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「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながるおいしいの作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん

  • 2020.11.30
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●サステナブルバトン08

前回のから西村千恵さんへのメッセージ

朝日新聞telling,(テリング)

オーガニック大国ドイツで感じた文化の違い

――西村さんが初めてエシカルの考え方に触れたのは、高校生の時だそうですね。

西村千恵さん(以下、西村): 葭内先生の授業を受けたのが高校1年の時です。その翌年の1999年、交換留学生としてドイツに1年間行きました。ドイツ南部にあるメルドルフという小さな町で、日本人は私ひとりくらい。そこでのホストマザーとの出会いは、まさにカルチャーショックと言えるものでした。

――そのホストマザーはどんな方だったのでしょうか。

西村: 50歳くらいのドイツ人のシングルマザーで、もとは「ヒッピー」と呼ばれる、自然回帰を志す生活をしていた人です。ベジタリアンで、食べるものはすべてオーガニック。高校生の息子さんと一緒に「エコハウス」という集合住宅に住んでいました。そこではクルマも新聞もすべて隣の人たちとシェアして、極限までエネルギーの無駄づかいをしない、環境に配慮した暮らしをしていたんです。

その頃の私はというと、カラオケや焼肉が大好きな、都会で暮らす普通の女子高生。当時の日本ではまだエシカルどころか、エコやオーガニックの概念もそれほど普及していません。事情を知らずにその家にお世話になったので、最初はママの言うことがまったく理解できなくて……。

――たとえばどのようなことが?

西村: 家族みんなで集まってリラックスしている時に、私が買ってきたクッキーを何気なく出したことがありました。おしゃべりしながら食べていると、ママがクッキーのパッケージを裏返して「この材料の卵は、ブロイラー(肉用鶏)のものだわ。どうしてこんなものを買ってきたの!」と怒り出したんです。

これには理由があります。「ブロイラー」という食肉のために育てられる鶏は、早く育つよう無理な品種改良をされていたり、劣悪な環境で大量飼育されたりすることが多く、動物虐待につながるといわれているから。けれど、高校生の私はそんなことは知らなかったので、ママの反応に驚くばかりで(笑)。こんな風に、あらゆることをママから叩き込まれました。

朝日新聞telling,(テリング)

――価値観の違いに対して、嫌になったりはしませんでしたか。

西村:もちろん、「早くお肉が食べたいな」とは思いましたよ(笑)。希望すれば他のホストファミリーに代えてもらうことも可能でしたが、それでも私はなんだか、彼女の生き方がとても魅力的に感じられたんです。

自然食品店で勤めていたママは、店で余った野菜をよく持ち帰ってきました。日本のおつとめ品みたいなもので、ちょっとしなびていたり、たまに賞味期限が切れていたりもするけれど、十分に食べられます。何より、ママが作ってくれるシンプルな料理はとてもおいしい。

そんな生活を1年間続けて、東京の実家に戻りました。すると、以前は当たり前だったこと……家でテレビをつけっぱなしにしているとか、外食してもオーガニック野菜が出てこないことなどが気になるようになりました。

エシカルな活動に奔走した20代

――帰国してからの生活について教えてください。

西村: 日本の大学を卒業した後、1年間かけてインドや北欧などをまわり、それからしばらくは友人に食事を作って届けるケータリングのようなことをしていました。私は食べることが大好きだったので、趣味の延長で料理をふるまっていて、そのうち友人の周りの人たちにも届けるようになったんです。

その時に知り合った方に声をかけてもらい、東京の恵比寿でオーガニックカフェを立ち上げる事業に参加することになりました。

――オーガニックカフェではどんな仕事をしていたのですか。

西村: カフェがオープンしたのは私が25歳ごろのことです。マネージャーとして運営に携わりながら、オーガニックやフェアトレードに関わるさまざまな企画を展開していきました。アーユルヴェーダの先生のところに通って、体質改善のための食べ物のとり方を学んだり、インドからオーガニックコットンのパンツを仕入れてチャリティパーティーをしたり。やりたいことがたくさんあって、とにかく忙しい毎日でした。

結婚して長男が産まれた後も、家族との時間がまともにとれない状況が続きました。仕事の上では人や環境にいいことをしているのに、プライベートでは家族に対して負担をかけている……。そんな自分に矛盾を感じて、32歳で第二子を妊娠したのをきっかけに、カフェの仕事を辞めて、東京から三浦半島の葉山に移り住むことを決めました。

朝日新聞telling,(テリング)

有機栽培の現場で直面した、廃棄される野菜たち

――退職だけでなく、どうして移住を?

