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【スタート!】走り出した4人の運命は? グアムインターナショナルマラソン挑戦記②

  • 2015.5.14
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【スタート!】走り出した4人の運命は? グアムインターナショナルマラソン挑戦記②

【マラソン部ニュース】vol.20 文・anan総研編集部

「グアムインターナショナルマラソン2015(GIM)」挑戦した、anan総研マラソン部の選抜メンバー4人。

挑戦したのはこの4人

左から、尾谷萌さん(no.63)、斉井夕絵さん(no.34)、遠藤朋美さん(no.65)、吉田まりみさん(no.153) 第1話の『【全員が泣いた!】常夏の島、澄み渡る海。グアムインターナショナルマラソン挑戦記①』

http://anansoken.magazineworld.jp/blog/marathon/28032/

では、日本出発から前日の夜までをレポートしましたが、第2話の今回は、スタート~ゴール直前、までをお伝えします。

4月12日AM3:00。いよいよスタート!

早朝2時にホテルロビーに集合。いつものポーズで気合を入れる!

「おきなわマラソン」の仲間から受け継いだリストバンドに完走を誓う。 -スタート前の会場の雰囲気を教えてください。

尾谷 夜中3時スタートということで、周囲は真っ暗でしたが、スタート地点は明るくて、音楽が流れていたり、上空をヘリカメラ? が飛んでいたりと、お祭りのような雰囲気でした。

斉井 まず暗い状態からのスタートが南国のリゾートマラソンなんだなって再確認。火を使った踊り子さんがいて、グアムっぽいなぁって思いました。Qちゃん(高橋尚子さん)が「がんばるぞー!! オー!」ってランナーを励ましてくれて、私もテンションが上がります。夜に村人全員でお祭り! みたいな感覚でした。

遠藤 日本では、マラソン大会の前は、いつもトイレがものすごい勢いで混んでいるのですが、そこまで混んでいないんだなぁというのが意外な驚きでした。スタートするときのイベントの騒ぎ方が日本にいるときよりもずっとテンションが高かったです。

スタート地点付近でストレッチ。周りは真っ暗。

こちらがゴール地点。4人はここへ無事に帰ってこられるのか? -スタート直前の気持ちを教えてください。

斉井 緊張してました。今回は「おきなわマラソン」と違い伴走者がいないけど、「きっと大丈夫」「自分を信じる」「レースペースを守る」、そればかり思っていました。

遠藤 スタート前は「無」に近かったです。ジャンプしたり肩をほぐしたり膝を回したり、その時にすべきことを着々とやりました。今回は自分だけの世界に入りすぎることはありませんでしたが、心の中はとにかく「無」でした。この心が静かな状態が自分の中でかなり気に入っています。なんか、気持ちがいいです。

尾谷 「いよいよ始まるのか」という気持ち。不安はあるけれど、「もうやるしかない! やってみるしかない!」と思っていました。「始めは飛ばしすぎないように」と気を付けていました。

吉田 すごくすごく緊張していました。「走り切れるかな。トイレ行きたくなったらどうしよう」などとたくさん考えていました。スタート前に高橋尚子選手が来てくださったのに会えなかったのは残念でした。でも直前に、いつも練習でお世話になっているアラタプロジェクトの方が来てくださったのはびっくりし驚きましたが、同時に気が引き締まりました。

スタート前に笑顔。

いよいよスタート!

楽しんできます!

がんばるよん!

42.195kmの旅が始まる!

-スタートして10Kmくらいまで、どんな感じでしたか?

