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なぜ日本人の母親の「子ども誘拐」が、世界で大きな批判の的になっているのか

  • 2020.9.16
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「子どもを連れて家出。子どもを父親には会わせない」――。日本ではよく聞く話ですが、こうした事例に対し、欧州などの世界の多くの国が、「国際条約違反」「子どもの権利を侵害している」と厳しい目を向けています。ベルギーに長く住むジャーナリストの佐々木田鶴さんがレポートします。

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©Rutsu-Taz
日本人の親による「子どもの連れ去り」に欧州議会が抗議

筆者の住むベルギーには、欧州連合(EU)の主要機関が集中している。その一つ、欧州議会は7月初め、日本人の親による「子どもの連れ去り」是正を求める決議を圧倒的賛成多数(賛成686、反対・棄権9)で採択した。

といわれても、なんのことやらさっぱりわからないという人もいるだろう。母親が子連れで家出したり、実家に帰ってしまったりすることは、日本では「よくあること」かもしれない。

ところが、EU市民を代表する欧州議会が抗議しているように、世界の多くの国では、それは子どもの「拉致・誘拐」と見なされ、「子どもの最善の利益」の観点から到底許されない。日本の状況は、「外国人が増えて国際結婚が珍しくない今となっても、家族のあり方や子どもの権利に関する制度や社会通念は、旧態依然で看過しがたい」とみなされているのだ。欧州議会での決議は、そうした見方を象徴しているといえるだろう。

「子連れの家出」=「連れ去り」は国際法違反

欧州議会には、普通の市民が、直面する問題を直に持ち込み、助けを求めることのできる「請願委員会」がある。今回は、フランス人、ドイツ人、イタリア人2人の計4人の当事者(子どもを連れ去られた被害者男性)による請願から始まった。彼らの日本人の妻が、EU籍をもあわせ持つ自分の子どもを連れ去ってしまい、子どもが父親と交流する権利が侵害されているというのだ。

日本は1994年に国連の「子どもの権利条約」、2014年に国境を越えた子どもの連れ去りを禁止する「ハーグ条約」(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)を批准している。子どもの権利条約(第9条3項)では、子どもが父母のいずれととも定期的に人間的な関係と直接の接触を維持する権利を尊重するとしており、ハーグ条約は、主に国境をまたぐ子どもの連れ去りについて規定したものだが、同時に、親子が面会交流できる機会を確保するのは国の務めと定めている。欧州議会は、日本がこれらの国際条約を遵守しておらず、両条約で掲げる「子どもの最善の利益」を守っていないと指摘している。

日本国憲法(98条2項)では、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、誠実に遵守することを必要とする」としている。しかし、昨年11月には、イタリア人男性を含む「連れ去られ親」による集団訴訟で、東京地裁の前澤達郎裁判長が、日本が国連の子どもの権利条約に批准していても、国内では法的拘束力がないと判決で述べたことがロイター通信などで報じられた。

欧州議会の請願委員会事務局によると、正確な件数は不明ながら、「日本人による子どもの連れ去りは、ここ5年ほどの累計で1万件を超える」と推定する。欧州で子どもの行方不明・奪取問題に取り組む国際NPOミッシング・チルドレン・ヨーロッパのH.デマレさんによれば、貧困・宗教などの要因が絡む国ならまだしも、法の支配を尊重するはずの先進国では信じがたい数だという。

近年、欧州議会だけでなく、アメリカやカナダ、オーストラリアからも抗議の声があがっている。日本のメディアはほとんど報じていないので、日本国内ではあまり知られていないようだ。しかし、日本で「連れ去り」「奪取」と訳されている言葉は、英語ならabduction、つまり「拉致・誘拐」を意味し、諸外国では深刻な犯罪としているところが多い。

最近欧州各国では、調査報道に定評のあるテレビや新聞などが、この問題を盛んに報じている。フランス国営放送の人気番組「特派員」は、わが子に会おうと日本に潜入するフランス人の父親に同行取材し、警察官に不審者扱いされたり、「ガイジンは嫌いだ!」と叫ぶ日本人祖母に門前払いされたりする様子を映し出して、視聴者をあきれかえらせた。

