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あおったのはマスコミ? 駅での危険なエスカレーター「片側空け」は、いつなぜ定着したのか

  • 2020.11.26
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駅や商業施設でエスカレーターに乗るとき、片側に寄って立ち、もう片側を別の利用者が歩きやすいように空けておく乗り方をしませんか? この“マナー”は一体いつ、なぜ定着したのでしょうか。フリーライターの小西マリアさんがその歴史をひも解きます。

乗り方次第で事故につながることも

2020年に予定されていた東京オリンピック・パラリンピックを前に、前年から提唱されていたマナー。それが、

「エスカレーターは片側を空けず、2列で立ち止まって利用する」

というものです。

エスカレーターに乗るときは、東京なら左側に立ち右側を空ける。そんな“マナー”はいつ、なぜ生まれたのか?(画像:写真AC)

エスカレーターは片側を急いでいる人のために開けるというマナーは、いつの頃からか常識として受け入れられています。

ただ、これは地域によって習慣に違いがあり東京は右側を、大阪は左側を空けます。

ですので、初めて訪れた地域ではどっちを空ければよいのか混乱することも多いもの。新幹線の新大阪駅の上りホームへ続くエスカレーターは、特に混乱が見られます。

ところが、この片側空けは実は問題だらけだったのです。

日本エレベーター協会(港区南青山)の調査では、2008(平成20)年から2009年の2年間に「乗り方不良」によるエスカレーター事故は674件だったのが、2013(平成25)年から2014(平成26)年は1.3倍の882件に増加しているとしています(『読売新聞』2019年8月19日付東京夕刊)。

ようは、エスカレーターを駆け上ったり下りたりして事故に遭う人はけっこう多いのです。

また鉄道会社では、片側空けが効率を悪化させているのではないかとも考えられるようになりました。

日本での起源は80年代のマナー本?

ラッシュ時には片側を空けるため左側に立とうとホームに長い行列ができてしまい通行の邪魔になります。むしろ2列で立ち止まってもらった方が、スムーズに人が流れるのは一目瞭然です。

構造計画研究所(中野区本町)の実験では、全長30mのエスカレーターを350人に通り抜けてもらったところ、全員が通り抜けるまで2列立ちでは6分49秒、片側空けは7分35秒という結果になりました。

このうち全体の6~7割がエスカレーターを歩いた場合には片側空けのほうが早くなりますが、その差は15秒くらいにしかならないという結果になりました。急いで駆け上っても、ほとんど意味はないのです(『毎日新聞』2018年12月25日付朝刊)。

このことから2018年12月にJR東日本が2列乗りを集中的に呼びかけたのを皮切りに、この呼びかけは東京都内だけでなく全国へと広がっています。

混雑していても片側を律義に明けるエスカレーター利用者のイメージ(画像:写真AC)

片側を空けているとだいたい、顔色を変えて猛スピードで走って行く人が多いですから、都営新宿線新宿駅など人が多くて高低差の多いエレベーターでは危なくてしようがありません。こうしたマナーの普及は歓迎すべきでしょう。

でも、なぜこんな不合理なマナーが広まってしまったのでしょうか。

一時は分かりやすいマナー本の古典として知られていたサトウサンペイさんの『ドタンバのマナー』(新潮社、1982年)には、「エスカレーターの左空けが欧米では常識になっている」ことが記されています。

この習慣がいつから始まったかははっきりとしていませんが、第2次世界大戦中にイギリスのロンドン地下鉄で呼び掛けられていたことが分かっています。

大手週刊誌も「取り入れたい」と紹介

比較的新しいマナーなので各国での状況は違いますが、日本では1980年代には海外ではこういうマナーがあると紹介され始めたようです。

『週刊文春』1981年6月25日号では、このマナーを取り上げて

「せっかちなくせに公共の場ではまごつく日本人。取り入れたい習慣といえる」

と称賛しています。

実際、1980年代初頭には片側空けが効率的で取り入れたい習慣であるとして称賛されています。

1989(平成元)年に日本航空文化事業センターが刊行した『JALスチュワーデスのトラベルマナー&アドバイス』では、「エスカレーターの左側は追い越し車線」として、文明国では当然のこととするテイストで紹介しています。

ただ、このマナーの普及過程では鉄道会社などの宣伝は見られません。

「欧米では、こうしたマナーがある」と紹介される中で客の方が始めたものなのです。

『読売新聞』1989年9月2日付朝刊では、地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅を取材していますが「別に駅でこのマナーを推薦しているわけではない。自然発生的なのだ」としています。

一方で、営団地下鉄は「安全上の問題もあり、今は考えていない」と片側空けのマナーを呼びかけることを否定しています。

鉄道会社は当初から否定的な考えだった

この『読売新聞』の記事では

「日本エレベータ協会が昨年(1988年)、ヨーロッパの実態を調査したところ、英、西独、伊の三国では『右側に立て』などの表示があり、積極的にエスカレーターの左右分離を進めている」

という記述があります。

それから数年経った1993(平成5)年には日本エレベータ協会が利用マナーの調査を行っていますが「急ぐ人のためにエスカレーターのどちらかをあけて乗るようにしているか」という問いに約66%が「そうしている」と答えています。

このようにエスカレーターの片側空けは、利用者の多い鉄道会社は効率に疑問を持ち、むしろ危ないと考えていたのに、なぜか「海外ではそうしている」となり、次第に当然のマナーとして広まっていった経緯があります。

立ち止まって乗るよう推奨する“1車線”タイプのエスカレーターも(画像:写真AC)

今では実際には効率が悪いことも分かっているわけですが、すでに30年以上定着した悪習を打ち砕くには、もう少し時間がかかりそうです。

小西マリア(フリーライター)

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