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2009年の開設から約30組が卒業 台東区運営の創業支援施設「浅草ものづくり工房」をご存じですか

  • 2020.11.3
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台東区の地場産業として知られる皮革製品。そんな皮革製品の職人たちをサポートする施設が、浅草駅から約2kmの場所にあります。都市探検家の黒沢永紀さんが解説します。

浅草ものづくり工房とは

2019年の秋に報じた台東区の「浅草ものづくり工房」が入居者を募集しています。

浅草ものづくり工房とは、台東区が運営する創業支援施設。2020年の2月に行われた、台東区の創業支援施設出身者らによる展示販売会「TAITO MADE」の様子とあわせて、浅草ものづくり工房の魅力に迫ってみたいと思います。

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台東区の創業支援施設出身者らによる展示販売会「TAITO MADE」(画像:黒沢永紀)

地下鉄浅草駅から隅田川沿いに北へ約2kmにある「浅草ものづくり工房(ものこぼ)」(台東区橋場)は、台東区の地場産業である皮革製品を中心に、ものづくりに関わる職人やクリエイターが創業できるまでの支援を行う施設です。

シェアオフィスをはじめ、各種クリエイターを対象としたスペースを提供する自治体はたくさんありますが、単に場所を提供するだけにとどまらないのが、ものこぼの最大の特徴。

事業として立ち上げていても、将来的に事業をもっと成長させたいという意欲のある職人やクリエイターを対象にし、最長3年間の入居期間の間に、ビジネスに必要なノウハウを伝授するシステムです。

発端は廃校の再利用

この台東区の取り組みは、当初から企画されたものではありませんでした。少子化の進む昨今、区内に増える廃校の再利用がその発端だったようです。

廃校再利用の課題の中で、産業振興課が目をつけたのが、地場産業でした。そして、地域活性化を見据えた創業支援にたどり着いたといいます。

最初の試みは、地下鉄新御徒町の駅前にある復興小学校だった小島小学校を活用した、デザイナーの創業支援施設、「台東デザイナーズビレッジ」(台東区小島)でした。その成功を礎に、おなじく学校だった施設を再利用して2009(平成21)年に始まったのがものこぼです。

ものづくり工房のさまざまな特徴

そんなものこぼには、いろいろな特徴があります。

まず、皮革製品を加工するための特殊な機器がそろえられていること。例えば服地の縫製であれば、家庭用のミシンでもこと足りますが、皮革の縫製には専用のミシンが必要となります。

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ものづくり工房にそろえられている皮革専用のミシン(画像:黒沢永紀)

実は、この皮革専用のミシンはとても高価なもので、個人ではなかなか手が出せません。しかし、ものこぼには皮革専用ミシンをはじめ、皮革製品の製造に必要な機器が常備されています。しかも、ものこぼから独立した後も、いつでも使用可能というのはうれしい話です。

製品の売り込み方法や独立意識も伝授

こういったハード面のサポートとは別に、ソフト面のサポートも充実しているのもまた、ものこぼの特徴です。皮革製品を含む職人の世界では、いまでも古い習慣が残り、「下請けの職人」という意識がなかなか抜けないといいます。ものこぼでは、この古い習慣を捨て、製品の売り込み方法や独立の意識を伝授しています。

「下請けの職人ではなく、他にはない独自の技術を提供できる職人です、と伝えることが大事」と話すのは、ものこぼの支援を行うインキュベーション・マネジャーの島田浩司さん。島田さんは、大手アパレルメーカーのワールドご出身。ワールドでは新規事業開発に携わり、また退社後には事業開発の研究所を設立。ファッション業界を中心に新しいビジネスモデルを創造するプロデューサーです。

「自分たちをどう伝えて売り込んでいくか。独立の意欲とそのノウハウを教えることが、ものこぼの最大のウリです」と島田さんは熱く語ります。

加えて月例のセミナーもあり、マーケティングの専門家や、伝説のアパレルメーカー「VAN」の創業メンバーを招聘(しょうへい)するなどして、職人魂と商売を連携させるハウツーを学べます。

さらに台東区には靴職人の養成学校もあり、それらの卒業生がより短期間で効率よく独立できる道筋を作るのも、ものこぼの役割といえるでしょう。

2009年の開設以来、約30組が卒業し、その半数以上が区内に定着しているといいます。「皮革関連の仕事をする場合、素材も機械もここにあるので、区内の定着率が高くなるのでしょう」と島田さんはいいます。

工房はどのようになっているのか

3階建ての建物の中には、皮革製造に必要な各種の特殊機器と、支援を受ける事業者が入居しています。1階の1室に並ぶ重厚な機器は、皮革専用のミシンや革の型抜機など、個人で購入するにはとても高価な機器ばかり。これらの機器を無料で使用できるのは、皮革製品に携わる職人にとってはとてもうれしいメリットです。

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イタリア製のコバ加工専門縫製機(画像:黒沢永紀)

ものこぼには浅草靴産業のあらたな生産システムの確立を目指すシューメーカーや、豚の革を半透明にする特殊加工を施した巾着型バッグなどを製造する工房など、高感度で個性的な挑戦を続ける事業者が入居しています。

「将来的には、海外の有名ブランドからオファーがくるような形へしていくと同時に、個人の技術だけで海外進出できるような職人を輩出していきたい」と、島田さんは展望を語ります。

皮革産業に限らず、精密機械をはじめとした職人の技術は、世界にも認められる日本の素晴らしい伝統です。しかし、島田さんもいうように、職人の仕事が日の目をを見ないのもまた実情。「浅草ものづくり工房」の挑戦が、ニッポンの職人魂を世界へ羽ばたかせる先駆けになってくれることを願ってやみません。

卒業生たちの展示販売会「TAITO MADE」

2020年の2月には、台東区の創業支援施設卒業生たちによる初の展示販売会「TAITO MADE」が、前述の台東デザイナーズビレッジで開催されました。

女性にとっての使いやすさを追求した「tete」、レトロで上質な革の質感を表現した「m.ripple」、かわいい動物をモチーフにしたリングを製造する「EmiriA」など、いずれも他とはちょっと違うアイデアや斬新なコンセプトにあふれたものばかり。

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上質な革の質感を表現した「m.ripple」のバッグ(上)と女性にとっての使いやすさを追求した「tete」のバックパック(画像:黒沢永紀)

出展していた事業者にお話をうかがっても、単に作りたいものを作るというだけではなく、自分の個性をしっかりと突き詰め、同時にそれをいかにお客さんのニーズにすり合わせていくか。また、製作した商品を、どう販売していくかを考えていらっしゃる方が多い印象でした。

浅草ものづくり工房は、普段は一般公開していませんが、毎年11月の初旬頃まで、来季の入居者を募集しているので、創業をお考えの方は、一度ご相談にいかれるのはいかがでしょうか。

黒沢永紀(都市探検家・軍艦島伝道師)

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