「子どもに会いたい」――日本在住の欧州人男性の訴え

取材を進める中で、ある2つの記者会見の動画に行き当たった。日本国内で、日本人の妻に幼い子どもたちを突然連れ去られたという日本在住の欧州人男性、フィショー氏(フランス人)とペリーナ氏(イタリア人)の2人が、彼らの顧問を務める上野昇弁護士、調停員を務める児童心理学者の小田切紀子氏とともに、外国人記者と日本人記者向けに行った記者会見だ。

子どもたちと一緒に写った写真を見せるペリーナ氏
子どもたちと一緒に写った写真を見せるペリーナ氏(写真=ペリーナ氏提供)

直接コンタクトして話を聞いたところ、彼らこそが、欧州議会で請願した4人の欧州人当事者のうちの2人だった。彼らは誰もが知る国際企業に長年勤務し、日本が好きで永住権も取得しているという。

2人とも、子どもを連れ去られてすぐに警察に通報したが、妻が子どもを連れてどこかへ雲隠れするのは「よくあること」として取り合ってもらえなかったという。

身に覚えのないDVを理由にされ、子どもと会えぬまま月日が過ぎた。2人は、長い協議やDVの嫌疑が晴れるまでに、小さな子どもがパパなしの新生活に慣れ、パパの記憶はおろか、パパと親しく会話するための言語すら忘れてしまうのではないかと、おびえる毎日を送っている。

上野弁護士は、「DVや虐待を理由に審議に時間をかけるのは離婚弁護士の常套手段。その結果『養育環境の継続性』や『母性優先』を重んじる裁判官が、母親に監護権・親権を与えるケースが90%にものぼる」という。

そもそも日本では、DVや虐待をきちんと査定し、被害者を保護し、治療・矯正しながら交流を可能にする方法や制度が確立していないことが問題だと小田切氏は指摘する。DVや虐待を検知し、加害者に治療や矯正を行う仕組みが整っていないために、パートナーからのDVや虐待から子どもを守りたい親は、子どもを連れて逃げるしかないと考える。

フィショー氏とまだ幼い子どもたち(写真=フィショー氏提供)

その一方で、検知や審査の仕組みが整っていないがために、DVや虐待がない場合でもそれを証明するのは難しくて時間がかかり、子どもを連れ去られた側は、子どもに会うことすらできなくなってしまう。しかし、世界中の専門家や調査に基づいて策定されている「子どもの権利条約」などの国際法では、子どもの連れ去りそのものがむしろ虐待と認定される場合もある。

「まだ離婚もしてない僕は、れっきとした親権者だし、生活費も払い続けているのに、子どもたちにはもう3年も会えていない……」とペリーナ氏は声を震わせる。「いっそのこと犯罪者にでもなれば、毎日30分でも面会が許されるのに……」と涙声になったフィショー氏。幼い子どもたちとの1~3年の断絶はあまりにも重い。

旧態依然の日本の「家」制度

こうした状況の背景にあるのは、旧態依然でなかなか変わらない、日本の「家族」のあり方や制度だろう。

自らも、離婚の際に元妻に子どもを連れ去られたという上野弁護士も、「根強い『家』という社会通念がわざわいしているのです」と話す。

国際結婚の夫婦間の、子どもの連れ去り案件を多く手掛けてきたある女性弁護士は、次のように語る。

「日本社会では長年にわたり、離婚した場合は片方の親だけが親権を持つ『単独親権』があまりにも当然でした。別居や離婚の際には、母親が子どもを連れて家を出るのが当たり前。男性側が親権を求めることはほとんどありませんでした」
「別れた男性は養育費も支払わず、次の女性と結婚して新しい生活を始め、前の家庭のことを忘れても仕方がないと見なされてしまいます。女性側は、子どもが小さければ『お父さんは死んだ』と伝えるか、極悪人に仕立て上げるしかありません。日本人の多くが、こうした状況を変えようとしてこなかったために、法律も裁判所も変わらなかったというのが実情なのです」

