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ザ・ノース・フェイスとパタゴニアの創始者の意外な関係とは? ワーク・ミリタリー・アウトドアにまつわる18のトリビア

  • 2020.8.26
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エル・エル・ビーンはコンビニより先に365日24時間営業をスタートさせた
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メイン州にあるエル・エル・ビーン本店は1951年から365日24時間営業。コンビニがそうなったのが71年だからすごい。以来、お店の入り口には鍵がないとか。

ザ・ノース・フェイスとパタゴニアの創始者は、もともと登山仲間だった

米国アウトドアの2大巨頭、ザ・ノース・フェイスとパタゴニア。一見、ライバルで仲悪そう!?に思えるけど、じつはそれぞれの創始者、ダグとイヴォンは大の親友。パタゴニアの山にも二人で挑戦したんだそう。

チノパンの“チノ”は、スペイン語で「中国人」という意味の「chino」からきている
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第一次世界大戦中、チノパンの元となる生地は英国から中国に輸出されていたそう。それをフィリピン駐屯の米国兵が軍服用に買い付けたから、スペイン語で「中国人(中国の)」を意味する「チノ」と呼ぶようになったってわけ。

エルメスのバーキンは、ジェーン・バーキンがカゴに荷物を無造作に詰め込んでいたのを見たのがきっかけだった

偶然機内で、ジェーン・バーキンと隣になったエルメス社長が、ボロボロのカゴバッグに荷物を無造作に詰め込んでいるのを見て、鞄を贈らせてほしいと申し出たのがきっかけ。

ワークブランドのカーハートは、もともと家具店
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本気ワーカーからアメカジ、ストリートまで、高い人気を誇るワークウェアブランド。でもじつは創業者のハミルトン・カーハートが、1884年にミシガン州デトロイトで会社を設立した当初は、衣料ではなく家具や手袋の卸売り会社だったそうな。

MA-1 は本来リバーシブル。墜落したときに救助隊が見つけやすいようにオレンジ色を表にして着た
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人気のMA-1、本格派は内側がオレンジ色。それはパイロットが墜落した際、ひっくり返して着ることで遠くからでも発見されやすくするための救難信号。ちなみに「レスキューオレンジ」っていうとか。

船乗りの作業着だったボーダーカットソーを、女性にファッションとして広めたのはココ・シャネル
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ココ・シャネルはメンズ服をレディスに取り入れたマニッシュ先生。自らもセントジェームスを愛用し、ボーダーをいち早くコレクションに取り入れたとか。

イームズは第二次世界大戦で負傷した米海軍兵のために、ギプスを作っていた
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写真の「DSR」(通称シェルチェア)をはじめ、ミッドセンチュリー家具を代表するイームズ。じつは1942年米海軍からの依頼で、イームズ夫妻は骨折した負傷兵のための木製ギプスをデザイン。脚は脚でもこんな「脚」も手掛けてたとは驚き!

バンダナはメキシコの農家の人たちが首を守るために使ったのが起源
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16世紀、メキシコの農家は農作業時に衿なしシャツを着てて、首を害虫などから守るために巻いたのがバンダナの始まり。カウボーイはそれを真似したんだって。

世界初のデニムワークウェアはハワイで生まれた!?

米国は米国でもじつはハワイがお初って意外。1868年にドイツの商社がハワイ支社を設立してデニム生地を販売したところ、当時の日系移民が日本の藍染めを想起させるデニムを気に入りワークウェアを手作りしたとか。ジーンズが生まれる少し前の話。

カーキは、じつは2色ある
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カーキは「土埃」の意味。1848年に敵の目を眩ます保護色として軍服を染めたのが始まりで、本来は右が正解だけど、後に軍服に使われる保護色をすべてカーキと呼ぶようになったので、左もカーキ。う~ん。

ドクターマーチンは医療用靴から始まった
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創業者クラウス・マルテンスは元軍医。バイク事故やスキー事故を経験して後遺症を持つ自身でも履きやすい靴をってことでエアクッションソールを開発。

リーバイスのデニムは、もともとドイツ製だった!?
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1800年代後半に人工インディゴ染料がドイツで誕生することでデニムが完成し、米国にも輸出された。リーバイスも当初は独製デニムを使っていたのかも!?

迷彩が軍に支給された当初、将軍たちから大クレームがきたらしい
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1929年、イタリア軍で世界初の迷彩装備品となるテントが支給された。だが、将軍たちからの評判は散々だった。なぜなら、自軍の強さを示すため派手な色が好まれており、敵の目をごまかすなど栄誉ある軍隊のすることではないとされていたから。

日本で初めてジーンズをはいたのは白洲次郎だ

稀代の洒落者と名高い白洲次郎は、終戦後、吉田 茂の側近としてGHQと勇猛に渡り合った。1951年のサンフランシスコ講和会議へと向かう機内で、ジーンズをはいた彼の姿を収めた写真が、「ジーンズをはいた最初の日本人」とされているんだって。

エメコのネイビーチェアの独特の座面にはお尻モデルがいた
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44年米海軍の潜水艦用として生まれた椅子。お尻のような座面は当時人気のピンナップガール、ベティ・グレイブルの美尻を基にデザインされた。

デニムに用いる染料のインディゴは、そのにおいを嫌うことから蛇除けとして使われた

炭鉱労働者の作業着用に生まれたデニム。当時の炭鉱は、ガラガラヘビなど危険がいっぱい。ってことで爬虫類や昆虫が嫌うピレスロイドという成分を含む藍(インディゴ)を染料に採用して蛇除け代わりにしたとか。

ケイト・モスがハンターのレインブーツをフェスで履いたところ、売り上げが激増した
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ハンターといえば英国王室御用達のレインブーツ。じつはケイト・モスがハンターブームの火付け役で、グラストンベリーなどのフェスでハンターブーツを履く姿が大量に出回ったところ、売り上げが爆発的にアップしたとか。さすがケイト!

[LaLa Begin 2015 AUTUMNの記事を再構成]写真/西山航(静物) 文/間中美希子 増川千晴 ナカタユウジ スタイリング/鈴木 肇 ※掲載内容は発行時点の情報です。

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