斉井 スタートしてすぐは沿道の熱気もすごく、ハイタッチとかして楽しかった! でも坂がすぐあり、2㎞走っただけで、ボディービルダーのようなビショビショになった腕が暗闇で光るのを見て本当に驚きました。

遠藤 コースの最初に、いきなり大きな上り坂があるのですが、私は始めの2kmはゆっくり走りたいのでむしろ歓迎の坂でした。コーチや高橋選手にいただいたアドバイス通り、始めは足のバネを使わないようにできるだけすり足で進んでいきました。

吉田 Kmartまでですよね。もう絶対上りたくない(笑)。

これがそのKmart。お土産はここで買うのが安い!尾谷 スタートして1キロ地点で既にウェアがびしょびしょになるほど汗が出ました。その瞬間、これは全部の給水エリアで水を飲まないと脱水症状になると確信し、全てのエイドで給水しました。

斉井 ホント、それ。救いは給水所の多さ。全部寄りました。私も暑くてだるくて・・。だからレースペースを上げることを諦め、時計を見るのを止めました。

遠藤 気温は30℃くらいで、とにかく汗の量がすごかったです。さすが南国。「たったの2km、走り始めた直後なのにこんなに汗かくの?!」と驚き、前を走っている方をみると薄暗い中にもかかわらず、汗で体がテラテラ光っているのが見えました。

吉田 私の場合、10kmはあっという間でした。「いつサプリ飲むんだっけ」とか「今どのくらいのペースで走ってるかな」とか考えながら走ってました。

尾谷 えっ、余裕じゃん。

吉田 景色は真っ暗で何も見えなかったですが、沿道の応援が楽しそうで走っているこっちまで楽しくなってしまい・・。でも、最初の給水所で、海外のスポーツドリンクを取ってしまい、あまり飲めませんでした。

斉井 あ、あれね。甘いやつ。あれは危険(笑)。

これです。おいしいんだけど、日本人にはちょっと甘すぎかな?

いろんなものが出るレース。

尾谷

でも、沿道の応援。あんな朝早くに沢山集まってくれて嬉しくなかった?

斉井 うん。嬉しかったといえば、9Kmで高橋選手に声をかけてもらいました。「セッキー! 絶対声掛けるって決めてたから。このペースは3時間40分でゴールのペースだよ」と言われたのですが、すでに暑くてやばそうだったので「失速予定です」と答えてしまいました。でも本当に本当に嬉しかった!

尾谷 私自身は10キロ地点で「まだ10キロ?!」という気持ちでした。自分の中ではかなり走っているつもりなのですが、自分の疲労に反して進んでないことに焦っちゃって。真っ暗で前が見えないのもあり、とにかく足元を見るように気をつけました。前日高橋尚子さんに頂いたアドバイス「3m先を見て、なるべく顎を下げる」「苦しい時は手を振って走る」などをひとつひとつ思いだしながら走りました。

遠藤 いきなり汚い話で申し訳ないのですが、5㎞あたりでなんとなく具合が悪い? ような気がして、6㎞地点で嘔吐。朝食のスパムおにぎりが! と、少々の驚きがありましたが、おかげで具合も戻ったので走り続けることにしました。そういえば今働いている会社の就職活動のときも最終面接で小論文を書いているとき、鼻血を出したのを懐かしく思い出し、本番になると、私は色々なものを出すんだな。なんて考えて進んでいきました。

-折り返し地点までは順調でしたか?

斉井 10km地点で高橋選手に見送られ、嬉しいのもつかの間、顔が暑くて重くて、この先どうしようって考えていたときにある男性に声をかけられたの。その男性は高橋尚子さんとの対面の時に一緒にいた方で、「最後の坂を考えると僕が4時間ギリのペースだよ」と。辛かったんだけどまだ気持ちは強かったので、「着いてきます」と答えたのですが・・。

吉田 どうしたんですか?

斉井 給水で立ち止まってしまう私とは違い、走りながら給水をされる人で、すぐ差が開き、追いかけ、差が開き、追いかけとかなり必死。でも時計を見たら5分40秒/kmで、いつもより全然遅いペースなのに辛い…。18Km地点付近で彼との離脱を決意しました。4時間ギリが無理だと思い始めました。

尾谷 私は12キロ過ぎで、エネルギージェルを摂取してエネルギー補給。20キロまでは割と余裕で、自分と同じペースで走っている人を見つけ、その人の後ろにピタッとくっつく形で走りました。ゆるいアップダウンが続くのでペースが乱れないようにリズムに注意して走りました。まだまだ暗いので足元だけを見ながら、時折空を見上げてキレイな星を見ながら走りました。

