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50歳で監督デビュー。異色作『人数の町』を世に問う荒木伸二、最も“近い”批評家との対話【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

  • 2020.9.10
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宇野維正の「映画のことは監督に訊け」、第2回は『人数の町』荒木伸二監督 撮影/河内 彩
宇野維正の「映画のことは監督に訊け」、第2回は『人数の町』荒木伸二監督 撮影/河内 彩

【写真を見る】中村倫也と石橋静河の共演も大きな話題になった『人数の町』監督に、1万字超えのインタビュー

海外の映画大国と比べると決して恵まれているとは言えない現在の日本映画の現場から、それでも目の覚めるような新作を届けてくれた映画監督に、いまなにを考えながら映画を撮っているのかをじっくりと訊いていく新連載「映画のことは監督に訊け」。今回は連載2回目にして、初回とも、そして第3回目以降とも、トーン&マナーがかなり異なるイレギュラーな回をお送りすることになります。というのも、今回のインタビュイーである荒木伸二監督は、自分にとって中学生の頃からの大親友。普通、真顔で“大親友”とかキーボードを打つのは小っ恥ずかしいものですが、そんな小っ恥ずかしさも吹っ飛んでしまうほど近しい存在だからです。

もちろん、荒木伸二監督を取り上げる理由は、大前提として彼の監督デビュー作である『人数の町』(公開中)が、現代の日本を舞台にしたディストピア映画としても、中村倫也&石橋静河というこれからの日本映画を担っていくだろう役者たちの出演作としても、極めて重要な作品だからです。また、「50歳で初監督作」という異例の遅いデビューにいたった彼のこれまでの道筋には、読者の関心を引くものがあるかもしれません。広告クリエイターが仕事で育んだコネクションから映画を監督するという例は過去にも多くありましたが、彼の場合は40代になってから脚本スクールに通い、脚本のコンクールに応募をし続けるという愚直にも思えるような方法で、初監督作品を撮るチャンスを手にしました。

【写真を見る】中村倫也と石橋静河の共演も大きな話題になった『人数の町』監督に、1万字超えのインタビュー [c]2020「人数の町」製作委員会
【写真を見る】中村倫也と石橋静河の共演も大きな話題になった『人数の町』監督に、1万字超えのインタビュー [c]2020「人数の町」製作委員会

映画監督になるのに、決まったレールがなくなって久しい現在の日本映画界。作品のディベロップの仕方、制作プロダクションとの関係、製作費やクランクイン前の心得の話など、通常の監督インタビューでは訊けないようなことも突っ込んで訊いてます。「別に映画監督になりたかったわけじゃない。映画を撮りたかっただけ」という彼の言葉には、気づかされるものがあるのではないでしょうか。

にこやかに自作について語ってくれた、荒木伸二監督 撮影/河内 彩
にこやかに自作について語ってくれた、荒木伸二監督 撮影/河内 彩

宇野維正(以下、宇野)「連載第1回の三木孝浩監督のインタビューは好評で、ちょうど新作を観て是非インタビューしたいと思っていた監督から逆オファーをいただいたりもして。『映画監督の1万字超えのロングインタビューって、読み手にとっても取材を受ける側にとっても、ちゃんとニーズがあるんだな』って思ってたところなんだけど」

荒木伸二監督(以下、荒木)「三木監督がどうしてああいう作品を撮り続けてきたのか、すごくよくわかった。『ヒッチコック/トリュフォー』じゃないけど、やっぱりインタビューは取材の基本だし、映画監督のインタビューって改めておもしろいなって」

宇野「『ヒッチコック/トリュフォー』は畏れ多すぎるけど、フランソワ・トリュフォーの仕事でいうなら初期に彼が『カイエ・デュ・シネマ』に寄稿した『フランス映画のある種の傾向』がひとまずの高い目標だよね。まずは、同時代の『日本映画のある種の傾向』を共通認識として作り手と確認していくところから始めないと、批評家としてその先にいけないと思ってこの連載を始めたわけなんだけど、いきなり第2回の取材相手が12歳の頃からの友人という」

