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綺麗事ではないダイバーシティを、エンターテインメントとして描く/川村元気

  • 2020.8.8
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新作『映画ドラえもん のび太の新恐竜』の脚本を担当した川村元気氏と弊誌・島崎昭光との対談企画。作品に込めた思いや制作秘話から、後半の話題は現代的なテーマへ。理不尽な社会と多様性。そして作中の音楽についても語ってもらった。

40年前とは違う『のび太の新恐竜』

島崎 : 『のび太の新恐竜』では、40年前の『のび太の恐竜』に比べて現代的な要素も多く盛り込んでいらっしゃるとか…。

川村 : 『のび太の恐竜』では恐竜ハンターというのが出てきていて、モチーフは当時いたアフリカの密猟者でした。ただ、今はもうほとんどいない。やっぱり40年間でそういうものも無くなっていったし、そもそも悪人ってなんぞや? という時代になったので、正直ジャッジしかねるところもあり…。明確な善悪の対立構造っていうことに僕としてはピンときていないので、『のび太の新恐竜』においては悪者がいないんです。

島崎 : 確かに明確な悪者はでてこないですね。その分、テーマについて考えさせられることも増えてくる。

川村 : 理不尽な状況に対して、どういう風にこどもが決断するのか、どうやって乗り越えるのかみたいな点に目を向けた話にしているので、それは非常に現代的なんじゃないかと思っています。オトナもこどもも、日々生きているなかで理不尽な問題に苦しめられてばかりですからね…。

島崎 : オトナが敢えて「自分がこどもだったらどう向き合うのか?」という視点を持って作品を見るというのも面白いかもしれない。

川村 : 隕石が地球に衝突して恐竜に甚大な被害を与えたわけですが、恐竜にとっては、隕石の衝突というのは理不尽なものだったわけですよね。だからその理不尽さに対して、新たな生き方を新恐竜たちが見せてくれるわけですけど。そういう現代的なテーマをちゃんと描けたのではないかと思っています。

島崎 : 僕はこどもを連れて『のび太の新恐竜』を観に行くことになると思うんですけど、観終わったときの話し合いは、親としては結構大変だなと思いますね…(笑)君だったらどうする?的な話になると思います。そういう意味では良いテーマですよね。

「欠点に見えていたところが進化のきっかけだった」

©藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020

川村 : あと『のび太の新恐竜』では、新恐竜を双子にしているところがポイントなんです。いろんなこどもを見ていると兄弟でも性格が全然違うし、得意なことも苦手なことも違う。映画に出てくる双子の新恐竜はミューとキューっていうんですが、特にキューは体が小さくて、妹は飛べるのに自分だけ飛べないんです。ただ、それが故に違うところが発達するんです。だから何を持って健常と言うかってわからないなっていうのが、綺麗事ではなくて最近感じていることです。

島崎 : なるほど。あるひとつの側面を持って、その人を全否定するような風潮がありますよね、最近。その中で、「一見、能力的に差があるように見える双子」がどうなっていくのか、どう生き延びていくのかそのストーリーを追うことで大切な物が見えてくるかも知れない。

川村 : 僕の周りのクリエイティブをやっている人は、何かしら問題があるわけですよ(笑)自分も含め、ものすごく問題があるんです。

島崎 : 一般論として否定しません(笑)

川村 : でもその欠けた部分が個性とか才能につながっているという。そういうことも含めて、双子のコントラストで物語を描けたらと思ったんです。

島崎 : 確かに、後半の方で「欠点に見えていたところが進化のきっかけだった」っていう印象的なセリフがあると思うんですけど、まさに今回ひとつのメッセージとして書かれている「多様性」は、実は人類全体の生存戦略なんだ、というのを感じましたね。

川村 : 2019年に、『百花』という、認知症になった母親と、そのひとり息子との生活を綴った小説を書いたんですけど、そのときに人工知能の話も色々と取材をしまして。結局わかったのは、人工知能って認知症と真逆のことをしているというか、どんどん覚えさせているというか。ただ小説家のAIを作ろうとなり、ものすごく大量の小説を覚えさせたとしても、そのAI小説家に何かの作家性があるかというと無いわけで。ただ、そのAI小説家から「愛」という言葉を奪うと、急に作家性が出てくる気がしたんです。失われた愛の記憶を描くために、新しい表現が生まれるというか。

島崎 : 作家性もそうですし、それが個性と言えるものかもしれない。

川村 : ピカソやゴッホなどいろんな画家の絵をディープラーニングして作ったAI画家から赤い色の記憶を抜いたときに、その画家は赤を表現しようとしていろんなシェイプとかカラーを使ってその赤を表現しようとすると思うんですけど、それがまた作家性とか個性なんです。
だから、どちらかというと人間の個性や才能っていうのは、足していった先にあるのではなく、何かラックした(欠落した)ところにあるっていうのがリアルだと思います。アニメであろうが小説であろうが実写映画であろうが、そういう自分が見つけた気づきみたいなものを僕は物語にしていきたいなってずっと考えてるんです。

島崎 : なるほど。その本質が分かっていれば、欠陥とか欠落したものこそ、個性や才能の種として認め合って評価し合う空気もうまれるかもしれません。そもそも人種とか性別の多様性っていうのを否が応でも意識せざるを得ないのが現代だと思うんです。この映画の中で、そういう本質に気付くきっかけになればいいですね。でも、そもそもそうしたテーマを描こうと思ったというのは、川村さんの中で問題意識というか、きっかけになるようなことがあったのでしょうか?

