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話題の中国SF「三体」翻訳者・大森望が語る『TENET テネット』…SFで“時間”を描く意味とは?

  • 2020.7.31
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IMAX撮影を本格的に取り入れた『ダークナイト』(08)を筆頭に、革新的な映像で世界を魅了するクリストファー・ノーラン監督。一方で、彼の魅力は、“時間逆行”を描いた初期作『メメント』(01)、複雑に入り組んだ夢の世界が舞台の『インセプション』(10)、広大な宇宙で愛の物語が展開された『インターステラー』(14)のように、様々なSF要素を取り入れた巧みなストーリーテラーとしても表れている。そんなノーラン監督の最新作『TENET テネット』(9月18日公開)が控えており、想像力をかき立てる謎多き予告編が話題を集めている。

【写真を見る】『TENET テネット』など“時間”がテーマのSF作品を「三体」翻訳者の大森望氏が徹底解説!

【写真を見る】『TENET テネット』など“時間”がテーマのSF作品を「三体」翻訳者の大森望氏が徹底解説! [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
【写真を見る】『TENET テネット』など“時間”がテーマのSF作品を「三体」翻訳者の大森望氏が徹底解説! [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

「MOVIE WALKER PRESS」では「WHAT IS TENET?」をテーマに、識者たちが本作の展開を大胆予想!第1回の山崎貴監督、第2回の都市ボーイズに続く第3回は、SFを中心に書評家、翻訳家として活躍する大森望氏が企画に参加。近年はテッド・チャンの「息吹」、日本でも大ヒットした世界的ベストセラー「三体」「三体II:黒暗森林」の翻訳も手掛けている。SF作品に精通している大森氏に、『TENET テネット』の展開予想、SF作品で“時間”をテーマにすることの魅力、現代SFの潮流などについて語ってもらった。

SF作品に精通した大森望氏
SF作品に精通した大森望氏

「クリストファー・ノーランらしい、けれんみたっぷりの派手なアクションになりそう」

『TENET テネット』予告編のわずかな情報からわかっていることは、時間の“逆行”が物語の鍵になること、“死後の世界”や“第三次世界大戦”といった意味深な言葉が登場することなど。この映像を見た率直な感想を大森さんに聞くと、「クリストファー・ノーランらしい、けれんみたっぷりの派手なアクションになりそうですね。『インセプション』をもっとスペクタキュラーにした感じ。細かいネタがたくさん埋め込まれていそうなので、それがどう生かされていくのか楽しみです」と回答。続けて、わずかな情報からストーリー展開も分析してくれた。

「なんらかの形で時間を操作して歴史に介入する(不都合な歴史的事件を修正する)組織があり、そのエージェントにスカウトされたジョン・デヴィッド・ワシントン演じる主人公が、過酷なテストに合格し、世間的には死んだことにされる(“あの世”の人間になる)。組織に加わったあとは、世界についての秘密を教えられ、世界を救うというミッションが与えられる。時間の向きを逆転させる(過去から未来へ向かって生きる)力を使って、実行不可能なミッションが始まる。これだけだとさすがにシンプル過ぎるので、裏切りがあったり、裏の裏があったり、ワシントン(演じるキャラクター)が組織から追われて孤立無援になるところに意外な協力者が現れる…といった展開があるのではないでしょうか」

“時間の逆行”を駆使しながら困難なミッションに挑むエージェントの活躍を描く『TENET テネット』 [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
“時間の逆行”を駆使しながら困難なミッションに挑むエージェントの活躍を描く『TENET テネット』 [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

「私たちが普通だと思っている前提をひっくり返す」

小説や映画などジャンルを問わず、これまでに数多くの時間をテーマにした作品が作られてきた。そもそも時間を描くことで、どのような効果が得られるのだろうか?

「時間テーマは、宇宙テーマと並んで、SFではたいへん人気のあるサブジャンルです。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのように、なんらかの装置を利用して時を超えるパターンが一般的かと思いますが、ここ50年ぐらいでも、ありとあらゆる時間操作が実践されています」と語る大森さん。その歴史の長さ、パターンの多様さについてこう説明する。

「例えば、私が翻訳したバリントン・J・ベイリーの『時間衝突』では、未来から現在に向かって、同じ時間線を逆方向に進んでくるもう一つの地球が見つかり、このままでは正面衝突してしまうので、両者の間で殲滅戦争が始まります。イアン・ワトスンの短編『夕方、はやく』では、毎朝、歴史が先史時代にまで巻き戻り、ものすごい速度で文明が進んで、お昼ぐらいには産業革命が起き、朝は穴居人だった人が夕方には現代的な生活を楽しんでいる…みたいな世界の話。最近よく話題になる中国発のSF作品では、現代史が逆向きに進んでいくのと並行して、主人公の純愛を描く宝樹(バオシュー)による『金色昔日』のような変わり種もあります。こうした時間SFの最大の効果は、私たちが普通だと思っている前提をひっくり返すことでショックを与える、いわゆる”センス・オブ・ワンダー”を引き起こすことですね。宇宙SFに比べると、しんみりした情感を醸成しやすいという特徴もあります」

一方で、時間をテーマにした小説を映画化する際の難点についても言及。「宇宙ものは画としてわかりやすいスペクタクルを簡単に作ることができます。しかし、時間ものでは理屈が先に立つので、ぱっと見てわかるすごさを作りにくいというのが弱点ですね」

名もなき男の戦い… [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
名もなき男の戦い… [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

「『メッセージ』は外せません」

大森さんが翻訳を手掛けた「息吹」のテッド・チャンと言えば、彼の前作「あなたの人生の物語」が『メッセージ』(16)として、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によって映画化されている。SF小説が原作となった近年の映画から、とくに興味深かったものを尋ねると「時間SFなら、やはりドゥニ・ヴィルヌーヴの『メッセージ』は外せません。タイムマシンも時間旅行も出てきませんが、異星人の文字を研究することによって主人公の認識が変容し、“過去から未来に向かって進む”という時間の制約から解き放たれることになります」と説明。

SFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化した『メッセージ』 [c] 2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.
SFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化した『メッセージ』 [c] 2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.