荒木「すみませんね」

名著「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」を題材に、ドキュメンタリー映画も作られた [c]COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS
名著「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」を題材に、ドキュメンタリー映画も作られた [c]COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED. PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS

宇野「まさか、50歳になって君がこんな大々的に映画監督デビューするとは想像してなかったからさ。モスクワ国際映画祭やバンクーバー国際映画祭にも正式招待作品として選出されるという。それ、裏で誰かが手を回してるとか、お金が動いてるとかじゃないよね?」

荒木「全部ちゃんと、審査を受けてます(笑)」

宇野「学生の頃から撮影を手伝ったりしていて、この『人数の町』の脚本も応募後に読ませてもらっていたわけだけど。出来上がった作品を最初に観た時は、とにかく映画ジャーナリストとして客観的にならなきゃってことばかり考えてた。えっと、その時に俺なんて言ったっけ?」

荒木「『多分、年末に振り返って2020年に観た日本映画では5本の指に入るだろう』ってことと、『きっと次も撮れるね』ってこと」

宇野「もう、それが客観的になっての精一杯の感想でした。作品がよくできていて、しかも、ちゃんとおもしろくて、とにかくホッとしたっていう。ダメだったらダメだったって言わなきゃと思ってたから。なので、今日はこの特殊な関係性だから訊けることだけをズケズケと訊いていきます」

荒木「はい。真面目に話します」

宇野「中学生の頃から映画を撮りたいと言ってて、高校生の時に撮り初めて、大学を休学して、La Fémis(フランス国立映像音響芸術学院)の入試準備のために試験の1年前からパリに留学して、エリック・ロメールの授業とかに潜り込んでて、いつの間にかフランス語はペラペラになってたけど試験には落ちて、日本に戻ってまた映画を作って、卒論をジャック・リヴェットで書いて卒業して、就職して。で、そこから今日までも年中会ってきたわけだけど、40代になってから脚本の勉強をしてたよね?本業でしっかり食えてるのに、いまさらなにやってるんだろうとその時は思ったんだけど、あれはどうしてだったの?」

荒木「もともと(即興演出で知られる)リヴェットで卒論を書くくらいだから、若い頃は映画において脚本ってものにあまり重きを置いてなかったわけ。でも、コマーシャルを作ってると、尺が短いから当然なんだけど、構成力っていうものが全然身につかないのね」

宇野「構成力っていうと?」

荒木「1時間半なり2時間なり、長い時間の映像作品をどう構成していくのかっていうこと。それを学んでみたくなって、ブレイク・スナイダーの『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』っていうよく知られた脚本のハウツー本があるんだけど、その本を読み込んで試しに自分でも書いていくうちに、『物語の構成を考えるのってかなりおもしろいな』って思うようになって。それで、仕事の後に表参道にあるシナリオセンターに通うようになったの」

宇野「脚本スクール、東京にいくつかあるよね」

荒木「赤坂にもシナリオ講座ってスクールがあって、俗に“赤坂”と“表参道”って言われてるんだけど、僕が通ったのは“表参道”のほう」

宇野「吉田恵輔監督の作品に、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』っていう脚本スクールを題材にした映画があったじゃない?あの作品での描写は結構リアルなものに感じたけど、実際にあんな感じ?」

荒木「うん、大体あんな感じ。生徒にはすごく若い人もたくさんいるし、僕よりも年上の人もいるし。決められたテーマで書いた10分の物語の脚本を、生徒みんなの前で音読するのが授業。それが、マゾヒスティックに楽しくて。これまで生きてきて、こんなに恥ずかしいことってないよなって。前の晩に一所懸命書いた脚本が、人前で読み始めて3行目くらいで『これ絶対おもしろい』って思う時と、『ああ、失敗したな』と思う時があって。自分ではいつもおもしろいと思って書いてるんだけど、そうやって人の目や耳に触れると、もう3行でつまらないものはわかるの。それってすごく興味深い現象だなって思ったりして。ただ、そこにずっと通ってても時間がもったいないなって思うようになった」

