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パンドラの箱とチキン南蛮【彼氏の顔が覚えられません 第28話】

  • 2015.5.21
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「君には才能もオーラもない。いたってフツーの、どこにでもいる人間だ」

タナカ先輩が所属していたモデル事務所の社長は、そう言い放ったそうだ。高校に入学し、卒業を迎える間際までの約3年間。真剣に読モに打ち込んだ彼を除籍するときの言葉としては、あまりにも辛辣なセリフだった。

「だからこそ、育てる価値があると思ったんだがな。まったくの期待はずれだった」

仕事を始めた当初は無我夢中だった。気乗りしないファッションやポーズにも、果敢に挑んだ。肉体をさらす機会があれば、わずかに胸元をはだけさせるだけのことでも必死でジムに通った。

けれど、誌面が完成すると、他のモデルの写真に差し替えられていたこともたびたびあった。

「いいか、求められたものを求められたままこなすな。客はつねに、期待以上のものを求めてる。上にいきたかったら、もっといまの自分を打ち破らなきゃダメだ」

社長の言葉は厳しかった。自分ではすでに精一杯、努力を惜しまずやってきたつもりだったのに。これ以上、何をどうこなしていけばいいのか。

また、学校でも先輩の活動が噂されるようになり始めた。なぁ知ってるか、タナカのやつ、読モやってんだって。うっそ、マジ? きめぇ。自分のことカッコイイとか思ってんのかな。

それらの言葉には、身近な人間が活躍していることへの羨望もあったのだろう。しかし思春期のタナカ先輩には、そう考える余裕はない。言葉の槍は、盾も持たない彼を真正面から貫く。

こんなハズじゃなかった。もっと華やかだと思っていた。3年間のうち、最後の1年間はずっと辞めたいと思い続けていた。仕事も徐々に消極的になっていった。それが社長にも通じたのだろう。

「もう用済みだ。前に進めない人材は、ウチの事務所にはいらない」と、タナカ先輩の才能を全否定するような発言を並べた挙げ句、それでも彼を採用に至った真実を口にした。

「君のお父さんの会社がウチのお得意様じゃなかったら、君なんて最初から見向きもしなかったよ」

裏で自分の父親が関係していた。それを知ってショックだったが、同時に納得もいった。そもそも初めて受けたオーディションは、父親に紹介されたものだった。

オーディションに向かうとき、「厳しいのは合格してからだ、よく思い知ってこい」なんて言葉もあった。あれは激励の言葉ではなかった。一度現実を味わわせれば懲りるだろうと。父親は息子にさっさと夢を諦めさせて、自分の会社を継がせることしか考えていなかった。

「…だから、あの3年間はムダでしかなかったんだよ。俺はもう…マトモに大学出て、親が望むようなマトモな社会人になる…それしか求められてないんだよ…!」

そして今。タナカ先輩が、自分が抱えていた闇を――二度とふたを開けまいと思っていたパンドラの箱の中身を、絞り出すような声で必死に私たちに打ち明けてくれたとき。

コモリは顔を真っ赤にして、クスン、クスンと言いながらハンカチで目をおさえていた。悲しいのか。または、こんな過去を先輩に話させてしまったことをいまさら悔いているのか。目の前に置いてある弁当箱には、一切手をつけられていない。

一方、私は。

「ごちそうさまでした」

と言って席を立つ。「えっ」と言って、私を見る先輩とコモリ。いや、べつに、なにも驚かせるようなことしたつもりないけど。単純に、チキン南蛮定食を食べ終わっただけだけど。ご飯の一粒まで、残さずキレイに。

「時間なんで、もう次の授業行っちゃいますね。じゃあ」

と言って、先輩とコモリを残し、食堂を後にする。

私が先輩の過去を聞いて抱いた感想は、ただこれだけだった。

話、ながっ。

(つづく)

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(平原 学)