このほかでは次のようなタイトルもピックアップしてくれた。「アンディ・ウィアーの『火星の人』をリドリー・スコットが映画化した『オデッセイ』(15)は、かなり原作に忠実に、うまく作られていたと思います。同じ火星ものでは、興行的には大失敗しましたが、エドガー・ライス・バローズの古典『火星のプリンセス』を映画化したアンドリュー・スタントン監督の『ジョン・カーター』(12)も好きです。なんであんなに評判が悪かったのか理解できません。あと、『TENET テネット』にわりとタイプが近いかもしれない作品としては、フィリップ・K・ディックの短編を原作とする『アジャストメント』(11)とか。ディック短編の映画化の例に漏れず、原作とは全然違う話になっていますが…」

マット・デイモンが火星でたった一人のサバイバルを繰り広げる主人公を演じる(『オデッセイ』) [c]2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
マット・デイモンが火星でたった一人のサバイバルを繰り広げる主人公を演じる(『オデッセイ』) [c]2016 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

「自分が思いついたアイデアを突き詰めて考え、読者を唸らせられるかが勝負」

先述の通り、書評家、翻訳家として様々なSF小説に触れてきた大森氏。特に「この想像力はすごい!」と唸った作家はだれなのだろうか?

「よくこんなことを考えるなと驚くのは、先ほども挙げた『時間衝突』のバリントン・J・ベイリーですね。本作以外にも、文字通り服が人間を支配する『カエアンの聖衣』とか、神を殺す銃を作る短編『ゴッド・ガン』とか、突拍子もないアイデアの作品をたくさん書いています。バカなことを思いつくだけなら簡単ですが、自分が思いついたアイデアをどこまで突き詰めて考え、読者を唸らせられるかが勝負で、ベイリーはその点がとても優れています。現代の作家でいえば、グレッグ・イーガン(「宇宙消失」「順列都市」など)やテッド・チャンが双璧でしょう」と力説。読者をあっと驚かせる想像力に加え、科学的な根拠に基づく分析が大事であることを教えてくれた。

「時代遅れだと思われていた題材が、現代SFで復活しつつある」

大森さんが翻訳に携わった「三体」は、中国本国でシリーズ合計2100万部、英訳版も100万部以上の売上を記録する世界的ベストセラー。本作を筆頭に、日本でも中国のSF作品への注目が集まっている。「劉慈欣(リュウ・ジキン)の『三体』三部作。とりわけ第三部の『死神永生』は、SFのなかでは、ワイドスクリーン・バロックと呼ばれる潮流に属しています。大量のアイデアを詰め込んだ絢爛豪華なストーリーを壮大なスケールで展開するタイプで、代表作が書かれたのは半世紀以上前。もう廃れたジャンルのように思われていましたが、『三体』の大ヒットで再び見直されています。異星人の侵略とか、宇宙艦隊とか、時代遅れだと思われていた題材が、現代SFで復活しつつある印象です」

世界中で大ヒットした「三体」
世界中で大ヒットした「三体」

「予算10億ドルくらいで、『三体』をノーランに映画化してほしい」

独創的な物語が展開されるノーラン作品。その作家性には、どのようなSF作家からの影響を受けているように感じられるか、聞いてみた。「ノーラン自身はフィリップ・K・ディックの作品を映画化していませんが、『インセプション』はディック作品、とくに『ユービック』の影響を感じますね。『プレステージ』(06)の原作は英国のSF作家クリストファー・プリーストの『奇術師』です。プリーストは文学寄りの作家ですが、現実と虚構を混淆させる手法はノーラン作品にも通じるかもしれません」

続けて、ノーランのストーリーテラーとしての魅力にも言及。「ノーランは非常にハッタリがうまいというイメージがあります。アイデアを画で見せる手腕も素晴らしいです。ただ、『インターステラー』ではスペクタルを優先するあまり、理屈が置いてきぼりになっているところもあり、個人的には不満が残りました。前提として、時間SFは理屈を通すのが難しいので、『TENET テネット』でそこがどう描かれるのかにも注目しています」とし、期待の大きさを言葉にする。

【写真を見る】『TENET テネット』など“時間”がテーマのSF作品を「三体」翻訳者の大森望氏が徹底解説! [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
【写真を見る】『TENET テネット』など“時間”がテーマのSF作品を「三体」翻訳者の大森望氏が徹底解説! [c]2020 Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.

最後に、今後ノーランに映画化してほしい作品を尋ねると、やはりあの話題作を推す答えが返ってきた。「『三体』三部作をぜひ映画化してほしいですね。基本はファースト・コンタクト(侵略)ものですが、ものすごくハッタリの利いた派手なスペクタクルが連続し、地球でも宇宙でも見せ場に事欠かないので、かなりノーラン向きじゃないかと思います。中国で一度、映画化が浮上したもののお蔵入りしてしまい、いまはアニメ化とドラマ化が進行中のようです。ノーランにはぜひ、10億ドルぐらいの予算でお願いしたいです」

世界中が新作を心待ちするクリストファー・ノーラン監督 写真:SPLASH/アフロ
世界中が新作を心待ちするクリストファー・ノーラン監督 写真:SPLASH/アフロ

取材・文/トライワークス

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