「映画というフォーマットに異常に執着がある」と語る荒木監督 撮影/河内 彩
「映画というフォーマットに異常に執着がある」と語る荒木監督 撮影/河内 彩

宇野「どうして?」

荒木「やっぱりそういう学校は、基本的にはテレビドラマの脚本を念頭に置いてるんだよね。でも、自分はやっぱり映画というフォーマットに異常に執着があるから。それで、脚本をたくさん書いて公募に送りまくるようになった」

宇野「結構、片っ端から賞は獲ってたよね」

荒木「獲ったのは、テレビ朝日21世紀シナリオ大賞(優秀賞)、シナリオS1グランプリ奨励賞、MBSラジオドラマ大賞(優秀賞)、伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞(2016年に伊参スタジオ映画祭スタッフ賞、2018年に審査員奨励賞)。伊参スタジオ映画祭は群馬にある映画祭で、脚本賞のグランプリだと映画を撮るためのお金をもらえる。ま、潤沢ではないんだけど」

宇野「いくら?」

荒木「短編だと50万、中編だと100万円。50万や100万で映画を撮ることがどれだけ大変なことかっていう話でもあるんだけど」

宇野「そりゃそうだよ!」

荒木「短編はともかく、長い作品だと特にね。だから、わりとみんな自分でも資金出して撮ったりするんだけど、あとロケ地の手配とか宿泊施設とか無料で貸してくれたり、一応、作ったら公開まで主催側がいろいろ手伝ってくれるんだよね」

『人数の町』の脚本は第1回木下グループ新人監督賞の準グランプリを受賞した [c]2020「人数の町」製作委員会
『人数の町』の脚本は第1回木下グループ新人監督賞の準グランプリを受賞した [c]2020「人数の町」製作委員会

宇野「『人数の町』の脚本は第1回木下グループ新人監督賞の準グランプリを受賞したわけだけど、そもそも、木下グループ、つまりキノフィルムズは、どうして脚本と企画書で監督を発掘するという枠組みを考えたんだろう?」

荒木「応募条件的には、脚本は他の人でもいいってルールなんだけどさ、過去作の提出はあればって書き方がね、僕的には渡りに船で。よし、企画と脚本で監督までいけるぞって。普通ほら監督募集は過去作、ショーリールが肝になるから。自分はそこがとても薄いわけで」

宇野「日本映画もある時代まではハリウッドのように監督と脚本家の分業制が当たり前のことだったわけだけど、近年は特にインディペンデント作品だと監督兼脚本の作品が多いよね。ただ、自主映画ならまだしも、商業映画としてはそのことの功罪もあると思うんだけど」

荒木「うーん、もしかしたらキノフィルムズが考えていたこととは違うかもしれないけど、僕はヨーロッパ的な “ライターディレクター”を念頭に置いた賞なのかなって勝手に思っちゃった。一緒に脚本のディべロップをしたキノフィルムズのプロデューサーたちは海外の映画祭慣れしている人だったし作家性をとても重視してくれた。『荒木さん、もうちょっとわかりやすくならないですか?』みたいなことは一度もなかったし」

宇野「最近だとヨルゴス・ランティモスとか、リューベン・オストルンドとか、ロイ・アンダーソンとかそういう方向性?」

荒木「そうだね。アメリカで言うとウディ・アレン、最近だとノア・バームバックとか、グレタ・ガーウィグとか。あるいはポン・ジュノとかイ・チャンドンとかホン・サンスとか、ヨーロッパの映画祭でウケるタイプの韓国の映画作家でもいいけど。少なくとも、自分の意識は完全にそっちのほうにあった」

宇野「なるほど。狭義の“映画作家”ってことね」

荒木「コマーシャルやミュージックビデオの監督をしてると、『映画の監督をしませんか?』みたいなことってわりとあるらしい。自分は監督ではないからないけど。で、そこにもいろいろな道があるわけだけど、やっぱり自分の脚本を映画にするってなると、自腹1000万みたいな感じになっていくことが多いみたいで」