吉田 15km地点では折り返してきたメンバーみんなを見つけることができ、私も頑張らなきゃと思いました。その後は暑さのせいか身体中から汗が急にでて、最初の楽しい感じと違い少し疲れを感じました。しかし、まだ序盤なので水を足にかけたりして、気を取り直して走りました。まわりの景色はまだまだ暗くて、日が昇るのはまだ先という感じでした。

遠藤 順調に走り始めたかと思いきや、数kmすると、再度具合が悪くなってきました。中盤に近づくとものすごく具合が悪く、歩こうか、いや、でも歩きたくない。とにかく具合が悪かったような気がします。ここで考えていたことは、「歩くくらいなら、倒れよう」ということでした。

尾谷 ハハハ。ちょっとカッコいい!

遠藤 でも。ずーっと自分に自信がもてないまま過ごしてきた私が、anan総研マラソン部に所属してマラソンの練習を続けて、ようやく少しずつ自分に自信を持ち始めている気がします。だからもしもここで歩いたら、また自分のこと嫌いになってしまう。絶対に歩かない。と、決めました。

吉田 えー、すごい!

遠藤 さらに進んで行って、いよいよ本当に具合が悪くなり、タイムも遅く20kmあたりのところで2時間20分という時間を見たときは、本当にくやしくて仕方がなかったです。20km地点にいるときに2時間を切っていないと、42kmを4時間で走ることは今の私ではできません。自分の中に「嬉しいとき」とか「感激したとき」しか泣かないルールを持っているはずだったのですが、このときは悔しくて悔しくて、レース中なのに泣きました。4時間切ることが目標だったのに、もうかなわない。何を目標に走ったら良いんだろう。泣くとさらにタイムが悪くなるので泣くのをやめたのですが、具合も悪いのでペースもあげられず、とにかく、苦しかった気がします。「もーホテル帰って寝たい」とか、ちらっと考えていました。

斉井 わかる、わかる。

遠藤 具合が悪くて、どうしたら進めるかなとを考えたときに、高橋尚子選手の「とにかく腕をふれば前に進むよ! それから目線は少し下!」というアドバイスを思い出し、とにかく腕を振りつつ、目線を下向きにしていたので、景色などは覚えていません。でも進みました!

だいぶ明るくなってきました。 -斉井さん、遠藤さんのマラソン挑戦2回組は、グアムの暑さに相当苦戦したようですが、尾谷さんと吉田さんはどうでしたか?

尾谷 折り返し地点でほっとしてスローペースに。今までぴったりくっついて走っていた人を追い越してしまったこともありペースが乱れたりしました。22キロ地点から左ふくらはぎがつっていることを感じ、完全につらないように気をつけて走るように。28キロ地点で、走るのがつらくなり始めて歩き始める。そのタイミングで吉田さんが追いついてきたので、吉田さんを追いかける形で走ったり歩いたりを繰り返しました。

吉田 20kmを過ぎてからは人がどんどん散らばっていき、自分の周りも3人くらいになってきました。応援の人がいない場所もあったけど、コース整備のスタッフさんが応援してくれたりして嬉しかったです。また英語だけじゃなく、日本語で「頑張って」とか「こんばんは」とか声をかけてくれたのも嬉しかったです。20km過ぎたのに、思った以上に走れている自分にびっくりしました。

斉井 まりみちゃん、余裕だったんだ。私は折り返し地点にTVカメラがいて、その前では元気ぶったのですが、力がわかなくなってました。そこからお腹の調子が悪かったのが再発。暑いのに寒いみたいな感じで、ペースを落としてギリギリ歩いてるように見えて走ってますくらいな7分00秒/kmくらいには落ちてしまいました。途中でドディーに抜かれましたが、ついていきたいと思ったけど、力が湧きません。ドディーにもし力が残っていたら4時間切れるかなって思い、「まかせたぞ!」みたいな思いで、揺れる髪の毛を見送りました。

心から謝りたい!

