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「時間・体力・鋼のハート」なしで、数字を出せる、イマドキ営業組織の作り方

  • 2020.8.28
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「営業は時間・体力・鋼のハートを持つ人にしかできない」。そんな男性職場の暗黙知を、営業女子たちはどう打ち破ったのか──。女性チームによる社内改革を追う連載、最終回は食品容器メーカー「東罐興業」の事例をご紹介。営業女子5人が成しとげた働き方改革とは?

「時間・体力・鋼のハート」が必要な仕事

食品容器の製造販売を手がける東罐興業。1943年設立と長い歴史を持つメーカーとあって男性社会の側面が強く、営業職で女性の採用が始まったのは1989年から。営業本部で専任課長を務める落合治美さんは、その第1期生で、同期の中では唯一の現役営業女子だ。

社内改革を進めた東罐興業の皆さん。
社内改革を進めた東罐興業の皆さん。(撮影=やどかりみさお)

「同期は皆結婚退職して、今は私が最年長です。私たちの後に入社した女性も結婚や出産を機に辞めることが多く、いちばん歳が近い後輩でも一回り以上下。これは、当時は結婚したら家庭に入るのが当然という感覚の女性も多かったからだと思います」

その後、産休・育休制度が整えられたものの、今も女性営業の比率は全従業員の約0.8%。制度はあっても、男性だけでなく女性の中にも「営業と育児の両立は難しい」という固定観念のようなものがあり、実際に営業職に復帰する人は極めて少ないのだという。

営業本部の吉永摩耶さんは「当社では、営業職は時間・体力・鋼のハートを持つ人しかできないと言われてきた」と語る。営業業務は顧客対応から生産工場との調整まで多岐にわたり、何かトラブルがあればすぐ現地に駆けつけるのが基本。双方の要望がぶつかってしまい、板挟みになることもしばしばだ。また、営業職の担当範囲が広い分、業務が属人化してしまう傾向も強かった。

営業を支える新職種「パサー」とは

こうした点を改善すればもっと働きやすくなるのでは、と考えた営業女子たち。吉永さんや落合さんを含む営業女子5人でチームを組み、どうすれば改善できるのかを探り始めた。

最初に業務の棚おろしを行ったところ、営業業務のうちおよそ80%が工場とのやりとりなどの社内調整に割かれていることが判明。本来の業務である顧客提案は16%に過ぎず、ここが時間や体力配分の大きなネックになっていることがわかった。

そこで考え出したのが「PASSER(パサー)」という新職種だ。これは、従来は営業が担当していた社内業務を代行するもの。同社には営業事務という職種はあるが、こちらは出荷処理や経理作業がメイン。技術部門や生産部門とのやりとりには交渉能力や商品知識も必要になってくるため、新たな職種をつくって営業経験者を配置できないかと考えたのだ。

チームメンバーでパサーの名づけ親でもある営業本部の沢城美香さんは「社内に新風を吹き込むため、あえて耳慣れない名前をつけた」と言う。営業業務の司令塔になってほしいという思いを込めて、試合の流れをコントロールする中心選手を指すサッカー用語からとった。

営業活動に使える時間が1.5倍に

実証実験では、メンバーのうち2人がパサー、3人がそのまま営業として活動。約1カ月間の実験の中で、パサーに業務を代行してもらった営業担当者は外出できる時間が1.5倍になり、顧客対応に集中できるようになったという。

具体的な成果としては、新規3件、年間1000万円の受注が得られたほか、新製品の初受注にも成功。パサーが営業をバックアップすることで対応もスピーディーになり、この点も顧客から高く評価された。

また、パサーが部署の垣根を越えて活動することで、営業同士の間に横のつながりも生まれた。同社では、同じ営業職でも部が違えば扱う商品も顧客の業界も異なる。そのため、以前はあまり交流の機会がなかったそうだが、パサーが架け橋になることで他部署の営業手法を学ぶことができ、効率アップにつながったという。

実験でパサー役を務めた沢城さんは、「パサーがいれば営業職の人は大いに助かる」と強く実感したそう。自身も営業職の一人として、限られた時間で多くの社内業務をこなさなければならないことに、いつも焦りを感じていたという。

パサーは業務の効率化だけでなく、営業職の心のゆとりにも大きく貢献できる──。この“ゆとり”は、女性はもちろん男性にとっても、長く働き続ける上で欠かせないものだろう。

会社は勤務制度の改定を決定した

この実証実験の結果は経営会議で提言され、最終的には勤務制度の改定が決定。ここまでの成果を出せたのも、彼女たちが初めから「会社を動かす」ことを念頭に置いていたからだ。実証実験の中身を決めるにあたっては、まず経営企画室に会社の方針や課題を聞き取った。これも、実現可能な改革案を出すためのテクニックの一つだ。

「会社の方針を聞くと、現場は人手が足りなくていっぱいいっぱいだけれど、経営側はコストや人材を削減したいと考えていることがわかりました。この違いを乗り越えるには、人員を増やさずに効率を上げるしかない。ここから、営業職にパサーに回ってもらう案が生まれました」(吉永さん)

もうひとつ、彼女たちがパサーの新設と並行して進めた改革がある。社内コミュニケーションを活性化させるための「スターポイント制度」だ。これは、社内イントラで感謝のメッセージやポイントを送り合うもの。

普段は表現しにくい感謝の気持ちを伝え合うことで、互いに仕事への意欲を高め、協力体制を強めようという思いから生まれた。これは営業担当者と生産部門(工場)との信頼関係構築にもつながり、実証実験でも好評の声が多く寄せられたという。

結果、スターポイント制度は年に一度の恒例イベントとして行われることが決定。営業女子たちの改革案は2つとも、全社的な展開が決まった。この4月からは業務改善グループも立ち上がり、さらなる改善に向けて議論が進められている。

営業本部長の小嶋司さんは「理想をかなえようというチームメンバーの熱意が実現につながった。若手を中心に改善に向けた声が上がるようになり、年配者も追いつこうと努力を始めている」と語る。

もう不満には目をつぶらない

今後の目標は「改善を日常に」。働き方に不満があっても、それらは時間・体力・精神力を注げば何とかこなせてしまう。しかし、そうやって我慢を続けていては、不満はいつまでたってもなくならないままだ。

「今回の改革で自信ができた。これからは小さな不満に目をつぶらず日常的に改善業務に取り組んでいきたい」と吉永さん。他のメンバーも「変えたいことがあれば上層部に伝えられる、変えられるとわかった」「他の女性社員にも行動すれば変わると知ってほしい」と、前向きな思いを口にする。

実証実験後に起きたコロナショックは、営業職の働き方にも大きな変化をもたらした。顧客のもとや遠方の工場へは出向きにくくなり、対面できない分、より密なコミュニケーションが求められるようになっている。パサーやスターポイント制度は、この点でも効果を発揮しそうだ。

時間・体力・鋼のハートを「持たなくても」働き続けられる環境へ。彼女たちが成しとげた改革は、後に続く営業女子たちにとっても大きな意義を持つ。いずれ、女性営業比率0.8%からの脱却にもつながっていくのではないだろうか。

文=辻村洋子

辻村 洋子

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