宇野「『人数の町』の製作費は?」

荒木「公募時の条件としては上限5000万、多分上限まで使ってると思う」

宇野「それでも、ハリウッドはもちろんだけど、海外の一般的な作品と比べてもかなり少ないほうだよね?」

荒木「でも、実際にやってみて、そういう問題じゃないってことがよくわかった。例えば一人で一生懸命お金を集めて1000万で映画を撮ると言っても、それは1000万で映画を撮るだけじゃない?でも、キノフィルムズが5000万を出してくれるというのは、彼らの知見やコネクションをフィーで換算したら、とてもじゃないけどその予算じゃできないことまでできるわけ」

宇野「そうじゃなきゃ、映画界でなんの実績もない新人監督がいきなり中村倫也や石橋静河なんていう、そんな旬すぎるキャスティングはできないよね」

緊迫感あふれる画がスクリーンを支配する『人数の町』(公開中) [c]2020「人数の町」製作委員会
緊迫感あふれる画がスクリーンを支配する『人数の町』(公開中) [c]2020「人数の町」製作委員会

荒木「もちろんもちろん。キノフィルムズのプロデューサーが中村さんの事務所や中村さんに、こういう賞を始めて、こういう作家を育てようとしていてって、そうやって企画の趣旨を説明して真摯に口説いてくれてるんだと思う。仮に自分が5000万用意できるとしても、そんな場にいきなり立てるわけないんで。それは石橋さんについても、他のキャストの方々についてもそう」

宇野「今作のキーパーソンでいうと、中村倫也、石橋静河、あと撮影監督の四宮秀俊。いずれも、日本映画の未来を背負うような才能なわけじゃない?最初に撮影が四宮さんに決まったって君から聞いた時、思わず『マジで?』って耳を疑ったくらいで」

四宮秀俊が撮影監督を務める『ミスミソウ』(17) [c]押切蓮介/双葉社 [c]2017「ミスミソウ」製作委員会
四宮秀俊が撮影監督を務める『ミスミソウ』(17) [c]押切蓮介/双葉社 [c]2017「ミスミソウ」製作委員会

荒木「四宮さんは、どんな監督とやっても必ずなにか特別なものを残していて。最近だとやっぱり『きみの鳥はうたえる』(三宅唱監督)が話題になることが多くて、もちろんあの作品でも見事な仕事をされてるんだけど、例えば『ミスミソウ』(内藤瑛亮監督)とかも、僕はホラーが苦手だから手で顔を覆いながら観たんだけど、もうビシビシきちゃって。“緊張感”っていうと凡庸な表現になっちゃうけど、本当に画面から彼の持つ感性が伝わってくる撮影監督で。それと、4人目のキーパーソンを挙げるなら山中聡さん。作中で“ポール”とか呼ばれてる役で、ツナギとか着てるし、演出的には一番不安な役だったんだけど、それを見事に演じていただけて。中村倫也さんに初めて挨拶に行った時も、最初に『ポールは誰が演じるんですか?』って訊かれたの。ポールがヤバかったら映画として成り立たないってことをきっと中村さんもわかっていて、それで『山中聡さんに決まりました』って言ったら、とても安心してくれた」

ポール役の山中聡は、本作4人目のキーパーソンとして挙げられた [c]2020「人数の町」製作委員会
ポール役の山中聡は、本作4人目のキーパーソンとして挙げられた [c]2020「人数の町」製作委員会

宇野「制作プロダクションのコギトワークスは、これもキノフィルムズの采配?」

荒木「そう」

宇野「君はCMを何十年も作ってきたわけだけど、そこでの制作プロダクションとの付き合いとかも当然あるわけじゃない?」

荒木「そうだね。特に近年は、もともとCMを作ってきた会社で、映画の制作に乗り出しているところも多い。僕が普段一緒に仕事をしているプロダクションにもそういうところはあったんだけど、キノフィルムズのプロデューサーを信頼してコギトワークスと作ることにしたの」

