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"女のわがまま"と思われないように、「職場の問題点」を上司に伝える一番賢いやり方とは

  • 2020.9.30
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職場でのルールから政治まで、決められたことに「本当にこれでいいの?」「これはちょっと嫌だな」と違和感を抱くことは、誰にでもあります。それを変えたいと思って発言するのには勇気がいりますが、現実的にどうすればいいのでしょうか。社会運動を研究する社会学者であり、『みんなの「わがまま」入門』(左右社)の著書がある富永京子さんに、賢い声の上げ方を聞きました。

権利を主張すると、「わがまま」と思われる理由

昨年(2019年)、上梓した『みんなの「わがまま」入門』では、多様化と個人化ということについて書きました。つまり社会はどんどん多様化しているので、私たちは自分の苦しみが他人にも共通しているかが見えにくくなり、誰が「かわいそう」な人かもわかりにくい。声を上げた人を「わがまま」だと感じてしまったり、「ずるい」と思ってしまったりする理由は、そこにあります。

立命館大学 産業社会学部 准教授 富永京子さん 撮影=プレジデント ウーマン編集部
立命館大学 産業社会学部 准教授 富永京子さん 撮影=プレジデント ウーマン編集部

この本で言う“わがまま”とは、権利を主張することです。権利を主張すると「自己中(自己中心的)」「自分勝手」と言われてしまいがちですが、一方でそんな“わがまま”は、社会を変え、人々が生きやすくする可能性もあるという意味で使っています。

最近では、テニスプレーヤーの大坂なおみ選手が、アメリカで起こっている人種差別問題のムーブメント「BLM(ブラックライブズマター)」に賛同。試合をボイコットしたり、全米オープンでの犠牲者たちの名前を記したマスクをしたりしたことが話題になりました。

それについてのスポンサー企業のコメントも印象的でしたが、「アスリートや芸能人が表立って政治について話してはいけない」という空気は、やはり海外より日本のほうが根強い。特にSNS上ではそういうバッシングが起きがちですよね。SNSでは、マスメディアでは拾いづらい声やメッセージが広がる一方、匿名であるがゆえにバッシングが激しくなることもある。そこが難しいところだと感じています。

バッシングの背景に根強い「ふつう幻想」

バッシングがなぜ起きるかというと、1億総中流と呼ばれた時代よりも、人種やセクシュアリティ、収入格差などが顕在化されている。もちろん過去にもそうした違いはあったでしょうが、多様化がより目に見える形で進み、「ふつう」なんてありえなくなっているのに、多くの人が「ふつう幻想」を捨てられないということがあります。

例えば同じ大学に通う学生や、同じ職場に所属する正社員なら、そんなに境遇が変わらないだろう、自分と同じ「ふつう」を共有しているだろうと考えがちです。みんなオフィスや学校に来て、何事もないように勉強し、問題なく仕事をしているため、家庭環境や経済環境などが大きく違うことが見えにくいのです。私は今回のコロナ禍で、学生たちのネット環境や家の学習環境といった差異が思ったよりもずっと大きいことに気づき、今までそうした差異が本当に見えていなかったんだ、と反省しました。

このように多様化と個人化が進んだにもかかわらず、「みんな同じはずだ」と相手を同一視しているところに、“わがまま”を言う人が出てくると、反発が生じるわけですね。

もう一つ、声を上げにくくしている原因として、社会運動の評価の問題があります。日本は抗議の声を上げない国民性だと考えられる向きもありますが、歴史を振り返れば、いろいろな形で抗議行動は起こっていたわけですし、そうとも言い切れません。実際にこれまでの社会運動によってできた制度もいくつかあり、男女雇用機会均等法や障害者差別解消法などが挙げられます。ただそれらが社会運動で誰かが声を上げた成果とは見なされず、政治家など、自分と遠い人びとの手柄だと思われてしまいがち。声を上げることの評価が正しくされていないことも、声を上げることのハードルを上げている原因といえます。

職場の違和感を“女性のわがまま”と切り捨てられないために

では、主張するとして、どのようにわがままを通していけばいいのか、身近な事例で考えてみましょう。

最近は新型コロナ感染拡大防止のためリモートワークを実施していた企業が、それ以前の出社勤務に戻しつつあります。育児や介護をする人にとっては、自宅でのリモートワークのほうが快適であり、その勤務形態を続けたいという希望もあるようですが、そう言うと「わがまま」だと思われかねないというお話は、どこでもよく聞かれるものです。そんな場合、どうしたらいいでしょうか。

