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コロナで女性の不満爆発、フランス男性にも「見えない家事は見えない」のか

  • 2020.8.21
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新型コロナをきっかけに広がったテレワークで、多くの女性が在宅勤務と家事の両立に大きなストレスを感じている。こうした状況は、ジェンダー平等が進んでいるイメージのあるフランスでも同じようだ。フランス在住のジャーナリスト、プラド夏樹さんがリポートする。

©Emma/Massot éditions Emma『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より。ほとんどの女性が賃金労働と家事・育児を一手に負うことを苦痛に感じている。家事は終わることがなく、休まる時がなく、目に見えない労働だ
©Emma/Massot éditions Emma『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より。ほとんどの女性が賃金労働と家事・育児を一手に負うことを苦痛に感じている。家事は終わることがなく、休まる時がなく、目に見えない労働だ
家事負担に苦しむフランスの女性たち

私が暮らすフランスでは、コロナウイルス感染拡大防止のための厳しい外出禁止令が3月中旬から2カ月間続き、5月初めから徐々に解除された。5月13日にLes Echos紙で発表された調査によると、外出禁止期間にテレワークをしていた人の40%が、今後も継続することを望んでいたそうだ。

20歳から59歳の女性の8割以上が働いており、「女性が輝ける国」とイメージされがちなフランスだが、最近メディアでは、「新型コロナ、どうして女性は家事で苦しむのか」(20 Minutes 4月8日)、「新型コロナと外出禁止、どうして家庭で女性が犠牲になるのか?」(Huffingtonpost 5月10日)といった見出しが躍る。日本と同様、家庭内での男女の格差や家事分担の不均衡が問題視されているのだ。

しかし、フランスの「パートナー間の家事分担が不均衡であること」に対する女性たちの反応は、日本とは、少々ニュアンスが違う。日本の女性たちは「不満を感じている」までにとどまっている印象を受けるが、フランスの若い女性たちは「家庭内で男性が特権を濫用している」と、より政治的なレベルで問題をとらえているようだ。

「妻でも母でもない私」はどこに?

フランスの女性たちは、家事だけに苦しんでいるのだろうか? そうであれば、新型コロナ感染拡大以前も同じだったはずだ。

ル・モンド紙の5月11日版の中で、家族関係を研究している社会学者でパリ第五大学教授のフランソワ・ド・サングリー氏は、フランスでは1965年まで、女性が自分名義の銀行口座を持つことができなかったことや、夫の合意なしに仕事をすることができなかったことを指摘。「だからこそ、仕事を持つことは、女性の自由の象徴と考えられている。これまで、多くの女性にとって職場は、単に生活費を稼ぐ場所ではなく、『妻でも母でもない自分』を実感することができる場所という意味合いがあった。しかし、テレワークの拡大によって、彼女たちは『妻でも母でもない自分』を見失いつつあり、それが家事を通常以上に苦痛に感じる土壌になっているのではないか」と話している。

フランスで外出禁止令が始まってから7週間目に実施されたINED(フランス国立人口研究所)の調査結果「新型コロナ禍にテレワーク化がフランス人に与えた影響」を見てみよう。

仕事をしている人々のうち、在宅でテレワークをしている人は、管理職レベルだと男女ともに67%だ。しかし、その仕事環境は男女によって大きく違う。家に自分の仕事場(自室)を持っている人は、管理職レベルの男性だと47%である一方、女性は29%に留まる。また、管理職、自営業、工員といった全てのカテゴリーの家庭を見ると、40%から56%の子どもが自分の個室を持っているので、自分の個室を持たない割合が一番高いのは働く女性ということになる。彼女たちの多くは、管理職であっても、子どもの部屋や台所、食卓といった、プライバシーが希薄な場でテレワークをしているのが実情だ。

イギリスの女権運動期の作家ヴァージニア・ウルフ(1882‐1941)は、『自分一人の部屋』(1929年)という本の中で、「女性が小説を書こうと思ったら、お金と自分一人だけの部屋が必要である」と語っている。テレワークでも同様だ。約1世紀前のこの言葉は、コロナ禍のさなかに在宅勤務をしている多くの女性を頷かせるだろう。

©︎Emma/Massot éditions Emma作『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より。女性は計画を含めた家事全体の75%を担う。フェミニストはこれを「charge mentale」(精神的負荷)と呼ぶ
©︎Emma/Massot éditions Emma作『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より。女性は計画を含めた家事全体の75%を担う。フェミニストはこれを「charge mentale」(精神的負荷)と呼ぶ

彼女:お皿洗ってくれなかったの?
彼:「やっておいて」って言わなかったじゃないか!

家事の不均衡が、男女の構造的差別につながる

欧州連合の専門機関の一つである、欧州ジェンダー平等研究所EIGEの発表によると、フランスでは2019年、子持ちでカップル生活を営む人々のうち、1日に最低1時間の家事をしているのは、女性87.4%に対して、男性では25.5%だけだった。

自室を持たず、家事を一手に引き受けながら育児をし、オンライン授業を受ける子どもの宿題を手伝い、自分や夫の親への気遣いも忘れない。つまり絶えず家族をケアし、サービスする立場にあっては、女性のキャリアは伸びにくい。

これは単に「女性が不満を抱える」うんぬんという話ではなく、男女間の構造的な差別を深め、社会の発展を妨げかねない。実際、アメリカの日刊紙、ワシントンポストが運営する、女性を対象にしたメディアThe Lily電子版は、新型コロナによる外出禁止・自粛期間中、サイエンス分野での女性研究者の論文発表が世界的に約50%減少したと報じている。