宇野「君がプランナーとしてCMを作っている時は、自分でプロダクションを選んだりもするわけでしょ?」

荒木「うん。ただ、それって発注権を持つことになるので、すごく危険なことでもあるんだよね。そこで気心の知れた人たちと、『○○ちゃんよろしくね』ってやる選択肢もあったわけだけどーーあ、僕は『ちゃん付け』で人を呼んだりはしないんだけどね」

宇野「それはどっちでもいいよ(笑)。いや、結果的に本当にちゃんといい映画が撮れてるんだけど、それはどうしてだと思う?もちろん、すばらしいスタッフに恵まれたってことが大きいのはわかるんだけど」

50歳にして監督デビューを飾った荒木伸二監督 撮影/河内 彩
50歳にして監督デビューを飾った荒木伸二監督 撮影/河内 彩

荒木「本当によく僕みたいな人間にいきなり撮らせたって思うよ。普通に考えて、頭おかしいんじゃないかって」

宇野「だって、プランナーだもんね。ミュージックビデオは撮ってるけど、コマーシャルではプランナーだから、自分で撮ってきたわけじゃないもんね」

荒木「クランクインの前日になって、『明日、「よーい、スタート」とか言うんだ。恥ずかしいな』って急に思ったぐらいだからさ。ただ、『どうして撮れたか』って質問に真面目に答えるなら、自分のこれまで知っているやり方で一切やろうとしなかったってことかな。これまでコマーシャルの世界で学んできたことは何一つ活かさないようにしたし、そこで知り合った人は現場に一人もいなかった。面識があったのは役者さん一人だけでそれも芝居観て知ってただけで、あとは全部今回初めて会った人たち。で、とにかく周りのスタッフに質問しまくって。『この後、どうするんですか?』って聞いて回った。プロデューサーは、現場の進行のさせ方とか、そういうあまりにも当たり前のことは教えてくれないから。あらゆる局面で『監督ってこういう時どうするんですか?』って聞いて、現場ではすっかり『この人は聞きまくる人だ』って認識されて。あらゆる作法について、現場のみんなに教えてもらった」

宇野「でも、『この人は聞きまくる人だ』って最初にキャラ付けしてもらえたら、なんでも聞けるから楽だよね」

荒木「それを狙ってた。『そこまで知らないことはないだろう』っていうことまで聞いていったからね。本当にあらゆる人に『ほんとになにもわかってないんで、なんでも言ってください』って挨拶して。実際、すごく若い現場で、僕が2番目か3番目に年上だったんだけど、『僕は1年目なんで、皆さんよろしくお願いします』って」

宇野「もうウザいぐらいな感じで(笑)」

荒木「本当にそう。あと、危険なのは、そうやって気をつけてないとコマーシャルの現場を思い出しちゃうの。いまって、映画もコマーシャルも機材的にはまったく同じカメラ、まったく同じライトで撮っているから。クランクアップした後、親しくさせていただいている吉田大八監督と飲みに行ったんだけど、そこで『ゴールキーパーがフォワードやったみたいなものですね。おつかれさま』って言われて。それはなかなか怖い言葉でさ。『大丈夫ですか?あなたは手を使わなかったですか?』ってことだから」

宇野「『コマーシャルの世界で学んできたことは何一つ活かさないようにした』って言ってたけど、これまで何十年もアホみたいにたくさん観てきた映画についても、もしかしたらそういう感じだったんじゃない?直接的なレファレンスだとか、構図の引用だとか、そういうことは考えなかったんじゃないかなって」

荒木「そうだね。もちろん、これまで観てきた映画は自分の血となり肉となっているわけだけど、引用みたいなことは全然考えなかったな。ただ、クランクインの前に四宮さんとスティーヴン・ソダーバーグの『ガールフレンド・エクスペリエンス』なんかを一緒に観ながら、『ほら、ここでカメラ寄らないでしょ』とか、『いまなんか隠したけど、観客は別にそれを気にしてもしなくても自由なんだ』とか、そういうところを確認し合いながら、画面の中で『これを観るべきだ』っていうことを示すのはやめようって話はした」

