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なにかとマウントを取ってくる、「とんでもなく面倒な人」をかわす余裕のひと言

  • 2020.11.14
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なにかと対抗心を燃やし、時には敵意をむき出しにし、場の空気を乱す面倒くさい人がストレスになったことはありませんか? こちらが対抗する気がなくても、成果をあげている人ほど、そうした感情をぶつけられることは多いでしょう。MP人間科学研究所の代表である榎本博明さんが、対抗心の強い面倒な人への対応策を教えてくれました。

※本稿は、榎本博明『面倒くさい人のトリセツ: 職場の“ストレス源”に翻弄されない知恵』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。

新しいプロジェクトについて議論する同僚
※写真はイメージです
自分以外がホメられると急に不機嫌になる

何かと対抗心が強すぎるタイプの典型的な反応に見られる特徴は、周囲の誰かがホメられたり成果をだしたりしたときに見せる不機嫌さだ。

同僚がノルマを達成し、上司からホメられ、みんなが「よかったな」「すごいじゃないか」と声をかけている傍で、不機嫌なオーラを漂わせて黙りこむ。誰でもちょっとは妬ましい思いに駆られるだろうが、ふつうは、そんな自分の醜い気持ちを恥じて抑えこみ、祝福の言葉をかけるものだ。だが、このタイプの人物は、妬ましい思いを露骨にあらわす。

同じ部課の誰かが上司に呼ばれ、「取引先の担当者がホメてたよ。なかなか気のきく人物だって」などといわれているのが聞こえると、自分が低い評価を受けたわけでもないのに、急に不機嫌モードになって、ふさぎこむ。

仲間が大きな案件を受注してきて、みんなから祝福の言葉をかけられているときに、「たいした額じゃないじゃないか」などといった嫌みをひとり言のように口走ったりする。

このように、やたらと対抗心を燃やし、妬んだり、拗ねたり、嫌みをいったりする人物が身近にいると、どうにも面倒くさくてたまらない。

このような人物は、親切なアドバイスにも反発して、不機嫌になったりするから厄介だ。

親切心が通じないどころか仇になるため、アドバイスしてあげた側からしたら、「やってられないよ」ということになる。

「比較意識」が強すぎる

このような人物を貫く中心的な特徴は「比較意識」の強さだ。

比較意識は、誰にもあるものだ。自分の現状が満足のいくものかどうかがわからないとき、「みんなはどうなんだろう」と気になる。

たとえば、自分と同年代の人たちの平均年収と比べて、自分の年収がかなり低いと不満が募り、挫折感に苛まれる。平均並みなら、まあこんなものだろうと納得する。平均をかなり上まわっていれば、おおいに満足し、得意な気持ちになる。

このように、他人と比較することで自分の現状を評価しようとするのは、誰もがやっていることだ。だが、このタイプは、その比較意識が異常に強いのだ。

2人のビジネスマンが対面し合って
※写真はイメージです

仲間が仕事で成果をだすと、自分が仕事で失敗したかのように落ちこむ。仲間が上司からホメられると、自分が叱られたかのような落ちこみを見せる。仲間が評価されるということは、自分が評価されないということと同じ意味になる。

「勝ち負け」の意識が強すぎる

比較意識が強すぎると、そんな感じになりやすい。だから、仕事でうまくいった仲間が祝福されていると、思わずこき下ろすようなことを口走ってしまうのである。

比較対象となるのは、身近な人たちだ。別の会社の人が大きな成果をだし、周囲から賞賛されていても、落ちこむことはない。いっしょになって「すごいなあ」と感嘆する気持ちの余裕がある。同じ社内で同年配でも、職種の違う人が成果をだしたのなら、とくにダメージを受けることはない。

似たような立場にあり、とくに年齢の近い人物、職場であれば身近な同僚が比較対象になりやすい。そのような人たちと自分をつねに比較し、勝利者であることを目指す。ゆえに、そのような人物の成功は、このタイプにとっては大きな脅威であり、なんとか引きずりおろしたいといった心理が働き、嫌みの一つや二つはいいたくなるわけだ。

