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「普通のおばちゃん」が“やりたい”を貫く7年半――『お遍路ズッコケ一人旅』で描かれた40代女性の情熱

  • 2020.8.23
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40代の「おばちゃん」が、VIO脱毛を始める!? 歩くに魅了された7年半の記録『お遍路ズッコケ一人旅』の画像1
『お遍路ズッコケ一人旅 うっかりスペイン、七年半の記録』(青弓社)

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

『お遍路ズッコケ一人旅 うっかりスペイン、七年半の記録』(波環、青弓社)

【概要】

40歳まであまり運動もしてこなかった中年の著者が、東日本大震災で徒歩移動した経験をもとに、いざという時、自分と息子を守るために「足は速くも美しくもなくていいが、使えるようにはしておかなくてはならない」と決意。徒歩能力を強化しようと「四国お遍路」に挑戦。さらに、スペインからキリスト教聖地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラまで100km近く歩いた巡礼を振り返ったエッセイ。ひたすら歩くことに魅せられた、7年半の記録がつづられる。

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『お遍路ズッコケ一人旅 うっかりスペイン、七年半の記録』は、ほっこりした素朴なタイトルと表紙で気づかれにくいが、中年女性が自らの冒険心を躍らせた、爽快な一冊だ。普段は北海道で会社員として勤めながら一人息子を育てていた、自称「ごく普通のおばちゃん」が、「やってみたい」という衝動に従い、新たな世界を開いた7年半の記録が、生き生きとつづられている。お遍路に適した服装や装備、宿の実際など体験を元にした初心者に向けた役立つ読みどころも多くあるが、もし、お遍路やスペイン巡礼に興味がない人が読んだとしても、ゼロから新たな何かに向かって一歩踏み出したくなるような魅力に満ちている。

「お遍路(四国遍路)」とは、四国に点在する八十八の番号が付いた弘法大師ゆかりのお寺にお参りをすること。全長約1,100~1,400km(ルートによって異なる)に及ぶ行程を、著者は40代から50代初めにかけて9回に分けて徒歩で巡り切る。さらに、スペインに飛び、10日間でキリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの100km近くの巡礼を達成。もともと「走る、跳ぶ、スピードに対応する、私はどれもまったくだめ」と、運動が得意とはいえなかった中年女性にとっては、ハードルの高い挑戦のようにも思えるが、彼女にはどうしても祈願したい事柄があったわけではなく、信仰心があつかったわけでもない。純粋に「歩いて旅をする」という行為に、本人にも飼いならせないほどの情熱が生まれ、「誰にも頼まれたわけではないし、そこに意味なんて求めていなかったけれど、やらずにいられなくて、やってしまった」というように、ただただ、その熱に突き動かされているのだ。

著者も幾度か「取り付かれた」「狂気」と表現する通り、はたから見れば不可解な情熱が、著者をどんどん新たな世界に導いていく様子が鮮やかに描かれる。遍路を体験しなければ縁のなかった、後に友人となる人々との出会いや、地元のあたたかいもてなし。議論を吹っかけてくる不思議なおじさん。長距離移動で爪がはがれるほど酷使される足をケアするためにテーピングを覚え、股ずれを防ぐためにVIO脱毛を始め、体力をつけるためにスポーツジムに通い始める。

さらに著者は、日本ではほとんど紹介されていないスペインでの巡礼ルートを知るために、ガイド本の英訳を始める。スペインの公営巡礼宿では、男女相部屋でドイツの若者に挟まれて眠り、ガリシア語やスペイン語をほとんど話せないまま、道程の先々で自身の「おばさん力」を発揮して地元の同世代女性と仲良くなっていく――。

著者は歩くことへの情熱を「誰に強いられたものでもないし、お金にもならないし、誰かに認めてもらうためでもない。やらないという選択肢がなかっただけだ」とシンプルにつづるが、自らの好奇心の向く先を真っすぐ見つめ、試行錯誤を積み重ねながらやりたいことを実現する姿は、何歳であってもその人をパワフルに見せ、読む人をも元気づける。

仕事やお金になる見込みもない。時間や労力をかけても、失敗するかもしれないことをやりたいと思っても、実行するのは簡単ではない。仕事や家族などさまざまな事情で、思うように身動きが取れない時期もある。それでも「スキあらば、やりたいことはやってみよう」「整った道ではなくても、こっそり一人で歩いてみよう」と、本書は少しずつ、できる範囲で自身の衝動に従う楽しさを見せてくれる。「いつか」と思っていても、時間は有限で、中年を迎えれば体力も知力も無限に伸びるものではない。さまざまな挑戦を経てもなお「今しかやれてないことがやれているだろうか」と自問で結んでいる著者の姿は、読者の冒険心を少なからずたきつけるだろう。
(保田夏子)

保田夏子

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