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「ライブは悪者」コロナが浴びせた冷や水に音楽業界はどう立ち向かうのか

  • 2020.10.5
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「ライブは悪者」との声も…
「ライブは悪者」との声も…

新型コロナウイルスの影響によるイベントの入場制限が9月19日、一部撤廃・緩和されました。クラシックコンサートは入場制限が撤廃されますが、ライブハウスなどの音楽イベントは制限が続きます。今春、世間に刻まれてしまった「ライブは悪者」のイメージと戦う音楽業界について、音楽イベントが地域経済に与える影響を研究してきた筆者が解説します。

3700億円が失われる?

音楽産業はコロナ禍前から、大きな変革を迫られていました。街中では音楽を聴いている人があふれているにもかかわらず、減収続き。かつてはレコードやCDといった録音媒体の販売が収益の柱でしたが、ネット配信が中心となり、媒体販売による大きな収益は望めなくなりました。2008年に2億4700万枚あったCDの販売枚数は2017年に1億5400万枚まで落ち込み、金額にして1200億円、40%の減少になりました。

ネットによる楽曲販売ではアーティストへの利益分配は全体として減少、さらに、2015年からは定額音楽配信サービスが始まり、アーティスト側の収益確保はさらに厳しくなっています。

そのような音楽ビジネスにおいて、明るい話題はライブの盛況でした。例えば、音楽フェス市場規模は2019年に330億円(前年比12.1%)、観客数295万人まで伸びました。ライブでのチケット売り上げや物販収入はアーティストやスタッフの支えとなりました。

そうして、ライブに活路を見いだした音楽業界に冷や水を浴びせたのが、新型コロナでした。2020年2月、大阪市のライブハウスで集団感染が発生。密閉された空間で観客が密集するライブハウスはコロナ下で「危険な場所」という認識が世間に広まってしまいました。

次々に、大型ライブや音楽フェスが「延期」、または「中止」に。音楽エンターテインメント業界は生き残ることすら難しいとささやかれ始めました。日本を代表する音楽フェスは2020年全滅の可能性が出ており、その損失額は売り上げベースで300億円程度と「ぴあ総研」は発表しています。

音楽ライブは地域経済にも貢献していました。例えば、大規模な音楽フェスの場合、1万円のチケットのフェスでお客さんが会場まで来て経済活動をすると、開催地の都道府県に4万7000円、日本全国では10万8000円も波及します。これは伝統的なお祭りよりも効率がよく、地方活性化につながっていたと考えられます。それがコロナで全滅の危機にあり、筆者の試算では、2020年に失われる経済波及効果は3700億円近いとみられます。

この苦境にどう立ち向かうのか。音楽プロデューサーの鹿野淳(しかの・あつし)さんに話を聞きました。

オンライン開催への抵抗感

鹿野さんは毎春、さいたまスーパーアリーナで開催していた音楽フェス「VIVA LA ROCK」を今年は7月31日~8月2日にオンラインで開催。閉幕から1カ月が過ぎ、「出演者やスタッフから感染者が出なかったことを確認した」ため、筆者の取材に応じてくれることになりました。採算面など厳しいことが予想される中で開催した理由について、「あえてやる、という覚悟が必要でした」と語ります。

「2月にライブハウスでクラスターが発生して、コロナ感染防止という視点で見ると、『ライブは悪者』になりました。それでも、コロナ収束後にライブを再開するには、横並びに沿うよりも突破口が必要です。業界全体が『さあライブを始めよう!』となったときに、『こういう前例があったから大丈夫じゃないか』という開催実績が必要だと思ったんです。これはきれいごとではなく、そういうことが全部、音楽や自分たちに返ってくることが分かっているのでそうしました。

2020年8月に『VIVA LA ROCK』を実施して成功したという記録を残すことも重要でした。『感染者も出なかったし、アーティストもお客さんも、スタッフも笑顔を生んだ』という実績をつくっておかないと、2021年が見えてこないからです。今春、音楽業界は横並びで『ライブは中止』という判断を選択せざるを得ませんでした。時間がたてばたつほど『中止決定』の事例が増えていき、『ライブは開催できない』ということが常識化してしまう危険性がありましたから」