2009年、『ガールフレンド・エクスペリエンス』プレミア時のスティーヴン・ソダーバーグ監督 写真:SPLASH/アフロ
2009年、『ガールフレンド・エクスペリエンス』プレミア時のスティーヴン・ソダーバーグ監督 写真:SPLASH/アフロ

宇野「観客を信頼してるというより、いい意味でほったらかしにしてるくらいのクールさは、他の日本映画にはなかなかない『人数の町』の特徴だね」

荒木「観客にできるだけ能動的に映画から情報を取ってもらいたくて。そのためにも、とにかくカメラを寄らないようにってことを四宮さんに共有してもらって。でも、試写が始まっていろんな人の感想を聞くようになると、『なんでもっとわかりやすくしておかなかったんだろう?』って思ったりもしたけどね。そうしとけば、人に観てもらうことにこんなにドキドキしないですんだのにって」

宇野「そこは作り手としてのせめぎ合いだよね。とにかく『人数の町』は監督1作目なのに、かなりハイレベルなところを目指してるのがわかった」

荒木「でも、いざ撮影に入ったら、コントロールの効かないことばかりなんだなって。今回思い知ったのは、撮影に入る前に撮影監督や役者とどれだけ話せたか、どれだけ有効なメモを渡せたかっていうのが、いかに大事かっていうことで。仮に今作よりも予算のある作品を撮らせてもらうことができたとしても、自分にとってそこは変わらないところだと思う。もし話が通じない役者さんといろんな事情で一緒に仕事をすることになったら、そこですべてが崩壊するんじゃないかって。そういう意味で、映画ってスタッフを含めたキャスティングがすべてとすら思うようになった」

モデル出身の立花恵理は本作で映画デビューを飾った [c]2020「人数の町」製作委員会
モデル出身の立花恵理は本作で映画デビューを飾った [c]2020「人数の町」製作委員会

宇野「まあ、そういうことは、日本の映画界で監督を続けている人にとっては全然ありえることだろうしね。本編じゃなくても、例えば『エンドロールで○○の曲をタイアップで使ってください』とか言われて、全然好きでもないアーティストのよくわからない新曲を押し付けられたりとかさ。友人だから言っちゃうけど、そんなの絶対に無理でしょ?」

荒木「『それだったら自分は映画を作らないほうがいい』っていう考え方でこれまで生きてきたからね。映画を生活の糧にすることで作品や自分がボロボロになるんだったら、撮らないほうがいいって。だからさ、誰かに『ずっと映画監督になりたかったんですよね?よかったですね、50歳で映画監督になれて』って言われても、『別に映画監督になりたかったわけじゃないんです。自分は撮りたい映画を撮りたかっただけなんです』って答えるしかない」

宇野「でも、今回の『人数の町』の仕上がりを観て、『この原作の映画化をお願いします』ってオファーが舞い込むことは大いにあると思うよ。君のキャリアだけを見れば、ずっとコマーシャルを作ってきて、受け仕事がなんたるかもよくわかってるはずの大人なわけだし」

荒木「いや、コマーシャルは受け仕事が前提だし、例えばテレビドラマも受け仕事で全然いいと思うんだけど…多分、自分にとって映画は宗教みたいなものなんだよね」

宇野「『きっと次も撮れるね』って言ったのは撤回しておく(笑)。でも、それは他に食い扶持を持ってる人間の強さだから、今後も最大限活かしたほうがいいとは思うよ」

プランナーとして長年CMを作り続けてきたキャリアを持つ [c]2020「人数の町」製作委員会
プランナーとして長年CMを作り続けてきたキャリアを持つ [c]2020「人数の町」製作委員会

