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ドイツのDV被害者が駆け込む「女性の家」システムから、いま日本が学べること

  • 2020.7.28
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新型コロナウイルス感染拡大を受け、国連や世界各地の政府機関、市民団体が、ドメスティックバイオレンス(DV)被害者支援強化の必要性を訴えている。ドイツ各地で、DV被害を受けた女性の支援拠点となっているFrauenhaus(フラウエンハウス)「女性の家」でも、国内のDV増加を懸念している。北ドイツに住むジャーナリストの田口理穂さんが、ドイツのDV被害者サポートの状況をリポートする。

ドイツ全土でDV周知のキャンペーン

私が利用しているスーパーでは、レシートの末尾に、政府が運営するDV被害者の相談窓口に関する情報が印刷されているほか、店内にはポスターも掲示されている。コロナ禍を受けて4月に全土で始まった、“Zuhause nicht sicher?”「家は安全ではない?」というキャンペーンの一環で、約2万6000のスーパーや1万9000の薬局が参加している。コロナによる外出自粛で、助けを求めることが難しくなった被害者女性に向けた取り組みだ。

国が運営する、DV被害者支援サイト。相談窓口に関する情報が網羅されている。“Zuhause nicht sicher?”「家は安全ではない?」キャンペーンのポスターもダウンロードできる。
国が運営する、DV被害者支援サイト。相談窓口に関する情報が網羅されている。“Zuhause nicht sicher?”「家は安全ではない?」キャンペーンのポスターもダウンロードできる。https://staerker-als-gewalt.de/gewalt-erkennen

ドイツ連邦刑事庁の2018年のデータによると、ドイツでは122人の女性が夫やパートナー、または元パートナーによって殺されており、欧州ではフランスと1、2位を争うほどの多さだ。同じデータによると、11万4000人が身体的または精神的暴力にさらされた。この数字は氷山の一角で、実際にはもっと多いだろう。

各地で被害者を支援する「女性の家」

ドイツで、DV被害を受けた女性たちの相談窓口となり、夫やパートナーから逃れるシェルターとなっているのが、「女性の家」だ。全国に約350カ所あり、キリスト教団体や労働福祉団体、市民有志団体などさまざまな組織が運営している。そして「女性の家コーディネート」という組織が、260の「女性の家」と230の相談所をつなぎ、ネットワークを形作っている。

各地の「女性の家」がどのような活動を行っているのかを知るために、北ドイツのハノーファー市から列車で30分ほどの町にある「女性の家」を取材した。

ここでは、DVに悩む女性からの電話・メール相談を24時間受け付けているほか、加害者から逃れる場合の一時的な避難場所(シェルター)も運営している。シェルターには身体的暴力だけでなく、暴言や侮辱、行動制限などの精神的暴力を受けた人も入居が可能だ。

交通手段がない場合は、職員が迎えに行くこともある。また、シェルターに逃げ込んだ女性が自宅に荷物を取りに戻るときは警察官が同行するなど、警察との連携も取られている。

シェルターには、職員が常駐する事務所、入居者用の居間や台所、子どもの遊び部屋、庭があり、バスルーム2部屋、冷蔵庫付きの個室が6部屋ある。子どもがいる人は親子が一部屋に入居でき、子どもがいない女性は2人で一部屋をシェアする。定員は大人8人、子どもを入れると12人だ。

ただし、現在は新型コロナ対策によりソーシャルディスタンスを取らなければならないため、共同生活が基本となっている。既存のシェルターに入居しているのは母子3組のみで、残りは家具付き住居に入居中だ。

滞在期間は、短い人は数日だが、平均は2、3カ月。一年滞在する人もいる。通常は、シェルターに滞在した後はアパートを見つけて、自立の道を探る。まれに夫のもとに帰る人もいる。年に30~40人の女性がやってくるという。

取材の際は、建物や職員の写真撮影は断られたほか、職員に対するインタビューも匿名が条件とされた。建物の場所が特定されたり、職員の顔や名前がわかったりすると、DVの加害者から危害を加えられる可能性があるからだ。シェルターに滞在する人は、友達にも住所を決して教えてはならず、「女性の家」の職員以外と会う場合には離れた場所で待ち合わせたりすることになっている。