西村: 私自身は東京で生まれ育ったものの、もともと自然のある場所が好きで、子どもは緑豊かな環境で育てたいとずっと思っていました。夫は自分の会社を経営しているので比較的時間に融通がきくため、場所を選ばず働くことができましたし、迷いはありませんでした。葉山に2年間住んだ後、同じ三浦半島の逗子に引っ越しました。

それは憧れていた通りの生活でした。毎日子どもたちを連れて海や山に遊びに行って。ただひとつ予想と違ったのは、食べ物のこと。

それまで私は、三浦半島といえば地産地消のオーガニックライフというイメージがありました。でも地元のスーパーで売られている野菜は、遠い場所から運ばれてきたものばかり。地元産があっても、ほとんどは農薬が使われています。こんなに自然が多い場所なのに、オーガニック野菜を作る農家さんはいないのかな……と残念に感じていました。

そんな時、たまたま友人の紹介で知ったのが、三浦半島にある無農薬無化学肥料栽培の農園「森と畑の学校」です。森の再生と里山づくりを目指してつくられた施設で、あたり一面に広がる畑に、自生する草木、ヤギや野生のキジやウサギもいるという素晴らしい環境でした。すぐにここに通うようになり、ボランティアで農園の仕事のお手伝いをさせてもらうことになりました。

化学調味料や保存料などは不使用。季節ごとに農園から届く野菜で作る瓶詰め

――西村さんの「食と農業」の活動は、そこから始まるわけですね。

西村: 子どもをおんぶしながらの農作業です(笑)。実際に自分の手で畑仕事をやってみると、それがいかに大変なことかがわかりました。無農薬栽培では化学肥料や農薬を使わないので、何をするにも手間がかかる。たとえばトマトの苗に虫がついたら、ひとつずつ手作業でとらなければなりません。

でも、そうして何カ月もかけてやっとできたカブなのに、ほんの少し形が悪かったり、虫食いの跡があったりするだけで「規格外野菜」とみなされてしまいます。規格外野菜は出荷することができないため、捨ててしまうか、家畜のエサにするくらいしか使い道がありません。

あまりにもショックで、思わず「この野菜を私にください!」とお願いしました。このままでは売り物にならない野菜を、どうにかして製品にしようと考えて、思いついたのが野菜を「瓶詰め」にすることでした。

「ファームキャニング」で、もっと畑を日常に

――西村さんが作った瓶詰めの野菜は、色とりどりでおいしそうで、見ているだけで楽しくなりますね。

西村: 参考にしたのは、「オーガニック料理の母」と呼ばれるアメリカ人シェフ、アリス・ウォータースです。見つけたのは西海岸にいった際に本屋で見つけた瓶詰の本。昔ながらのアメリカのおばあちゃんのジャムやピクルスなどを、現代風にアレンジしたものでした。それをヒントに、日本なら忙しい女性も若者もパパッとご飯を作るときに便利に使える万能調味料などを作ったらいいのかもしれないと思いつきました。
英語では、こうした自家製の瓶詰め保存食を「ホームキャニング」と呼びます。これにならって、畑のおいしさを瓶いっぱいに詰める意味を込めて「ファームキャニング」と名付けました。

実はこの瓶詰めというのは、日本でも「おばあちゃんの知恵」として昔から使われてきたやり方です。だから私は日本の家庭料理のよさを生かして、旬の野菜をたくさん食べられるレシピを考案しています。

――現在はどのような活動をされているのですか。

西村: ファームキャニングの加工販売のほか、オーガニック食材を使ったケータリング、現在は一時休止中ですが畑でのスクール事業を行っています。

スクールのクラスを受講する方には、1年間かけて畑に通っていただき、畑仕事から収穫物を瓶詰めにするまでの一連の作業を体験してもらいます。お子さんと一緒に参加してくださる方も多いです。不思議なことに、その1年のあいだに転職や引っ越し、結婚、妊娠など、人生の転機を迎える方がとても多いんです。自然の中で時間を過ごすことで、考え方に変化が生まれるのかもしれませんね。

朝日新聞telling,(テリング)

――西村さんがこれまでの経験で学んだことを、次の人たちに伝えていくということですね。

西村: ドイツに留学していた頃、ホストのママに「どうしてベジタリアンをしているの?」と尋ねたことがあります。何でも説明してくれるママでしたが、その時はなぜか答えを濁して、「20年後にきっとわかるわよ」としか言いませんでした。

オーガニック大国ドイツと比較して、日本のオーガニック事情は20年遅れているといわれています。あれからちょうど20年ほどが経ち、私の中で今、ようやく腑に落ちた思いがあります。

私の目標は、畑の存在をみんながもっと身近に感じられるようになること。畑は楽しくて、おいしい。食べるものを作るって本当にすごいことで、それはつまり「自然の恵み」です。自然は私たちの暮らしの延長にあって、だからこのおいしさを守るためにみんなが自然を大切にしていくのだということを、ファームキャニングを通して伝えていけたらと思っています。

●西村千恵(にしむら ちえ)さんのプロフィール
1982年東京生まれ、逗子在住。3児の母。都内でオーガニックカフェの立ち上げから運営に8年間携わった後、第2子妊娠を機に三浦半島へ移住。「もっと畑を日常に」をコンセプトに、合同会社「ファームキャニング」で食と農業に関する事業を展開。廃棄されるはずだった野菜の瓶詰め加工販売のほか、畑仕事を体験するスクール事業、ケータリング事業などを通じてサステナブルな農業のあり方を支援する。

■小村トリコのプロフィール
ことりと暮らすフリーランスライター。米シアトルの新聞社を経て、現在は東京を拠点に活動中。お坊さんやお茶人をよく追いかけています。1984年生まれ、栃木出身

■坂脇卓也のプロフィール
フォトグラファー。北海道中標津出身。北京留学中に写真の魅了され大阪の専門学校でカメラを学んだのち、代官山スタジオ入社。退社後カメラマン太田泰輔に師事。独立後は自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。

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