新型コロナの感染対策として、開催数日前から、全スタッフと全出演者が毎日、検温などの健康チェックを実施。少しでも調子が悪い人は参加しない、怪しい場合は即刻、検査をするという申し合わせをして、本番に臨んだそうです。

「準備期間から当日まで、会場内で弁当を食べるときも私語自粛です。見る人が見れば、冷たい雰囲気に見えたかもしれませんが、みんながみんな静寂の中で、とても熱い気持ちで準備を進めていました」

開催を発表した後、賛否両論、いろいろな意見があったそうです。

「出演するアーティストの多くは無観客開催への抵抗がありました。オンラインになると、お客さんのリアクションが全く感じられない。冷めて見ていたり、トイレに行っていたりするのか、画面の向こうで涙を流しているのか、笑っているのか、知りようがないわけです。その点が大きなハードルとなって、出演交渉が難航しました。しかし、実施した後の反応は好評価が多かったです。お客さんからは『オンラインだけど、気持ちが震えた。ロックフェスのよさが伝わった』とポジティブな評価を頂きました。

アーティストには、3000人規模のライブハウスで演奏をしてもらいました。大きなライブハウスで、それこそ2月以来とか、久しぶりに遠慮なく、大きな音をジャーンと出して演奏できたことも喜びだったようです。無観客なのである意味、リハーサルと同じ環境なのですが、バンドメンバーと同じ空間でグルーブ感や絆を感じながらの演奏が久しぶりという人が多く、ライブをするという彼らにとっての本能的な行為を思い出し、心から楽しんでいただけたようです」

鹿野さんは「オンラインの『VIVA LA ROCK』を開催したこと自体は成功だった」として、その理由を4つ挙げました。(1)感染者が一人も出なかった(2)オンラインだが、感情を揺さぶられながら見てくれた人が大勢いた(3)久しぶりに大きな音で演奏して、アーティストとしての感覚を取り戻した人が多かった(4)久しぶりに本来の仕事をしたライブスタッフの充実感が大きかった――ことです。

「ライブが開催できない間、『ウーバーイーツ』の配達員をして、懸命に再開を待ち続けるスタッフもいました。音楽業界に欠かせないプロフェッショナリズムとクリエーティブとキャリアをお持ちの皆さんですが、そこまで追い込まれていたんですよね。たった3日間とはいえ、彼らが本来の仕事ができた。それを含め、この4点がクリアできたので、『2020 VIVA LA ROCKオンライン』は意義も意味もあったんだと思います」

9月11日、2021年の開催概要が発表されました。“ホーム”さいたまスーパーアリーナで、5月のゴールデンウイークに、お客さんを入れて開催する予定です。ただし、新型コロナの状況がどうなるか先行きが不透明なため、詳しい日程やチケットの詳細は「これから検討します」とのことです。

「もし、2021年もオンラインでしかライブという行為ができなかったら、既存の音楽エンターテインメントそのものが失われてしまうと思うんです。それは絶対に受け入れ難い。音楽は録音ビジネスが活性化するはるか前から、人前で発表し、評価や熱意を受ける中で生まれました。お客さんの前で音楽を演奏できなくなってはいけないんです」と鹿野さんは力を込めました。

コロナ後の音楽業界は?

CDが売れなくなり、ライブも新型コロナで一時ストップさせられた音楽業界。サブスクリプション、つまり、定額配信の普及によって、音楽を聴いて楽しむという行為は新次元にシフトしましたが、経済的には瀕死(ひんし)の状態です。ここからどうやって生き残るのか、ビジネス構造自体が生まれ変わる必要があるかもしれません。

外出自粛期間中、5万円以下の楽器や教本を中心に、ネットショップでの売り上げが30%も伸びた例もあります。聴く音楽から、奏でる音楽に変化するなど、思いもつかない変化が起きることも見逃さず、注目していきたいと思います。

尚美学園大学准教授 江頭満正

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