いをどこかで抱えていたのに、向き合っていなかった。短歌を通して、そこに向き合ってみました。

――ハンナさんの短歌には、お母さんのことがよく描かれています。日本もそうですが、韓国も女性が結婚や出産への様々なプレッシャーを感じやすい国という印象があります。そうした視点は、お母さんのことについての短歌からも感じます。

ハンナ :「『三人目も娘を産んでごめんなさい』若き日の母は言ったんだろう」という歌をつくったときは、1週間くらい泣きましたね。私は母にとって3番目の娘ですが、母は産むまで息子だと思っていたらしいんです。母は泣きながら祖母に「ごめんなさい」と言ったそうなんですね。

だから私は、母にとって「誇らしい子でいたい」と、ずっと思っていました。「産んで良かった」「育てて良かった」と母に思ってもらいたいという、強い気持ちがありました。色んな事をがんばるモチベーションにしていました。それは、他の誰かから見れば、マイナスの考え方に見えるかもしれません。でも私は、そういうことも原動力にして、生き方を作っていけるのかなという気もしています。

短歌で表現することで、自分の中で「治癒」されたと思うんですね。いまは、明日結婚するかもしれないし、しないかもしれないと、あまり決めつけて考えてはいません。全部作り上げてみたら「別にたいしたことじゃないじゃん」って思えた。「結婚しない生き方を選んだら、それはそれで味のある短歌を書けるよね」「子どもを生んだら子どもの短歌を詠えるよね」と。自分がどんな選択をしても、面白い短歌を書けるよね、と思えたことが、短歌に出会って私が変わった部分ですかね。

――価値観の違いから、親世代の言葉で傷ついたり、いらだったりすることはありますよね。同時に、ハンナさんの短歌にはお母さんへの愛情も感じます。

ハンナ :短歌を始める前と後で母との会話が変わりました。以前は「仕事なんてどうでも良いから早く結婚して」と母から言われると、「何言っているの。昔と今では時代が違うから」と言い返していたけど、いまは「じゃあママが見つけてよ」と冗談を口にできるようになりました。

歌集を出した後、韓国語に翻訳して、私の短歌を初めて母に読んでもらいました。家に帰ったとき、そっと置いて行ったんです。

それまで読んでもらっていなかったのは、日本で感じてきた葛藤も詠っているので、衝撃を受けてしまったら申し訳ないと思ったからです。

母が歌集を読み、涙を流していたと後日、聞きました。その後、「あなたは大丈夫よ」というメッセージが来たときはうれしかったですね。「今まで認めてもらっていなかったかも」と感じていたから、がんばって良かったと思えた。

"自分が何を望むのか"知ることで・・・

朝日新聞telling,(テリング)

――新たなステージとしてコスメブランドを立ち上げたのは、なぜだったんでしょうか?

ハンナ :2019年、「BEAUTY THINKER」を立ち上げました。短歌を始めて6年目で、ある程度短歌と向き合うことができ、「今度は恩返しがしたい」と感じたんです。私の短歌を読んで一緒に涙を流してくれた方、応援してくれた方、そして韓国、日本という2つの国への恩返しが、何か形になったらいいなと思いました。

その中で立ち上げたコスメブランド「mirari」のフィロソフィーは「Do you know yourself?」。「自分を知る」という部分で、短歌とつながっています。みなさんに「短歌をやりましょう」と言うのはハードルが高い。だから、日々の肌や心のケアの中で、自分を知ることが大事だと伝えたいと思いました。

――自分を理解することは、とても難しいことです。

ハンナ :いまの時代、一番難しいことだと思っています。何をやっても良い社会だからこそ、どういう道を進めば良いかわからなくなる。でも、ひたすら走り続けても、自分のことがわからないと違う方向に行っちゃいますよね。

韓国にいるときから、女性から悩みを相談してもらうことが多かったんですが、共通するのが、「私なんて」と言ったり、誰かと比べたりしてしまうこと。

いまはSNSの時代です。多くの人がSNSに笑顔や自慢したいことを投稿する。そのフィードを見ることで、絶望感を抱いてしまう。「私のリアリティーと違う」と。選択肢も情報量も多いから、逆に選びにくくなっている。

だからこそ、自分が何を望むのか知ることが大切だと思っています。心を大事にする。癒やすだけではなく、心を鍛えないといけないと思っています。

やりたいことはひとつじゃない、なんて当たり前

朝日新聞telling,(テリング)

――副業などキャリアの面でも選択肢が多すぎて悩んでしまうことも多い時代です。ハンナさんは色々な肩書がありますが、そこで悩むことはありますか。

ハンナ :自分でも「きょうは歌人」「きょうはCEO」……と肩書がわからなくなることもありますよ。でも、やりたいことって一つじゃなくて良いと思います。

人生100年時代で、同じ仕事だけで生きていくことって無理じゃないですか。「私はひとつの世界しか知りません」というのは、ちょっと昔の生き方だと思います。

大事なのは、行動を起こすこと。私はしっかり悩むんですけど、「迷う」時間はできるだけ短くします。その分、行動を起こす。迷う時間が長くなると、「怖さ」が高まってしまうんですよね。すぐ決めて動くと、自分が心配していたような展開とは、まったく違う展開になることもある。私も20代から30代前半は失敗ばかりでした。失敗しても良いんですよ。失敗したら、次の選択肢を考えられるから。一歩行動を起こし、その喜びを感じていただきたいと思います。

私は30代後半から40代にかけては女性にとって一番楽しい時期になると思っています。一人の女性として、こんな生き方もあるんだ、ということを提案できればうれしいです。

●カン・ハンナさんのプロフィール 1981年ソウル生まれ。韓国でニュースキャスターやコラムニストとして活動し、2011年に来日。NHK・Eテレ「NHK短歌」にレギュラー出演。2016年から3年連続で「角川短歌賞」に入選し、2019年12月には第一歌集「まだまだです」を出版した。2019年秋に「BEAUTY THINKER」を立ち上げ、今秋、ビーガンコスメブランド「mirari」を発表。横浜国立大学博士後期課程に在学中。

■澤木香織のプロフィール
記者・編集者。telling,編集部員。これまで鳥取、神戸、大阪、東京で記事を書いてきました。関心分野は、働き方・キャリア、ジェンダー、カルチャーなど。多様な働き方、生き方を取材しています。

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

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