「単独親権」しか認めない日本

日本の民法では、離婚後はどちらか片方の親のみが親権を持つ「単独親権」しか認めていない。親権を持たない親と子どもの面会交流は保障されないことも多い。

戦後に制定された憲法では、それまでの「家長」を中心とした「家」制度を廃し、婚姻は両性の平等と個人の尊重のもとに成立するものと定められた。しかし、戸籍制度に象徴されるように、「家」の考え方は今も婚姻制度の中に根強く残る。男性Aさんと女性Bさんが結婚して、同じ姓のもとに「家」を作り、そこに生まれた子どももその「家」に帰属する。そして、もしAさんとBさんが離婚すれば、子どもはAさんの「家」かBさんの「家」のいずれかに属するというわけだ。その上、伝統的に「母性」が重視される傾向が強い日本では、子どもは女性Bさんとセットで女性側の「家」に戻るのが子どもにとっても望ましいとされてきた。

しかし欧州などでは、結婚とはあくまでも個人と個人によるものであり、そこで生まれた子どもも独立した個人ととらえられる。親が不仲だからといって、子どもはどちらか一方の親に属するわけではない。子どもは両方の親と親しく交流しながら育つ権利を持つとみなされる。

世界の主流となりつつある「共同親権」

国連の「子どもの権利条約」が1990年に発効して以降、親が離婚した後も父母が共同で子どもの養育や教育に関わる「共同親権」を原則とする国は増加している。法務省が今年4月に発表した24カ国調査によると、「単独親権」しか認めていない国は日本のほか、インドとトルコだけだった。

共同親権が導入されても、子どもの養育や教育、面会などの内容については協議で細かく取り決めることになるので、結果として単独親権に近い状態とすることもある。

一方、日本の場合は単独親権しか認められないために、親権の取り合いになることも多く、協議がし烈になりやすい。そもそも不仲の理由は、性格の不一致とか出来心による浮気なども多いのに、単独親権しか認められないがために、相手を徹底的に悪者にしてでも子どもを奪い合うことになり、顔を見たくないほどのいがみ合いに発展してしまう。そもそも双方の親で親権を分け合えるものであれば、相手を徹底的な悪者にする必要もなくなる。子どもを奪い合う前に、子どもの最善の利益を鑑みて協議して決めることができるようになるはずだ。

「子どもの権利」を守るためには

児童心理学者の小田切氏は、「片親による連れ去りは、もう一人の親との心身両面での日常的な関わりを奪うばかりでなく、住み慣れた家、地域、友人、学校などから根こそぎ引きはがしてしまいます。これは、子どもに継続的なストレスやトラウマを与え、長い人生に渡って影を落とすことになりかねなません」と指摘する。

子どもの連れ去りの問題を解決するためには、共同親権の導入に加え、DVや虐待被害の検知、加害者の矯正・治療や被害者支援の体制の整備なども充実させねば本末転倒にもなりかねない。また、日本人の「家」や家族のとらえ方、母親に偏重した子育てのあり方についても、変容が求められるだろう。

夫婦喧嘩も離婚も、国際法か国内法かも、連れ去りか誘拐かも、「大人の都合」に過ぎない。たとえ、妻にとっては許しがたい夫であっても、子どもにとっては、大好きなパパかもしれないし、将来は頼りの親族になってくれるかもしれないのだ。両方の親が子育てに関わり続けることが、子どもの権利を守ることにもなるはずだ。

世界保健機構(WHO)は、片親との断絶は子どもの健康への脅威であるとしているほか、子どもの権利条約では連れ去りを「心理的虐待」にあたると定義している。子どもは、情緒的に安定した親と、愛情のこもった心と身体の繋がりを保って、健全に成長するという基本的権利を持っている。現状の日本では、クリアすべき課題は多いが、「子どもファースト」の考え方で、子どもが心身ともに健康に、幸福に成長できる環境を作るために、制度を整えていくべきだろう。

佐々木 田鶴(ささき・たづ)
ベルギー在住ジャーナリスト
上智大学卒。米国およびベルギーにてMBA取得。EU(欧州連合)主要機関が集まるベルギー・ブリュッセルをベースに、欧州の政治・社会事情(環境、医療、教育、福祉など)を中心に発信。共同通信News47、ハフィントンポスト、SpeakUp Oversea’sなどに執筆。

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