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若き日本人女性のクリエーターが、2020年アメリカ大統領選挙から学んだこと。

  • 2020.11.14
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私は今、メキシコ系アメリカ人の夫とともにLAに暮らしている。アメリカに居住するのはこれが初めてではない。小さい頃にも家族とともに、アトランタ郊外の多種多様な人種が暮らす地域に居を構えていた。当時のことを鮮明に記憶しているわけではないけれど、「警察は私たちを守ってはくれない」ということを、幼心にも感じ取っていたのは覚えている。

私はこうした経験から、日本では知り得なかったさまざまな文化や民族について学んできた。幼少期に父から聞いた「マイノリティがアメリカで成功するためには、白人の10倍努力する必要がある」という言葉を、父とは世代の異なる夫は今も折に触れて口にする。アメリカという国において、“日本人”の“女性”である私は“マイノリティ”なのだということを、日々実感させられる。

日本でも多くのメディアが報じている通り、私や夫、彼の家族、そして多くのマイノリティのコミュニティにとって、トランプ政権下の4年間を象徴するのは「分断」だ。もちろんそれまでのアメリカにも、皆が知るように民族や人種、ジェンダーにもとづく差別はあった。しかしトランプが大統領になってから、「差別はいけない」という規範意識はどんどん希薄になり、主にはトランプ支持者(その多くが労働者階級の白人のコミュニティ)の間で差別意識を露わにする傾向が強まった。大国を率いる大統領である人が公然と差別的発言を繰り返し、人々を民族やジェンダーで分類し、壁を作ったのだから、当たり前といえば当たり前だ。その結果、白人と非白人の間に横たわる溝はより深くなり、分極化が進んだ。それまで社会の周縁にいた人たちは、さらに外側へと追いやられた。

だからこそ、この2020年大統領選は私たちマイノリティにとって大きな意味を持つものだった。お互いを理解しようと努めることがどれだけ重要であるか、そしてそれが決して簡単ではないことを思い知った。

投票日である11月3日を挟んだ数日間、私は仕事で出張する夫に同行して激戦州ペンシルベニアの首都フィラデルフィアにいた。毎晩、トランプ支持者とバイデン支持者による激しいプロテストが繰り広げられ、警察が注視する中、両者が正面対立していた。

支持者の属性には、明らかな違いがあった。バイデン派の多くは若者で、プロテストとはいえ、持ち込まれたDJセットの周りで踊ったり歌ったりして、スパイク・リー監督の80年代の映画を観ているかのようだった。対するトランプ支持者は、郊外出身の中高年の人が大半だった。彼らは疑うことなく、トランプこそが労働者階級を守ってくれるのだと信じていて(トランプ本人は労働者階級の生活実態を知らないのに)、プラカードを頭上に掲げ、大声で叫んでいた。

この対照的な光景は11月7日、激戦の末についにバイデンが僅差(バイデン7400万票、トランプ7000万票)で勝利を確実にした瞬間まで続いた。そのとき街を歩いていた私は、バイデン支持者の若者たちのこんな声を聞いた。

「私たちは何に勝ったのか。まだ誰も勝っていない。この国には、今この瞬間にも怒り狂う7000万人ものトランプ支持者がいる。この大統領選は序章に過ぎず、まだ何も終わっていない!」

これがまさに現地の若者たちのリアルな声なのだ。バイデン当選が確実となったあの一瞬、確かに民主党支持者たちはトランプ政権の終わりに安堵し喜んだが、この4年の間に溜まった膿を、私たちはどう取り除くことができるのか。切実な問いに対する不安と期待が入り交じる緊張感が、すでに若者たちを覆っている。それほどまでに、この膿は深刻なのだ。

私は開票結果を待つ間、ペンシルベニア州から電車で数時間のニューヨークに足を延ばした。友人のファッションデザイナー、ディラン・メキ(Dylan Mekhi)に会うためだ。アフリカ系アメリカ人のディランにとって、黒人のゲイであるというインターセクショナリティ(交差性)は作品制作の原動力だ。「Make America Great Again」のスローガンのもと、トランプ政権は人種や民族などさまざまなマイノリティを排除しようとしたが、LGBTQコミュニティもそのひとつだった。ディランは言う。

「これ以上の分裂、分極、レッテル貼り、そしてヘイトは、もうアメリカに必要ありません。私たちのような若い世代の多くが、ポジティブで愛に満ちた時代に向かって前進しようとしています。自分とは異なる人、異なる意見の背景を理解し、そうした違いを尊重する努力を今すぐ始める必要があります。誰が正しく誰が間違っているのかではなく、また、自分とは異なる人を恐れたり憎むのではなく、まずはさまざまな声を受け入れることが大切です。こうした違いこそが世界をより豊かに、より面白くしてくれるのであり、そこから起きる変化を楽しまなければいけないと感じています」

ニューヨークを拠点にデザイナーとして活動する友人のディラン・メキ(右)とボーイフレンドのランディ・マッコーワン(左)。
ニューヨークを拠点にデザイナーとして活動する友人のディラン・メキ(右)とボーイフレンドのランディ・マッコーワン(左)。

ディランの恋人ランディ・マッコーワン(Randy McCowan)は、4年前の大統領選で何人かの友人を失ったと告白する。原因はトランプだ。トランプがマイノリティを排除するような社会システムの構築を標榜する以上、彼を支持する人と友人関係を維持することは、もはや不可能だったと振り返る。事実、ランディと同様の経験をした若者は少なくない。これも政治がもたらした分離のひとつであることに間違いはないが、ディランは今回の選挙を通じて、今まで以上に連帯を感じることができたと語る。

「今回の選挙ほど、ソーシャルメディアが重要な役割を果たしたことはないかもしれません。事実、若者たちはソーシャルメディアを通じて自らの声を上げ、他者の声に耳を傾け、情報を共有し合うことで連帯を深め、選挙を動かしました。私はクリエーターなので、創造することの力を信じています。これからも自分の作品を通じて、広がってしまったギャップを埋めていきたいし、みんなも自分の声や作品を通じて、どうか思いを伝えてほしい」

私はディランに大いに共感する。目標は、私たちの世代が率先してアートやファッション、音楽を通じてより良い未来の実現のために取り組んでいくこと。そして私自身、日本人の女性というマイノリティの視点を臆することなく世界に発信していきたい。多くの人がそうすることで、世界がいかに豊かで多様であるかを知ることができるし、マイノリティであることを自分の強みに変えていけると思うから。2020年は「Civil Rights(公民権)」とは何かを問う1年だったけれど、2021年以後の世界が、人種やジェンダーなどで人々を分かつことなく、自由な発言を受容できるような場所となることを心から願っている。

Profile

内田莉子(Riko Uchida)

1994年生まれ。日本で生まれ育ち、幼少期をアメリカで過ごす。日本の高校を卒業したのち、北欧などを経由して2019年に再び渡米。現在はLAを拠点に音楽業界で働きながら、イギリスのアートスクール、セントラル・セント・マーチンズにも在学中。

Photos & Words: Riko Uchida Interview & Text: Maya Nago

WILMINGTON, DELAWARE - NOVEMBER 07_ President-elect Joe Biden addresses the nation from the Chase Center November 07, 2020 in Wilmington, Delaware. After four days of counting the high volume of mail-in ballots in key battleground states due to the coronavirus pandemic, the race was called for Biden after a contentious election battle against incumbent Republican President Donald Trump. (Photo by Win McNamee/Getty Images)
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