川村 : 今まではそんなに詳しくなかったのですが、パラスポーツとかも観るようになったんです。実際観ると、「こんなにすごいの!?」っていう感動があるわけです。やっぱり人間というか、生物ってすごいなあって。想像を超える飛躍を遂げる瞬間があるんだろうなあって思ったわけです。そういう感覚自体を、ちゃんとエンターテインメントに落とすのが僕らの仕事だと感じました。
自分が仕事をしていると無限にそういうものに触れることができるので、全てがモチーフになりますよね。自分の描く物語の中で。
もっと言うと、最近は「ダイバーシティ=多様性」などと言われていますけど、じゃあダイバーシティってなんなの?と考えてみる。「多様性」というものがなんとなく「弱いものを大事にしよう」という風に勘違いされている気もする。何億年の恐竜史や生物史を見ていると、弱者であるとか変わっているとか突然変異種とかっていうものが、実は進化の第一歩であることがよくある。そういう種がいたからこそ、絶滅しないで済んだとかいうこともあるんです。そういう綺麗事ではないダイバーシティの必要性みたいなものを、エンターテインメントとして描けるんだなって気づけたのが、自分の中では大きいポイントでしたね。

島崎 : 本当にそう思います。僕個人的に、ブラインドサッカーを観に行ったり、応援したりしているんですけど、ドリブルとかめちゃくちゃすごいんですよ。多様性をひとつの個性として認められるかどうかは、僕たちが知らないだけという部分が大きいなあと思って。どうしても社会やシステムがそれを許容できるように、となると難しいんですけど、個人としてそれをどう受け止めるかというところから始めようとは日々思いますね。

映画主題歌を担当した、Mr.Childrenの“凄み”

島崎 : 話は変わりますが、今回の『のび太の新恐竜』では、音楽をMr.Childrenにお願いしていらっしゃいますよね。ミスチルらしい、壮大な世界を感じさせるようなものだなあと感じたのですが、起用された経緯を教えていただけますか?

川村 : 桜井さんが50歳っていうのは知ってまして(笑)ドラえもんと同い年の人に曲を書いてもらいたいなっていうのはありました。なんか、すごくないですか!? だって、50年間…というか50歳で現役第一線って。

島崎 : ドラえもんみたいですよね。

川村 : そうなんです。音楽シーンのど真ん中に50歳になってもいるということの凄みは、そういう人にしかわからないこともあるんだろうなって思いましたし、元々ミスチルは生物とか生命とか地球とか、多様性みたいなものを歌っていた方々でもあるので、テーマにぴったりだなあと思いました。タイトル、『Birthday』ですよ。すごいなあって。

島崎 : タイトルを付けたのは桜井和寿さんですか?

川村 : もちろんです。僕の書いた脚本に対して、『Birthday』っていうタイトルのアンサーがきて、驚きました。僕は「進化」という風に表現したけど、桜井さんは「生まれ直す」と表現するなんて。
物語と曲がパラレルワールドになる映画が一番幸せで、それは『君の名は。』の時にRADWIMPSと体験できたことだったけど、僕の「進化」という言葉に対して、「もう一回生まれ直すんだ、生まれ直したことが『Birthday』なんだ」って。すごいこと書くなあって、感動しましたね。

島崎 : 『Birthday』にはそんな逸話があったんですね。

川村 : 今回、映画のために2曲も書いてもらったんです。

島崎 : ダブル主題歌という形で…。それは使い方が変わるんですか?

川村 : もう一曲の『君と重ねたモノローグ』は劇中で流れるんですが、桜井さんのプライベートな側面が感じられる曲なんですよね。だから『君と重ねたモノローグ』はまさにそういうシーンに流れるんです。

作品に登場するキューは自分だけ飛べないという欠点があり、のび太もまた欠点だらけに見える弱い少年だ。しかし、他と違うことは決して悪いことではない。川村さんはむしろ、個性や才能は足していった先ではなく欠けたところにあると語る。そしてまた、多様性は綺麗事ではなく人類の進化への歩みであるとも。

『映画ドラえもん のび太の新恐竜』は、そんな川村さんの“人間賛歌”ともいえるだろう。こどもと一緒に感動を分かち合うのもよし、童心に帰った気分で純粋に楽しむもよし。オトナでも、琴線に触れるエモーショナルが本作にはある。

>【前編】を読む

【映画ドラえもん のび太の新恐竜】
全国東宝系にて公開中

写真:岡祐介

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