1. トップ
  2. ドイツに知る温泉の効能。パンデミックを救った温泉

ドイツに知る温泉の効能。パンデミックを救った温泉

  • 2020.11.26
  • 915 views

ワクチンや治療薬が十分ではないのでコロナウイルスにはまだまだ気を付けなければなりませんが、それでもそろそろ日常を取り戻したいところです。特に行楽シーズンの今、個人的に気になるのはやはり温泉です。

私は5年前から温泉化粧水の開発をしているのですが、年々、その効果の確かさに驚いています。ユーザーからは「温泉水がいちばん肌になじむ」「不思議と肌の調子がいい」「温泉水のないスキンケアは考えられない」という声まで聞きます。しかしそれがどんなメカニズムからなのか医学的にも様々な意見があってはっきりしません。

温泉化粧水の主な効果は肌からのミネラル補給によるものですが、現代女性は慢性的なミネラル不足です。特にカリウムの不足について厚生労働省が指摘していますが、私は温泉の美容効果はカリウム補給が大きな要因ではないかと考えています。その点はとてもサプリメントに似ています。先日、サプリメントを共同開発しているドイツ人の友人から、ドイツの温泉がおもしろいという話を聞きました。彼はヘルスケアのアドバイザーで、スペイン、カナダの研究者らと共にスキンケア用サプリメントを開発しています。

彼から自信たっぷりに聞かされたのは、ドイツでは温泉療法の専門医が身近で、日本の温泉は風情はいいものの、温泉を楽しめるのはやはりドイツだ、という話でした。かつてペストのパンデミックを乗り越えられたのも温泉のおかげとのことで、ドイツではいまだに飲泉が当たり前だそうです。

そしてドイツ人女性がテルメ(温泉施設)に向かう目的はやはり美容。日本の温泉をもっと楽しむためにもドイツの温泉技術をレポートします。

朝日新聞telling,(テリング)

ペストパンデミックを救った温泉

ドイツ南部バーデン・バーデンの薬用泉はローマ皇帝マルクス・アウレリウスから「Aquae(水)」と呼ばれ、栄えました。その後1346年から1353年にかけて流行したペスト菌から人々を救ったことでさらに有名になりました。ペスト菌の感染症は「黒死病」とも呼ばれ、内出血で皮膚が黒紫色になる恐ろしい病気。

バーデン・バーデンにも日本の温泉地と同じように様々な泉質がありますが、特に代表的なフリードリヒ浴場は「ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩泉・硫酸塩泉」です。ミネラル栄養成分が豊富で、抗酸化効果があり、ペスト菌感染による酸化ストレスで疲弊した体を療養するには最適な天然温泉でした。

現代のドイツの温泉浴場はローマ時代のテルメの要素を持ちながらも、洗練されたインフラを備えた独自の施設へと発展しているそうです。ドイツのテルメとスパは巨大な施設であることが多く、ドイツの人々は1日かけて長時間楽しむ場合が多いといいます。

朝日新聞telling,(テリング)

ドイツの温泉には相談できる療法医がいる

日本でもかつて別府に専門医常駐の温泉療養研究所があったくらい専門的な湯治は盛んだったのですが、2011年に閉館となっています。

しかしヨーロッパではむしろ「ウェルネスツーリズム」として湯治を兼ねた自然を楽しむツアーが注目されています。さらに各温泉地では温泉療法医が常駐するテルメも多く、専門医の指導で温泉療養が行われています。

ドイツでは療養に適した地域を「療養効果」「大気条件」「地域環境」などの医学的見地から審査し、選定した地域を特別に「クアオルト(Kurort/療養地)」と認定しています。中でも「温泉医学」の観点において認定されるとさらに「バート(Bad/温泉地)」の称号が与えられます。

ヴュルツブルクから1時間ほどのバート・メルゲントハイムは、ロマンチック街道の温泉保養地として世界的に有名で、テルメ、サウナ、温水プールが揃った「クアパーク(療養エリア)」を楽しめます。

温泉水の飲用は最適な利用法

ドイツでは特に「飲泉」が盛んです。飲泉は日本ではあまりポピュラーではありませんが、その効果は医学的に立証されています。

現代の公衆浴場は酸化剤で殺菌されていることが多いため「酸化」された状態ですが、美容でよく紹介される通り肌の酸化とは「老化」の一種です。そのため「抗酸化」が必要になりますが、温泉は抗酸化効果が高い状態(還元状態)なのです。

肌にやさしい「弱酸性」と同じように「還元状態」も美容に必要なことが医学的に分かっています。酸化ストレスはまず肌荒れとして現れますが、温泉水は還元状態の度合いが肌に近く、源泉によってはぴったり一致することもあります。ミネラル成分の吸収も、抗酸化も内服の方が効果が高く、温泉水の飲用は最適な利用法です。

しかし飲泉はしっかり管理された設備がなければ楽しめない上に、十分な効果を見込むには専門医のガイドが必要です。ドイツの飲泉サービスはうらやましいと思いました。

朝日新聞telling,(テリング)

医学的に見たサウナの効能

日本でもいまサウナブームですが、ドイツのサウナもおもしろいそうです。テルメエリアでは水着を着用していますが、サウナでは日本と同じように裸になります。しかし、基本的にサウナ内では男女混合だそうなのです。しかも全裸で。

「サウナはたいてい落ち着いた照明と蒸気で他の人の体がよく見えないんです。誰も他の人を見ていないし、サウナで他の人を凝視したりすることは、非常に失礼な行為とされてます。お互いのプライバシーを尊重して自分の時間を楽しんでます」

タオルの使用は許可されていますが、ドイツのサウナで特に全裸を求められるのには学術的な理由があるそうで、サウナでの肌の新陳代謝をサポートするために完全に肌呼吸できる状態にしなければならないとのこと。

生物学の理解からすると、「肌呼吸」に関しては疑問が残ります。両生類と異なり哺乳類の皮膚はとても厚く、期待するほどには肌で呼吸はしていませんから。しかし濡れたタオルで覆っていれば発汗やミネラル浸透の妨げになることは確かなので、こちらは経験を重視した伝統と言えそうです。

この伝統に関して最後に彼から面白い話を聞きました。彼の叔母はテルメのプールで隣に住む男性にばったり会ったのですが、彼はプールでも全裸のままだったそうです。彼女はもちろん驚きましたが、サウナとテルメの境界がはっきりしないためこうした方がたまにいて、スタッフが時々注意するそうです。根本的な対策をしないところは、温泉へのこだわりがあるのかもしれません。

国内の温泉旅行や露天風呂はコロナのリスクが比較的小さいので、疲れの回復や美肌の維持にぜひ温泉を楽しんでみてはいかがでしょうか。
日本でもかつては低コストな「湯治場」での長期間の湯治が多かったので、湯治気分で2、3日ゆっくりするのもいいかもしれません。

■尾池哲郎のプロフィール
工学博士/1972年生まれ。九州工業大学卒。FILTOM研究所長。FLOWRATE代表。2007年、ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞受賞。2009年、PD膜分離技術開発に参画。2014年、北九州学術研究都市にてFILTOM設立。2018年、常温常圧海水淡水化技術開発のためFLOWRATE.org設立。

■コヤナギユウのプロフィール
イラストレーター・エディター。新潟県生まれ。緩いイラストと「プロの初心者」をモットーに記事を書くライターも。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。

元記事で読む
の記事をもっとみる