遠藤

まかされた私ですが、そんな余裕はなく(笑)、進むこと数km。道路のわきにそれ、盛大に、胃の中の内容物を嘔吐(あ、メンマさん!)。このとき見た、前夜に食べた豚骨ラーメンのメンマが、そのまま消化されずにでてきた姿は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。GIMのスタッフのどなたかに、片付けさせてしまうことになってしまい、本当に申し訳ないです。

斉井 私からも謝っておきます(笑)。

遠藤 でも、嘔吐した後は、体、軽っ! と、具合が戻り、ようやくここから通常通り走ることができるようになりました。なんでもっと早いところでてくれなかったんだー! と考えつつ、前半でペースを遅く走っていたので、足の疲れもそこまでなく、かなり快調に走ることができました。ようやく周りも見ることができるようになり、沿道の人の応援がすごく励みになりました。こんな真夜中にもかかわらず、子供たちもたくさん応援してくれたり、すっごく楽しく走ることができました。

給水所。ボランティアの方々の応援が嬉しい。 -40キロまでの状況はいかがでしたか?

斉井 折り返し後からの体調の悪さは続いていて、でもいつか力が戻り走れるって信じて進んでいました。32Km地点くらいで高橋選手のチキンの提供。嬉しいけど嬉しいけど、辛くて元気がなくて、塩対応。あとで聞いたら「肉かい!」って捨てゼリフを吐いたらしいです。私。余裕がありませんでした(謝りたい気持ちでいっぱいです)。

遠藤 私からも謝っておきます(笑)。

斉井 日が昇ったときと時計が4’00’00になった時に、ドライな私が初めてマラソン中に涙が出ました。泣いてることがすごくダサく感じでしまったのですが、走りたくても走れないという悔し涙が止まりませんでした。ペースのことばかり考えて生きていましたが、小野塚コーチの「ゴールは逃げない」というあまり気に留めたことがなかった言葉が蘇ってきました。遅くてもいいから進もうと思いました。涙が出たときには日が昇っていたので、私を静かに見ていた太陽と綺麗な綺麗な光る海の景色にハッとしました。悔しいくらいに綺麗な綺麗な絶景でした。

ーその後は?

斉井 だいぶスーパースローで走っていたら、日本人のおじさんランナーが抜く時に「頑張らなきゃダメだろ?」って声をかけてもらい、また気持ちを取り返したり、沿道のカタコトの「ガンバレー」もちゃんと聞いていました。38、39Kmとだいぶ少しずつだけどゴールに近づいていて、一体いつゴールできるんだろう、タイムも予期できない。4時間半も無理で、次は5時間もムリなのだろうかと思っていたら、するとその時「みんなで頑張るぞー!」っと大きな大きな声が後ろから聞こえました。そうだ、「4時間半ー5時間でゴールしたい人のために一緒に走る」って高橋選手が前日言ってた・・。自分は4時間ギリだと思っていたので、実は関係ない話だと思っていましたが、高橋選手が迫ってきていると一瞬で認識。歩きに近いランニングで辛さしかなかったのに、いきなりすべての重みが抜け、高橋選手から逃げたい衝動に駆られました。ラッキーなことに大好きな下り坂からの上り坂が見え、振り返りもせずにここでその時にできる猛ダッシュ!! まぁ7分00秒/kmにまでしか上がってなかったですが、やっとランニングらしい形で姿勢を正し、走り始めることができました。

Qちゃんパワー!

遠藤

朝日が昇り始めて、空が明るくなってきたとき、グアムの美しい海を見ながら走ることができました。ゴールすることは諦めないで走ってきて、こんな美しい景色を見ることができて、本当に良かった。と、心の底から感動して、涙がボロボロでました。が、やはり泣いているとタイムがさらに遅くなってしまうので泣きやみ、景色に感動しつつ、もくもくと走り続けました。GIMスタッフ、沿道の方々にはたくさん応援していただき、一つ一つ応援の声に感激したり、英語の応援の新鮮さを感じたり、32km地点で、高橋選手にほぼスッピン状態のスタート前とかなり変わってしまった顔の私にもかかわらず「ドディ!」と気が付いていただいたり、とにかくすべてに感激していました。最後のほうはずーっとことあるごとに、「ありがとうございます」「ありがとう。センキュー」とか言っていたような気がします。途中で日本人のランナーのかたに「あと少し、頑張ろう!」と声を掛けていただきました。海外で、日本人の方と、しかも同じ頑張りをしている方と声を掛け合うと、それだけでものすごい連帯感が生まれました。

