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『VOGUE JAPAN』7月号、編集長からの手紙。

  • 2015.5.28
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「夏服」に着替える前に、鏡の前で思うこと。

夏の日差しが眩しい季節になると、素足やノースリーブからのぞく腕に感じる風が、心躍る開放感を与えてくれます。街をゆく女性たちの装いがカラフルに軽やかに変化するのを見ると、いつも胸に浮かぶ小説のタイトルがあります。『夏服を着た女たち(The Girls in Their Summer Dresses)』。アメリカの小説家、アーウィン・ショーの短編です。街ですれ違う女たちから目が離せない「浮気な」男が語る、魅惑的な女性の姿を象徴する言葉がそのタイトルなのですが、小説の内容を知らずともタイトル自体がもたらす響きだけで女性のセンシュアルで生命力にあふれた魅力を余すことなく喚起してくれます。「夏服」が特別な響きを持つのは、単にそれが服を形容するだけでなく、それをまとう女性たちの露出された肌や体のイメージまでも同時に含むからではないでしょうか。

夏のNYを闊歩する女性たちのサマードレス姿も素敵ですが、同時に日本人の私が「夏服」として強い印象を持つのは、往年の日本映画の女優たちの装いです。なんとなく戦後の日本映画が夏を舞台にしたものが多かったように思うのは個人的な思い込みかもしれませんが、原節子や岡田茉莉子といった華やかな女優たちの夏の半袖ブラウスからのぞくちょっぴりふっくらとした白い二の腕が眩しく、なんとも愛らしくて、それはNYの女性たちとは違う美しさを感じさせるものでした。

夏服に着替える季節を待ち遠しく思う頃、私はテレビで、今の日本の20代女性の5人に1人が「痩せすぎ」であるというニュースを見て驚きました。それは現在、世界で食糧難に悩む国の数値と同じレベルである、と。そこで、今月号の夏のボディ特集のテーマを「日本人女性のボディの課題を考える企画にしよう」と、ビューティエディターと相談しました(p.067)。西洋人セレブの筋肉質なメリハリボディに憧れる風潮は避けられませんが、日本人には私たちなりの体質やボディの特徴があり、それを知った上でしなやかで柔らかな魅力を持つジャパニーズビューティを追求しよう、という趣旨です。ただ「痩せれば美しい」のではない、自分自身の個性からすべてを始めましょう、ということです。その大前提はまず、「人と比べない」ということ。

「人と比べない」難しさは、体型などの見た目だけではありません。自分を肯定する方法として、人は必ず何かの尺度を必要とします。セレブといった「憧れの他者」はそのわかりやすい例ですが、そんな基準にこだわり過ぎてしまう罠は至るところに存在します。その罠からいかに自由になるか。その問題を精神的に考えてみようと企画したのが「女の強さ」特集です(p.156)。作家の角田光代さんや、『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』などの著書で話題の作家、コラムニストのジェーン・スーさん、本誌の恋愛特集でもお馴染みの湯山玲子さんたちが、「女の強さ」について語ってくださいました。そこでもキーワードとなったのが、「人と比べない強さ」ということ。男性的な「勝ち負け」のルールからいかに抜け出て、自分の基準の「満足」を得ることができるのかが大きな問題だということがわかります。

今号の別冊付録「HEALTH & BEAUTY」では、日本を代表する競泳選手たちがヴォーグ ジャパンがプロデュースしたオフィシャルスーツに身を包み、「さらに輝く存在になるため」の新たな挑戦を語っています。世界の舞台で金メダルが当然とされる選手にとっては、自分自身を超えることが究極の目標になってきます。すべての人が金メダルを穫れるわけではありません。しかし、もはや目標はライバルではなく、自分のみを超えてゆかなければならないその孤独な挑戦に臨む姿は、私たちのひとりひとりに「比べる」こととは別の大切な何かを教えてくれる気がします。

個人的な話で失礼しますが、私の身長は154㎝。今から、どんな悪魔と人生の密約を交わしてもこの先20㎝伸びることはないでしょう。でも、「夏服」に心躍らせ、それを楽しむことはいくらでもできる、と思います。この夏は、どんなサマードレスを着ようかな、と考える喜びは誰のものでもなく自分が自分であるための、季節がくれたご褒美なのではないでしょうか。

参照元:VOGUE JAPAN