フランス版「名もなき家事」

フランスでは、多くの女性が労働市場に進出し始めた1980年代から、「仕事と家事・育児の組み合わせが、charge mentale(シャルジュ・マンタル)『精神的負荷』として女性の精神面に大きなダメージを与える」ことが社会学者の間で指摘され、研究対象となってきた。この言葉は近年、日常で使われる言葉として定着し、今年5月にはプティ・ラルース辞典に新語として掲載された。「特に女性が感じている、家事・育児の手回しに関する心理面での苦痛。身体的、そして精神的苦痛を伴う」と定義されている。

日本の、はっきりと名前はついていないが肉体的、精神的な負担となっている家事を指す、「名もなき家事」と通じるところがあるが、charge mentaleはあくまで「賃金労働をするかたわら、家事・育児のニーズを把握し、実行に先立つ計画を立てることから生じる苦痛」を指している。例えば、会議の合間にベビーシッターの手配をしたり、夕食の献立を決めて帰宅途中に買い物の段取りを考えることなどが該当する。

社会学者のモニック・エコーは「家事労働と賃金労働の管理」(1984年)という論文の中で、こうした賃金労働と家事段取り作業の同時進行は「静かな暴力」とまで言っている。2018年の、フランスのマーケティングリサーチ会社IPSOSの調査によると、フランスでは女性の10人中8人が、賃金労働と家事・育児の同時進行に苦痛を感じているそうだ。

「言ってくれればやったのに」

もちろん、21世紀の男性たちは「家事分担をすべきだ」ということを、知識としては知っている。しかし、私の30代から40代のフランス人の姪たちに話を聞くと

「うちの彼は洗濯機を回すところまではするけど、干すところまでしてくれないから、生乾きの嫌な臭いがついている」
「食事の後、『テーブルの上を片付けておいて』と言うと、そこまではしてくれるけれど、床に落ちている食べ物の始末はしてくれない」
「寝る前に、『食器洗い機から食器を出しておいて』と言うと、出すだけでしまっておいてはくれないので、翌朝私が全部やる羽目になる」

といった不満が噴出。男性たちは、言われたことはしてくれるが、それ以上のイニシアチブは取ってくれないというわけだ。

もちろん、彼らは「手伝うことがあれば言ってね」と至極感じは良い。しかし、パートナーに「あれやって」と言われるまでは動かない。「賃金労働をしながら家事段取りを考える」という、女性が負担感を持っている部分を軽減することはなく、ただ指示を待っている。

若い女性たちはこれに黙っていない。イラストレーターでエンジニアのEmmaは、2017年に『 Fallait demander』(言ってくれればやったのに)という漫画をネットで発信。大人気になり書籍にもなった。家事・育児に追われて料理を失敗、「私、全部できない!」と燃え尽きてしまう主人公に、パートナーが「言ってくれればやったのに!」とさらに批判がましい追い討ちをかける場面が有名だ。

©︎Emma/Massot éditions Emma作『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より
©︎Emma/Massot éditions Emma作『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より

「言ってくれれば手伝ったのに!」

『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)に影響を受けた、歴史教師でフェミニストのコリン・シャルパンチエ(33歳)は2018年、フランス版名もなき家事、charge mentaleをテーマとしたインスタグラムを始めた。第一子が生まれ、パートナーが地方転勤になり、自分は仕事を中断。引っ越し、育児、家事、全てを一手に抱えて、いったい何から始めればいいかわからず絶望していたとき、同じような状況にあるママ友たちと公園で話しながら思いついたという。このインスタグラムは大人気になり、今年1月には『charge mentaleからの自衛マニュアル』という書籍を出版した。

ついに家庭にも及ぶか、#MeToo運動

#MeToo運動が起きたのは2017年10月だが、フランスではこれが、今、セクハラやレイプだけでなく、あらゆる場における男女の格差をなくすための運動に発展しつつある。

そしてこの動きは家庭にも及びはじめている。フランスのマーケティングリサーチの会社、IFOPが2019年に発表した調査結果によると、家事を理由にした夫婦・パートナー間の口論は年々増えており(2005年42%、2009年46%、2019年48%)、特に若い人々の間で増加が目立つ。

家事分担の不均衡の背景には、男女間の賃金の不均衡の問題もある。4分の3のカップルで、男性の収入の方が女性よりも高いために女性自らが「彼の仕事の方が大切」と思ってしまい、無意識にその埋め合わせのために家事分担を引き受けてしまうことがあるからだ。男女の労働賃金を同等にし、女性労働者の比率が多いセクターの賃金を引き上げることも必要だろう。

また、第一子が生まれるまでは、パートナー間での家事分担はほぼ同等なのに、出産休暇中に女性は育児・家事を一人でやる習慣をつけてしまうというケースも多い。父親の育休を義務化し、スペインのように給与の100%分の給付金付きで8週間(2021年には16週間になる予定)に延長ということはできないだろうか? いくら経験がないといえども、一人で8週間家事・育児をすれば、コツはつかめるようになるだろう。

「男女同賃金を!」と書かれたポスター。パリ20区のトランスヴァール通り(写真=プラド夏樹)
「男女同賃金を!」と書かれたポスター。パリ20区のトランスヴァール通り(写真=プラド夏樹)

家庭内での家事分担にまで政治を介入させるのは抵抗があるという人もいるかもしれない。しかし、制度を変えることで、社会の意識を変えていくことは可能なはずだ。「家事は女の仕事」という構図は、私たちの世代で終わりにしたいものだ。

プラド 夏樹(ぷらど・なつき)
フランス在住ジャーナリスト
慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年以上。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAG、WAN、YAHOO!個人ブログなどに寄稿。労働、教育、宗教、性などに関する現地情報を歴史的・文化的背景を踏まえた視線から発信。著書に『フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか』(2018年、光文社新書)、共著に『日本のコロナ致死率は、なぜ欧米よりも圧倒的に低いのか?』(2020年、宝島社)。

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