この種の人は、頭のなかに「勝ち―負け」の図式が刻まれており、その枠組みのなかで自分が勝者でなければ気がすまないのである。

対抗心を燃やす人のトリセツ

このような相手の対抗心に火をつけると、とんでもなくややこしいことになる。こっちには、競争する気も争う気もまったくないにもかかわらず、むこうは闘争心を燃やしてこっちを引きずりおろそうとしてくる。比較意識が強く、こちらをライバル視しても、

自分が必死に頑張って力をつけ、這いあがろうとする人物なら、なんの問題もない。そのような人物は、対抗心を燃やしても、悪口をいったり、嫌みをいったりすることはない。それは、けっして面倒くさい人の部類には入らない。向上心が強く、むしろ健全な比較意識をもつ人といえる。問題なのは、同じく比較意識が強いにしても、頑張って自分が這いあがろうとするのではなく、相手を引きずりおろそうとするタイプだ。比較のうえで自分が相手より上位になるには、自分が這いあがる方法と相手を引きずりおろす方法があるが、そのどちらを取るかで生き方は一八〇度異なってくる。

ドジ話であえて自分を引き下げる

とにかく、やたら対抗心を燃やして攻撃的になる人物はややこしい。そんな闘争にかかわっていたら、むだに心のエネルギーを吸いとられてしまう。なんとかかわす必要がある。そこで大切なのは、相手が頭のなかで掲げている「勝ち――負け」の図式において、むこうが自分は勝利者だと思えるように仕向けることである。

効果的なのは、なにかにつけてドジ話をすることだ。このタイプは、適当に持ちあげられていれば機嫌がよい。ゆえに、持ちあげてあげるのが効果的だが、概してこのタイプは、ホメるべき点があまりないものである。それなのに無理にホメて、おだてるのもあまりに不自然だし、気持ちのよいものではない。こっちまでが嫌らしい人間に落ちてしまったような気分になる。そこで、相手を持ちあげるのでなく、自分を引きさげるのだ。ドジ話により、相手はこっちのことをバカにしながら笑い飛ばすことで、自分の優位性を感じることができるため気分がよい。やたら対抗心を剝きだしにしてくる人物は、自己評価を脅かす相手を見ると、ムキになって攻撃的な態度をとるが、自分より下とみなす相手を攻撃したりはしない。

どうしても自分が優位なときの対処法

注意しなければならないのは、こちらが優位に立ってしまったときだ。なにか成果をだしたとき、昇進が決まったとき、上司からホメられたときなど、こちらがあからさまに優位に立ってしまったときが要注意となる。このタイプは、身近な人物の成功によって比較意識が強まり、いじけたり攻撃的になったりしやすい。

榎本博明『面倒くさい人のトリセツ: 職場の“ストレス源
榎本博明『面倒くさい人のトリセツ: 職場の“ストレス源”に翻弄されない知恵』(KAWADE夢新書)

そのようなときは、気まずくならないように自虐ネタで茶化すことにしているという人がいる。それはとても賢いかわし方だ。自虐ネタによって、むこうはこちらをバカにするかのように笑うことができ、「勝ち――負け」の図式において、こちらを引きずりおろすことができる。むこうは自分が優位に立っていないと気がすまないのだが、こちらが劣位を装えば、気持ちに余裕ができ、攻撃的にならずにすむ。それどころか、結構いい人でいられたりする。自分のほうが上だと思えば、気持ちに余裕ができ、とても親切な人になったりする。たとえば、自分のほうが実力があり、どうしても優位に立ってしまいがちなため、なにかにつけてドジ話をするのに加えて、いろいろと相談したりして頼ることで身を守っているという人もいる。これは、とても有効なかわし方といえる。

こちらが嘆いたり、自嘲気味なことをいったりしながら相談することで、むこうは自分の優位を実感でき、気持ちのうえでおおいに余裕ができる。その結果、攻撃的になるどころか、こちらに同情し、上から目線ではあるもののアドバイスしてくれたり、けっこう親切にしてくれたりするものだ。むこうが上から目線になれるように導くのが、ややこしい対抗心からわが身を守るコツといえる。

榎本 博明(えのもと・ ひろあき)
心理学博士
МP人間科学研究所代表。1955年、東京都生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。『〈ほんとうの自分〉のつくり方』(講談社現代新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『ほめると子どもはダメになる』(新潮新書)など著書多数。

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