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赤ずきんちゃんと黒歴史【彼氏の顔が覚えられません 第27話】

  • 2015.5.14
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タナカ先輩を前にしたときのコモリの様子は、狼を前にした赤ずきんちゃんのようだった。椅子を引き、私の陰に隠れて、体をぷるぷると小刻みに振るわせていた。

先輩はそれを見つめながら、学食の具なしカレー(280円)をじつに食べにくそうにしていた。

「そんな怖がらなくても…べつに、とっつかまえて、こいつのトッピングにして食べてやろうと思ってるわけじゃないんだしさ…」

カレーをぐちゃぐちゃかき混ぜながらタナカ先輩は言う。いや、そこまで考える人間は先輩だけだろう…そんなこと言うから、コモリはいっそう身をこわばらせる。

「これ、たぶん怖がってるんじゃないんです。憧れていた人を前にして、緊張してるだけなんだと思います」

そうフォローしてあげると、彼女は無言で、ぶんっ、ぶんっ、と首を縦に振った。首を振るたびにおでこが前に出るから、軽くヘディングの練習をしているようにも見える。なかなか面白いしぐさだ。

「なんか…照れくさいと言うより、恥ずかしいな…。まだ俺のファンでいてくれてる人がいるなんて」

先輩はほとんどドライカレーみたいになったやつを一口食べる。いささか神経質に混ぜすぎのような気がする。白いご飯をそこまで徹底的につぶす必要はあるのか。

このカレーの食べ方も、コモリの目には上品で美しいと映っているのだろうか。恋は盲目だとよく言う。そして、私はまだそんな風に盲目にはなれていない。

それどころか、いまだ先輩がカッコイイのかどうかもよく判断できていない。整っているほど、無個性で記憶に残らない。…ああ、なら完全に記憶できない先輩の顔は、少なくとも整ってはいるということか。私の琴線にはまったくふれない整い方だけど。

まじめな話、顔を覚えられない私にだって好きな顔というのはある。覚えられもしないくせにどこをどう好きになるのかと言われたら、返答に困るけれど。そういうのってリクツじゃないのだ。

さて、そんなことを考えながら待っている間も、相変わらず黙っているコモリ。チキン南蛮を箸でつかみながら、私の方から質問する。

「読モやってたなんて知りませんでした。なんで言ってくれなかったんですか。もっと早く知ってたらいろいろ聞いたのに。私、ファッション誌好きなんですよ」

「ああ、ファッション誌の編集長になりたいんだっけ、確か」と先輩。べつに、編集長とまでは言ってないけど。

「イズミちゃんの将来に役立つ話なら、俺も聞かせてやりたいところだったけどさ…その、読モのことだけは…あまり言いたくなかったんだよね…」

「どうしてです?」

歯切れ悪くイライラするようなしゃべり方になる先輩を、急かすように尋ねる。

「…まぁ、いわゆる黒歴史ってやつだから…」

「「黒歴史?」」

と、ハモる。コモリがようやく口を開いた。

「どういうことなんですの…黒歴史だなんて、そんな…!」

私の陰から前に出たどころか、身を乗り出して先輩に問うコモリ。突然のことに、先輩はたじろぐ。

「そんな、わたくしにとっては読モの仕事をなさっていたときの先輩こそ、憧れでしたのに…ちゃんとっ、ちゃんと説明してください!!」

バンッ。机をたたく。赤ずきんちゃんと思っていたら、いつの間にやら猟師に入れ替わっていたようだ。なんて感情の起伏の激しい子だろう。その剣幕に圧された先輩にとっては、もはや「言いたくない」という選択肢は残されていなかった。

(つづく)

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(平原 学)