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「クセが強い」の汚名返上 バタークリームの躍進を支えた「コレステロール論争」とは?【連載】アタマで食べる東京フード(10)

  • 2020.12.1
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味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。

丸の内・銀座・目黒の名店にも脚光

もう7、8年になるでしょうか。バタークリームのケーキがじわじわと愛好者を集め、最近では「ブーム」と呼ばれるようになりました。

もともとバタークリームは、洋菓子作りには欠かせない構成要素。ダコワーズやマカロン、オペラのように、パーツとして使っている有名菓子、伝統菓子は数多くありましたが、現在はことさらバタークリームが主役であることを強調したり、原料バターの品質の高さをアピールしたりする商品が増えています。

フランスの高級ブランドバターである「エシレバター」の専門店、丸の内ブリックスクエア(千代田区丸の内)1階にある「エシレ・メゾン デュ ブール」には、バタークリームをたっぷり使った生ケーキ目当ての人々が開店前から列をなし、連日完売です。

渋谷スクランブルスクエア1階「エシレ・パティスリー オ ブール」の「サブレサンド」は、手軽にバタークリームの濃厚なおいしさが味わえる小ぶりサイズ(画像:畑中三応子)

乳酸菌で発酵させた生クリームから作られるエシレバターは、軽い酸味と独特の香りを含みます。

以前、この種の発酵バターは「クセがある」と敬遠する人が多く、せいぜい焼き菓子の隠し味に利用される程度で、生菓子で個性を前面に出すことはめったにありませんでした。日本人のバターに対する嗜好は、より濃厚に変わりつつあるようです。

ブームのおかげで、銀座「洋菓子舗ウエスト」(中央区銀座)や学芸大学「マッターホーン」(目黒区鷹番)など、老舗洋菓子店の歴史ある定番が脚光を浴びているのは、うれしい事態です。

かつてバタークリームが敬遠された理由

ウエストの、その名もズバリ「バタークリームケーキ」は、有塩バターからくるほのかな塩気がアクセント。塩の効果でバターの風味を引き出し、かつあっさりさせるという、日本ならではの味わいです。

「洋菓子舗ウエスト」のバタークリームケーキ(手前)、黄色と茶色のスポンジのつなぎ目にバタークリームが塗ってあるモザイクケーキ(右)、コーヒー風味のバタークリームとクルミの苦みの相性がよいモカケーキ(画像:畑中三応子)

実は、バタークリームには、「重くて、くどくて、おいしくない」と、悪いイメージを持たれた時期が続きました。とくに軽くふんわりした生クリームやムースのケーキが主流になってからは、「古臭い」とみなされるようになってしまいました。

これには、わかりやすい理由があります。

昔は、バターの品質があまりよくなかったことがひとつ。ふたつめは、価格をおさえるために植物性のショートニングやマーガリンを混ぜて作っていたことです。

食品表示がうるさくなかった時代は、植物性でも堂々とバタークリームとうたうことができました。

ワクワクしながら口に入れたバースデーケーキやクリスマスケーキのクリームにバターらしいコクをまったく感じず、それどころか舌にまとわりつくようなしつこさが残ったら、がっかりの気分も倍増するというものです。

理由の三つめは、家庭での保存が悪かったことです。

かりに本物のバターを使っていたとしても、バタークリームは酸化が早く、外からの匂いを吸着しやすいのが特徴。それなのに、何日も冷蔵庫に入れていたり、逆に室温で長く置いておいたりと、劣化した状態で食べることが多かったのです。

修業を積んだパティシエたちの尽力

こうして時代遅れのクリームとして、長いあいだバタークリームは影に隠れた存在に甘んじてきました。表舞台に浮上したのは、2000年代になってからのパティシエ・ブーム以降です。

ヨーロッパで修業し、バタークリームの重要性をしっかり認識したパティシエたちが帰国してシェフとしておいしいバタークリーム作りに励み、バリエーションを広げることに貢献。汚名を晴らしていきました。

バタークリームとひと言でいっても、製法はいろいろです。

メレンゲベースの軽くてさっぱりしたタイプ、パータ・ボンブ(卵と熱いシロップを泡立てたもの)がベースの濃厚なタイプ、アングレーズ(卵と牛乳で作るソース)がベースの口どけのよいタイプ、メレンゲとアングレーズを合わせてムースのようにふんわりさせたタイプなどを、用途によって使い分けるのがパティシエの腕の見せどころ。

ケーキのバタークリーム部分だけを少しなめてみると、どのタイプかわかると思います。

また最近では、バターの摂取は肥満や生活習慣病につながるという考え方が見直されつつあり、この健康面での再評価が後押しして、バター自体のブームも起こっています。

少し前まで、バターなどの動物性脂肪を取りすぎると、血液中のコレステロールが増え、健康に害を及ぼすと信じられてきましたが、今日ではコレステロールに対する考え方が「悪者」から「体にとって必須な成分」に一変。

2015年版「日本人の食事摂取基準」は、食事でのコレステロール摂取制限を撤廃しました。

バターを巡る健康論争の長い歴史

厚労省は、その理由を「コレステロール摂取量の上限値を算定するのに、十分な科学的根拠が得られなかった」と説明しています。つまり、食事からのコレステロール摂取量を減らすことで、血中のコレステロール値が低下するという明確な証拠がない、ということです。

これまで、アブラが体に悪いと信じ込まされていたのに、今さらなにをいうのかと、怒りたくなる人もたくさんいると思います。

それでは、なぜ脂肪が体に悪いと考えられたか。これには長期間の論争がありました。

1955(昭和30)年、アメリカ大統領アイゼンハワーが心臓発作で倒れて、心臓病に対する関心が急激に高まりました。そのとき、心臓病の原因として、アメリカの科学者キーズ博士は脂肪だと提唱し、イギリスの生理学者ユドキン博士は砂糖だという説を唱えました。

その後の20年間、ふたつの主張の対立が続き、70年代の終わり頃にキーズ博士の側が勝利し、脂肪が“犯人”に決まりました。

以来、アメリカでローファットブームがはじまりました。日本もその影響をもろに受けて、脂肪が悪者になったのは、みなさんご存知の通りです。

その結果、起こったのが肥満と糖尿病の蔓延。

食品の脂肪を削減すると物足りなくなり、風味も劣ってしまうため、脂肪分が砂糖と炭水化物に置き換えられたのが大きな原因です。アメリカに比べると日本の肥満問題はたいしたことありませんが、もはや糖尿病は日本の国民病です。

一転、「バターを食べなさい」の風潮に

そんな状況のなか、動物性脂肪が悪い証拠はないという主張が優勢になり、米タイム誌2014年6月17日号は「この40年あまりの食事指導は誤りであった」という特集記事を掲載しました。タイトルは、その名も「Eat Butter(バターを食べなさい)」。

「Eat Butter(バターを食べなさい)」というタイトルを打った米タイム誌(画像:TIME USA,LLC)

最終的な結着はまだついていないので、論争は今後も続くでしょうが、以前のように健康を気にする必要がなくなったことが、バタークリームとバターのブームの背景。

とはいえ、カロリーはとびきり高いので、量はほどほどに!

畑中三応子(食文化研究家・料理編集者)

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