当事者でないものの、LGBTQの人々に理解と共感を示す人を「アライ」と言いますが、そういった意味で力になってくれる人を探すという手があります。リモートワークをしたいのが女性なら、それに共感してくれる男性を身近に見つける。すると、会社の中で女性の気持ちを代弁したり、より普遍的に言語化するといった形で力になってもらえるかもしれません。

例えば、以前から選択的夫婦別姓制度の実現を求める声はあったわけですが、サイボウズの青野慶久社長が夫婦別姓を求めて妻の姓にしたことが大きく、非常にインパクトがありました。「女性のわがまま」と思われないためには、男性にも動いてもらうのが有効だと思います。若年層の男性にはリベラルな人が増えているので、考えを共有できそうな人にアプローチしてみるのもいいのではないでしょうか。よくビジネス誌などで、保守的な価値観や規範意識を持つ管理職の方を“昭和おじさん”と呼ぶのを目にしますが、そうした人々よりは、まず若い人からじわじわ共感を広げ、味方を増やしていくという方法です。

実現性を高めるには、直接言わないこと!

それでもまた、権利を主張するときに余計な反発があるのでは、という懸念がある人も多いと思います。そういう方にとって、「直接、相手に言わない」ということは大事なポイントです。その決定権を持っている人のところに行かず、まずは根回しをする。これは企業勤めの人が得意とするところでしょう。いきなり偉い人やみんなの前で「こんなこと許せません」と言い出すのは確かに誰しも怖いです。そうでなく、周囲に「どう思う?」と相談するところから始めると、ハードルも下がるのではないかと思います。特に女性が少ない職場で声を上げるのに抵抗がある人が現実的に試せるのは、そういうルートでしょう。

富永京子さん
撮影=プレジデント ウーマン編集部

労働環境を改善しようとする動きに、職場でヒールのある靴を強要されたくないと主張する「#KuToo」運動があります。“わがまま”を言うからには、反発や対決は回避し得ないのですが、職場で唐突に「パンプスを廃止しろ」と言うと管理職との妥協点が見つからない可能性も十分にある。

一方で、職場や会社を越えて周囲にじわじわ広げていくと、「こういう解決策もあるよ」など、良い案を出してくれる人がいるかもしれません。例えば、「デスクにいるときはスリッパを履いていればいいんじゃないか」とか。それって根本的な解決にはならないと感じるかもしれない。ただ、それを見た人が「スリッパに履き替えるということは、ヒールのパンプスってそんなにつらいんだな」と理解してくれ、理解がじわじわ広がっていくこともあるのです。

「快適に働きたい」は自己中なのか

それは結果的に女性が働きやすくなるだけでなく、「女性も男性も服装に縛られない生き方をすべきだ」という運動になるわけです。リモートワークにしても、男性も家にいて子供と過ごす時間が増えたほうがいいという人もいるわけで、今は中高年の管理職世代の男性が親の介護をしている場合も多いので、その人たちにとっても、会社に行くか自宅で仕事するか選べたほうが良いはずですよね。職場で上の立場にいる人や男性たちは、なかなか弱みを出しづらく、それこそ“わがまま”を言い出しづらいでしょうから、強い人、言い出せない人に代わって私たちが言ってあげる、というくらいの気持ちでいても、もしかしたら良いのかもしれません。

そもそも「快適に働きたい」という主張は自己中なのでしょうか? たしかに、会社という組織では「快適さを得たいならさぼらず真面目に働け」と求められがちですが、リモートワークの快適さを得ながら真面目に働くことは両立可能なわけで、そういった倫理を組織の中で形成することが重要です。まさに労働組合などの社会運動はそのためにあるわけですよね。労働環境を良くすることが忠誠心をもちながら働くことにもつながる。リモートワークを選択できるようになれば結果的に会社にとってもいいということを理解してもらう必要があり、理解してもらえないなら外部からデータや事例をもってきて示すのもアリでしょう。そのプロセスはちょっと大変ですが、ふだんビジネスを展開している皆さんなら、きっと実現可能だと思います。

構成=小田慶子

富永 京子(とみなが・きょうこ)
立命館大学産業社会学部准教授、シノドス国際社会動向研究所理事
1986年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2015年より現職。専攻は社会運動論・国際社会学。 著書に『みんなの「わがまま」入門』『社会運動と若者』『社会運動のサブカルチャー化』がある。

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