尾谷 32キロ地点まではまだ走れたのですが、そこで高橋尚子選手に励ましてもらったあと、ひとつの目標を達成した安心感から失速。吉田さんと走ったり歩いたりしながら、「後10キロ」「後9キロ」といって励ましあいながら進みました。

吉田 うん、うん。

尾谷 そのころには周りを走る人もまばらで自分の目の前に2~3人見えるくらいになっていました。海を眺めながら、前を進むことだけを考えていました。歩くのもつらくて足を前に出すだけで、ふくらはぎや足の指に痛みがありました。もう走れないし、歩けないと思いました。給水所では水を飲むほか、膝やふくらはぎに水をかけて冷やすようにしていました。

斉井 だいぶダメージが溜まってきてたんだね。それまで余裕だったまりみる(吉田さん)は?

吉田 ずっと同じペースで走っていましたが、25kmすぎくらいから足が重くなってきました。しかし高橋尚子さんにどうしても会いたかったので32km地点のフェスタステーション(巨大な給水所。ここで高橋さんが待っていると宣言していた)を目指して走り続けました。32km過ぎくらいに「まりみる〜!」という声がして高橋尚子さんがチキンもって待っていてくれたのが印象的で今でも覚えています。その後、少し歩くと全く走れなくなってしまい、ひたすら歩き続けました。周りを見るといつの間にかすっかり景色が明るくなって日差しが暑くなっていました。

こちらがゴール直前のストレート。DJが通過する選手の名を連呼する。 -ゴール寸前の状況はいかがでしたか?

斉井 ラストスパート(ってゆうほど速くはないですが)、周りがバテテいたので元気に走ると沿道がすごく盛り上がってくれて、抜けば盛り上がるみたいな感じですごく楽しかった。ゴールをすでに終えたランナー達もすごい盛り上がりで応援してくれてテンションがあがってしまいました。うれしかった! 今更だけど、戦う自分にやっとやっと出会えて、最後の目標は一人でも多くの人を抜くこと。時計が4時間49分台なのが見えて、絶対50分台にはならないぞと思いダッシュしました。

遠藤 ゴール近くになって、ゴールできて本当に良かったと泣きだし、ただやはり4時間をまるで切れなかったということは、本当に後ろめたく、とにかく悔しく、泣けて泣けて仕方がなかったです。ゴールする直前、現地のおじさんに話しかけられ、「日本から来たの?」とか「何人で来たの?」とか、たわいもないお話をしました。簡単な会話ですが、日本では体験できないマラソン中の英会話が珍しく、ついついお話をしていましたが、ふと我に返り、4時間半きれるかどうかのぎりぎりのタイム、「おじさん私4時間半切りたいから話してる場合じゃないんだ!」とか若干焦っていました。

尾谷 終盤は上り坂が続き、“苦しい、辛い、立ち止まりたい”と思っていました。早く終わってほしいので、とにかく進まなければという気持ちで泣きそうになっていました。沿道の応援やエイドでのサポートにも応えることができず、もう走れないだろうと思っていたのですが、最後の上り坂を上り終えたところで、やっぱり最後は走って終えたいと思い走り始め、「後●●秒だけ走ろう」と何度も言い聞かせてゴールまで走り切りました。

吉田 足がパンバンなっていて、もう走れないと思っていたのですが、もえさんと会い、一緒に走りました。最後に目の前に大きな坂が見えた時はとても辛かったです。でも、応援してくださってる沿道のたくさんの人々が「Good job!」と励ましてくれました。また明るくなったからなのか、小学生くらいの小さな子もたくさんいました。あと数kmなのに、すごくすごく長く感じとても辛かったです。

いよいよ、4人は感動のゴールへ。

続きは・・・

明日17時公開!

Information

グアムインターナショナルマラソン2016

http://www.guaminternationalmarathon.jp/

PIC(パシフィックアイランドクラブ)

http://www.picresorts.jp/pic_guam/

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