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ミャンマーはピーナッツがとびきり旨い|世界のおつまみ③

  • 2020.8.16
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2020年9月号の第二特集は「夏のおつまみ」です。石田さんは世界中を旅しましたが、日本のような「おつまみ」を出す国は少なく、出てきてもピーナッツくらいだと言います。しかし、そのピーナッツがとびきりおいしかった国がありました――。

ミャンマーはピーナッツがとびきり旨い|世界のおつまみ③

■ピーナッツ拾いのおばあさん

「夏のおつまみ」というお題で、海外の話を書いてきたが、1話目に書いたとおり、海外でおつまみといってもあまりぴんと来ない。酒場はひたすら飲むところだ。
ただ、ピーナッツぐらいなら出しているところは多い。

ミャンマーのピーナッツがとびきり旨いことを知っている人はどれくらいいるだろう(ついでにいえばミャンマーはビールも最高)。
この国は、僕のような自転車旅行者にとって長らく未開の地だった。半世紀続いた軍事政権が鎖国に近い政策をとっていたからだ。陸路では入れなかった。
90年代に有吉弘行ともうひとりがアジア横断ヒッチハイクに挑んだ際、実は飛行機を使っていたと後でばれた事件があったが、あの場所がミャンマーなのだ。ヤラセだヤラセだ、と日本では騒ぎになったようだが、陸路でミャンマーに入れないことは旅人界では常識であり、そのことがばれない前提で番組がつくられたことは、いま思えば信じがたいぐらいお粗末だった。

そのミャンマーが2016年に民主化へ舵を切って、陸路の国境越えが可能になり、さらに2018年から期限付きで日本人はビザが不要になった。
ということで去年、世界一周時は行けなかったミャンマーへ自転車を持って訪れた。

最大の都市ヤンゴンを出ると、屋根も壁も干し草でできた民家が現れ、目を見開いた。田んぼでは牛に鋤を引かせている。まるで100年前にタイムスリップしたようだ。いかにも鎖国、かつ社会主義体制が長く続いた国の光景だった。と同時に、人もすれておらず、フレンドリーで不思議なぐらい親切だったのだ。

ヤンゴンから400kmほど北に行くと、荒野がとんでもないスケールで広がった。地平線に向かって大地は海のように青く染まっていく。青い地平線は丸みを帯びていた。地球のカーブを見ているようだった。
街路樹の木陰でのんびり休憩した。遠くに人影が見える。潮干狩りのように腰を落とし、何かを拾っていた。こんな荒地に何があるんだろう?
写真を撮ったり携行食を食べたり1時間ぐらいぼんやりしていた。遠くの人影がだんだん近づいてくる。お婆さんだ。
「ミンガラーバー(こんにちは)」と挨拶し、何を拾っているのか身振りで聞いてみた。お婆さんは駕籠の中を見せてくれた。ピーナッツだ。一面の荒地はピーナッツ畑だったらしい。収穫後の落ちたピーナッツを拾っていたようだ。
小粒のピーナッツだった。お婆さんは僕の手にいくつか置き、口に入れる真似をした。
「えっ、そのまま食べられるの?」
お婆さんは、そうだ、と頷いた。食べてみると、生っぽさとえぐみはかすかにあるものの、それらを凌ぐコクと甘味が口内に広がった。おいしい、と言うと、お婆さんは微笑み、駕籠の中のピーナッツを全部僕に渡してきた。僕は「ノーノー」と慌てて手を振った。だってずっと拾っていたじゃん。そんなのもらえないよ。
お婆さんは「いいから持ってけ持ってけ」と押しつけてくる。僕は「ノーノー」と手を振る。そんな堂々巡りを何度か続けた後、ようやく諦めてくれた。

ピーナッツ拾いのおばあさん
ピーナッツ拾いのおばあさん

お婆さんに別れを告げて自転車にまたがり、地面を蹴った。大地が静かに流れていく。
どうしてそこまで、と思った。たったいま会ったばかりの僕なんかに……。
徳を積むという上座部仏教の教えが底にあるのかもしれない。にしてもミャンマーの人は度外れに優しい。「なんでそこまで?」とポカンとすることはこれまでも数々あったのだ。

村が現れ、Y字路に出た。案内標識が立っていたが、ミャンマー語の文字しかない。地図上の文字と照らし合わせていると、遠くの茶屋から誰かが何か叫んでいるのが聞こえた。見ると、おじさんが手を振っている。どこに行きたいんだー?そう叫んでいるようだ。僕は地名を叫び返した。
おじさんは「こっちだー!」と大きな身振りで右側の道を指した。
「チェズティンパーテー(ありがとう)!」
叫んで頭を下げると、おじさんは茶目っ気たっぷりに兵隊のように挙手をし、人懐っこい笑みを満面に浮かべながら最敬礼した。ふいに体が痺れ、じわじわと熱くなった。
村が過ぎ去り、再び荒野が広がった。青い地平がゆっくり流れていく。宇宙から見た地球が頭に浮かんだ。体が浄化されていくような心地だった。
その夜、町に着き、食堂で生ビールを頼むと、小粒のピーナッツが出てきた。炒っているようだ。噛むと、ピーナッツバターのようなクリーミーなコクと甘味が広がっていった。

2週間後、帰国すると、その足で某編集部に土産のピーナッツを持っていった。編集者たちはそれを見てもたいして盛り上がらなかった。
帰宅後、編集者から「なんですか、あのピーナッツは!一瞬でなくなりました」という趣旨のメールが入っていた。

文・写真:石田ゆうすけ

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