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結婚して出向先の仕事に満足していた私が、どうやってポーラ初の女性社長になったか

  • 2020.10.20
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2020年1月にポーラ初の女性社長となった及川美紀さん。他社に先駆けて女性活躍を進めてきた同社だが、自身は社長になって初めて「男社会の壁」に気づかされたという。社長就任までの道のりは、そして今、日本社会に向けて発信したいこととは──。

昇進試験に落ちたことで意識が変わった

【白河】及川さんはポーラ一筋でキャリアを積んでこられて、今年(2020年)1月に代表取締役に就任されました。まずはこれまでのキャリアについてお聞きしたいのですが、ご自分が経営層へのラインに乗ったと意識したのはいつ頃ですか?

ポーラ 代表取締役社長 及川美紀さん(写真提供=ポーラ)
ポーラ 代表取締役社長 及川美紀さん(写真提供=ポーラ)

【及川】実は意識したことはないんです。私は入社直後に販売会社への出向を命じられ、そのまま20年近くそこにいました。どちらかというと本社での経営参画への意識はなく、出向先での仕事に夢中になっていたと言えるでしょう。ですから、どこかでラインに乗ったというよりも、やりたいことをあれこれ口に出しているうちに社長になったという感覚ですね。

【白河】やりたいことを口に出すようになったのには、何かきっかけがあったのでしょうか。

【及川】意識が変わったのは、30代半ばで課長昇進試験を受けた時です。その頃の私は出向先での環境にとても満足していて、もう定年までこのままでいようと思っていました。ただひとつだけ、もう少しお給料を上げてほしいなと(笑)。そこで、課長になれば昇給するだろうと軽い気持ちで試験を受けたら、こっぴどく批判されてものの見事に落ちたんです。その時初めて「やりたいことがないと役職には就けない」と気づきました。

チームのために昇進するという決意

【白河】動機が「自分のお給料を上げるため」だけでは、組織の長にはなれないと。

【及川】その通りです。考えてみると、自分が今いる組織をこうしたい、事業所から声を上げていこう、そんな思いも心の中には芽生えていたんです。だから課長になるんだと。事業所の声を本社に伝える立場になろうと決意し、翌年再び試験にチャレンジしてようやく合格することができました。同じ受験でも、前回は自分のため、今回はチームのためというように意識に雲泥の差があり、私の中で大きな転機になりました。

【白河】いろいろな企業の方にお話を聞くと、女性に昇進を打診しても断られることがあるそうです。その時、「自分のためではなくチームのために」と言って説得すると、受け入れてもらいやすいのだとか。やはり「チームのため」は大きなモチベーションになるのですね。

経営幹部養成講座では紅一点の状態

【及川】そうだと思います。昇進後は出向先の事業所を丸ごと任せていただき、まさに奮闘の日々が続きました。そしてやりたいことを実現できるようになってきた頃、会社の経営幹部養成講座に参加する機会があり、ここで2度目の意識変化がありました。目からウロコの経験ばかりで、自分にはまだ幹部が持つべき視点がないと痛感させられたんです。今の自分ではダメだという気づきを得て、これがその後の成長につながりました。

【白河】今は女性の経営幹部候補も少なくないと思いますが、当時、その講座には及川さんのほかにも女性の参加者がいたのでしょうか。

【及川】私が紅一点でした。女性の幹部候補はほかにもいたのですが、研修に参加したのは私だけだったんです。しかも、ある男性が参加を断ったから私に声がかかったという、いわば補欠だったんですよ(笑)。

【白河】まさに女性活躍のパイオニアなのですね。今では、御社は役員で約40%、管理職で約30%の女性比率を達成されています。

【及川】販売の第一線にいる、ポーラと委託販売契約を結んでいる個人事業主(ビューティーディレクター)にも、女性リーターが沢山活躍しています。ちなみに現在のポーラの総合職正社員の男女比は6:4ですので、将来的には女性の管理職比率も常に、この比率と同等にしたいと思っています。。

社長になって初めて見えた「男社会の壁」

【白河】女性活躍推進法の施行は2016年でしたね。ほかの企業がようやく策を打ち始めた頃、御社はすでに30%を達成されていたと。そうした風土の中、及川さんは初の女性社長に就任されたわけですが、経営のトップに立ってみて、見える景色は変わりましたか?