荒木「受け仕事が悪いなんて全然思ってないし、そこから生まれるいい映画もたくさんあるのはわかってるけど、今回とても恵まれた環境で作品を作ることができて、この取材をやってるのは作品の公開前だから、まだそこまで想像できてないんだと思う」

宇野「でも、50歳まで周囲の言いなりになるんだったら別に映画は作らなくていいと思ってきた一方で、これまで一度も映画を撮りたいっていう強い気持ちが消えたことはなかったでしょ?」

荒木「うん。『ほかに大事なことがない』っていうのが本音です。だから、これまでは『大事じゃない人生を生きてきた』って感じ。あ、映画教の信者としてはだよ(笑)」

宇野「そっか。じゃあ、やっぱり撮り続けないとね。今回、恩師の蓮實重彦も推薦コメントを寄せているわけだけどーー」

荒木「蓮實先生とは、大学を出てからは一度もお会いしてなくて。僕は大学で先生の授業を受けていて、そのままいってたら卒論の担当教官は蓮實先生だったんだけど、休学してフランスに行って帰ってきたら、蓮實先生は大学で総長になられていて。そこで一度、作品を提出し損ねたような思いがあったの」

宇野「そんなタイミングだったよね」

荒木「だから、蓮實先生にどうしても『人数の町』を観ていただきたくて。でも、コロナのこともあって最近はなかなか試写にいらっしゃることもないみたいで、ご自宅にDVDをお送りさせていただいて。しばらく連絡がこなくて、『そりゃ、そんな簡単に観てくれないよな』って思っていたら、ある日、ぶわーっと作品の感想を書かれたメールが届いて、そこに『新人と言っていいんですよね? 驚くほど、いや呆れるほど堂々と撮れている』とか書いてあるわけ。もう、こっちは気が動転するわけですよ。30年会ってなかった巨人みたいな方から急にメールをもらって。それで、すぐキノのプロデューサーに連絡、それでも気持ちが収まらず君にもLINEしてーー」

宇野「『コメント、死ぬ気でとりにいけ!』って(笑)」

荒木「いや、その前に『返事はちゃんと手紙で返せ』って言われて。それでこっちは『メールでこのまま返信しちゃいけないのかな?』ってすげえ悩んだんだよ。で、どうしようか悩んでたら、翌朝、携帯に知らない番号から電話がかかってきて。人ってそういう時、勘が働くじゃん。日曜の朝だったんだけど、妻や子どもがいる前で、思わず直立不動になって電話をとって(笑)、そこから自分の部屋に閉じこもって、とにかく『なるべく長く話そう』と。そこでいろんな話をさせていただいたんだけど、『正直、君の顔をはっきりと覚えていないのだが』って衝撃発言もありつつ(笑)」

宇野「(爆笑)」

荒木「『ほぼ同期で、学生時代に一緒に映画を作っていた豊島(圭介)くんや堀(禎一)くんと混同されてるのかもしれません』みたいな話もして」

宇野「当時自分も撮影の手伝いとかしてたけど、これで、そこで一緒にやってた3人が3人とも映画監督になったわけだから、びっくりしちゃうよね」

荒木「そうだよね。それで、蓮實先生にコメントをお願いして快諾していただいたんだけど、最初の1行に『ヒロイン石橋静河の登場まで時間がかかりすぎる脚本上の欠陥にも拘らず』って書いてあって(笑)」

妹を捜すため町に来た紅子役、石橋静河が演じている [c]2020「人数の町」製作委員会
妹を捜すため町に来た紅子役、石橋静河が演じている [c]2020「人数の町」製作委員会

宇野「俺も最初に同じこと言ったじゃん!」

荒木「そうなんだよ。いや、石橋静河さんの最初の登場シーンは、編集で一番何度もいじったところで。彼女が早い段階で画面に出てきちゃうと、あの“町”のぬるい感じが全然出ないの。序盤で作品の緊張感が高まっちゃうから。そこまではあの“町”のぬるさをお客さんに楽しんでいただいて、始まってから36分で登場するっていう。それは、30分でもダメだし、40分でもダメだし、自分としては数えきれないほど試行錯誤して出した結論なんだけど、どうして蓮實先生も君もそのことをまず言うのかって、頭抱えちゃうんだけど。でも、ちょっと考えたらその理由は明らかで、『石橋静河のファンだから』じゃないかな(笑)」