【及川】変わりましたね。正直、社員の立場から好き勝手に意見を言っているほうが楽でした(笑)。今は女性の社長がいる企業は少なくないと思いますが、当社では私が初ということで報道でも取り上げられ、女性にとって歴史ある企業の壁はまだまだ厚いんだなと実感しています。同時に男社会の壁にも気づかされ、あらためて驚きました。

【白河】でも、これまでも経営層への階段を着実に上ってこられていましたよね。その過程で、男社会の壁を感じることはなかったのでしょうか。

【及川】ありませんでした。社員や役員の一人だった頃は、逆に「日本の女性ってすごく元気だよね」と思っていたぐらいです。確かに、経営幹部の養成講座では紅一点でしたが、当時から役員、管理職に子育て中の女性がいて、その後はその比率も上がってきていましたから。

ところが、社長になったら急に周囲の同じ立場の方は男性だらけになってしまって。他社の男性経営者とお会いする機会も増え、自分がこれまで当たり前だと思っていた“女性が活躍できる環境”が、実は当たり前ではないのだと気づかされました。

【白河】社長就任後には、国連グローバル・コンパクト(GC)とUN Womenによる女性のエンパワーメント原則「WEPs」に署名され、また女性役員比率30%を目指すグローバルなキャンペーン「30%クラブジャパン」にも入られましたね。社内の女性だけでなく、日本の女性たちのために発信したいことがおありなのでしょうか。

日本企業は女性の可能性を発見しきれていない

【及川】当社には女性社員のほか、全国に約4万1000人の女性ビジネスパートナーがいます。私はこれまでの経験を通して、女性には大いなる可能性があるという事例を間近で見てきました。そもそも化粧品は人の美や可能性を広げるものであり、それを販売するポーラレディも、セールスマン募集の張り紙を見て「女性ではあきまへんか」と応募してきた1人の女性から始まっています。今の当社があるのも、当時の男性社員が彼女の可能性をつぶさなかったからこそです。

一方、今の日本ではまだ、多くの企業が女性の可能性を発見しきれていないようです。これは男社会の根強さを表すものでもあるでしょう。この点は、女性活躍の歴史を持つ企業として、また女性経営者の一人として、しっかり発信していきたいと思っています。

女性が管理職になりたがらないと嘆く企業は人材育成が下手

【白河】以前、あるメディアで「『女性を管理職にしたくても本人がなりたがらない』と言う企業は人材育成が下手なんです」とおっしゃっていましたね。心に響きました。女性の可能性という点で、今のお話とも一貫していますね。

【及川】私は、何も女性を特別に扱ってほしいわけではなく、平等に機会をくださいと言いたいだけなんです。企業は、女性が管理職になりたがらなかったら、それはなぜなのか、何を改善すべきなのか考えなくてはいけません。

アメリカのギンズバーグ判事の言葉に、「人間には誰しも自分で選び自分で決める権利がある。それがジェンダーで阻害されるとしたら悲しいことだ」という意味合いのものがあります。

仕事の機会もそうですし、家庭のエリアでも「ワンオペ」の問題など、女性の活躍を阻害する要素が残っています。それらの改善も含めて、皆が平等にチャンスをつかめる社会を目指したいと思っています。

下駄を履かせなくても女性は優秀

【白河】確かに、女性管理職が増えないことを本人のせいにしているようでは、上を目指す女性はなかなか増えないでしょうね。また、会社が女性に機会を与えようとすると「女性だからって下駄を履かせて」と言う男性社員もいると聞きます。

【及川】下駄なんか履かせなくても女性は優秀ですよ、と声を大にして言いたいですね(笑)。女性は男性に比べて能力を卑下する傾向があったり、出産後に一時的に心身が弱くなったりしがちですが、だからリーダーになる機会を与えないというのは不合理です。自信がなければ後押しをする、仕事と家庭の両立が大変な時は支える、そうしたことが当たり前の社会にしていきたいですね。

【白河】日本の働く女性たちの可能性を広げていくんだという覚悟が伝わってきて、私も非常に心強く思いました。どうもありがとうございました。

構成=辻村洋子

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