宇野「(笑)。あと、中学生の頃から君の家に入り浸ってご迷惑をおかけしていた立場として、お父さんの荒木伸吾(『あしたのジョー』『デビルマン』『バビル2世』『ベルサイユのばら』『聖闘士星矢』などの作画で世界的に知られているアニメーター)さんのことについてもちょっと触れていい?自分の知る範囲では、作品への直接的な影響は受けていないと思うんだけど」

主人公の蒼山を演じた中村倫也 [c]2020「人数の町」製作委員会
主人公の蒼山を演じた中村倫也 [c]2020「人数の町」製作委員会

荒木「試写で『中村倫也が魅力的に撮れている』とか言われると、父は美形キャラの人だったんで、僕もどこかでそれを継いでいるところがあればいいな、みたいなことは思うけど。父が死んだ時に手塚るみ子さんが声をかけてくれて、『被害者の会』っていう、要は偉大な親を持つ二世の集まりに参加してみたのよ。手塚治虫さんとかちばてつやさんとか藤子不二雄さんとかのご子息って、なかなか同じような想いを共有できる人がいないので、その場で色々分かち合ったりしてるんだけど。皆さんの話はとてもおもしろいし、大変そうだとも思うんだけど、父は原作者ではなくアニメーターだったから、著作権管理の大変さとかはないし、『お前もアニメーションやらないか』って言われたこともないし、そこに引きずり込まれなかったことにはすごく感謝してる。でも、やっぱり初めての監督作を観てもらいたかったな、って想いは強いよ。きっと観てくれたら、『なんの話だこれは?』とは思っただろうけど、なにかしら感じてくれたとは思うんで。やっぱりね、自分の作ったコマーシャルをいくら見てくれていても、そういう充実感はなかったんで」

宇野「監督デビューが遅かったことで唯一心残りがあるとしたら、そこかもしれないね。自分が『人数の町』を観て感心したのは、ここには君の思想はちゃんと入ってるけど、君のテイストみたいなものが全然入ってないことで。君がこれまでどんなものを好きなのかは大体知ってるけど、君が好きなものがなにも映っていないところがとても潔いし、2010年代以降の世界標準の映画だなって思った」

荒木「そこに関しては、君からの影響もある」

宇野「そうなの?」

中学時代からの大親友、荒木監督と宇野維正 撮影/河内 彩
中学時代からの大親友、荒木監督と宇野維正 撮影/河内 彩

荒木「だって、中学の頃から一緒にいて、レオス・カラックスとかビースティ・ボーイズとかストーン・ローゼズとかが登場した時には一緒に夢中になって追っかけて。人って、若い頃に強烈に好きなものができたら、それを愛でながら生きていったりするじゃん。でも、君は音楽や映画を仕事にする前も、仕事にしてからも、過去に好きだったものをどんどん捨てて、いつもバカみたいに新しいものだけを追いかけ続けてるじゃない?」

宇野「別に捨ててないよ(笑)。新しくて最高のものが目の前にあるのに、古いものについてわざわざ書いたり語ったりしたくないってだけで」

荒木「でも、『フランク・オーシャンやソランジュを聴かないとか、マジでいまの時代に生きてる意味ないでしょ』みたいな勢いでいつも夢中になって話してて、こっちはちょっと頭にきながらも、影響されて作品を繰り返し聴いてるうちに、気がつけば自分にとっても人生のベスト・レコードの1枚みたいなことになってて。そういうことの積み重ねから、好きなものに囲まれて心地よく生活するんじゃなくて、新しいものと出会っていこうと思ったし、いまこの世界で起こってることに自分なりに真剣に向き合った、『人数の町』のような作品を作ることができたっていうのはあるよ」

取材・文/宇野維正

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