自治体からの助成金で、安定した運営

ドイツのDVシェルターのほとんどは、市民団体や福祉団体が運営しており、州や市、郡から安定した助成金を受けている。寄付のほか、DVの加害者側(夫やパートナー)が裁判で負け、罰金を科された場合には、その罰金も「女性の家」の収入となる。

財政基盤がしっかりしているので、大学で専門教育を受けた人が職員となっている。私が取材した「女性の家」では、ソーシャルワーカーが5人、事務員が1人、掃除員が1人、用務員1人(男性)、社会教育学を専攻している女子学生が働いていた。

4年前からスタッフとして働くFさんは、2歳と4歳の母親。社会教育学を勉強し、これまでは孤児院で働くなど子どもや青少年と関わってきたが、女性や母子を支援したいと考えて「女性の家」に転職した。「2020年になっても、先進国でさえ男女差別は根強い。この活動を通じて社会を変えたいのです」と話す。

被害者の生活立て直しまで手厚く支援

「女性の家」に助けを求める被害者の中には、10代の女性もいる。Fさんは「これからの人生、再び他人を信頼して生きていけるのだろうかと心配に思いますが、みな立ち上がって前を向き、学校に戻ったり職業訓練を始めたりと、自分の道を歩んでいます。そもそも自宅を出ること自体が、勇気のいること。彼女たちからは、女性の強さを感じますし、尊敬します」と語っている。

「女性の家」では、DVの被害を受けている女性に一時的な避難場所を提供するだけでなく、加害者から離れて生活を立て直すためのサポートも行っている。ジョブセンター(職業安定所の一種で、生活保護などの手続きの窓口にもなっている)に付き添って、生活費や住居費の受給手続きを行ったり、アパートや職探しも支援する。また、ドイツでは、離婚するためには弁護士を立て、裁判所で財産分与や養育権について取り決めをする必要があるが、弁護士への相談にも同行してサポートする。こうした弁護士費用は、本人に収入がない場合は国から支給されるため、専業主婦でも安心だ。

助けを求められない女性を危惧

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ドイツでは3月半ばから商業施設や学校が閉鎖されるいわゆる都市封鎖(ロックダウン)が実施された。この措置は4月半ばから徐々に解除され、現在はディスコなどのように閉鎖された空間に人が集まる施設は引き続き閉鎖されているほか、大きな催しは禁止されているが、店舗や映画館、博物館、学校などは再開して日常が戻りつつある。

取材した「女性の家」では、ロックダウンにより助けを必要とする女性が増えるのではないかと、住居を複数確保して備えたが、それほど大きな増加はみられていないという。それがさらに職員の心配を大きくしている。被害を受けながらも「(加害者である)夫がずっと自宅にいるため、助けを求める隙がないのでは」と危惧しているのだ。

70年代に生まれた「女性の家」

「女性の家」は何十年にもわたる努力の成果だ。世界的には1960年代に女性運動が始まり、これまで表面に出てこなかった配偶者や恋人からの暴力が認識されるようになった。そしてイギリスのロンドンで1971年に女性たちの手で「女性の家」ができたのを皮切りに、スコットランドのエジンバラやオランダのアムステルダムにも次々と設立された。ドイツでは1976年にベルリンとケルンに「女性の家」ができた。

私の住む北ドイツのハノーファー市では、1976年に有志が「女性の家−女性が女性を支援」という団体を設立。市に対して6回に及ぶ申請を行い、長い交渉を経て助成金を獲得し、建物を借りて困っている女性の受け入れを始めた。

15人から25人のボランティアが中心となり「リーダーはおらずチームワークで運営する」「女性が安心して暮らせる場所とする」「みな対等で、情報は共有する」などの基本方針に則った活動を開始した。

有給のスタッフが支援を支える

その後、「女性の家」の活動を、資金や人手を提供することで支援するグループ「女性の家支援団体」ができ、協力者たちが増えていった。そしてこの団体の支えにより1979年、これまで賃借していた建物を買い取って改築することで拠点をさらに整備した。当時、設立に関わったDさんは「女性が逃げ込んで来る場所としてだけなく、女性たちが自立して人生を歩んでいけるよう支援する場所だった。今でもその方針で運営している」と話す。

当初はみなボランティアで活動していたが、「ソーシャルワーク(社会福祉活動)は社会全体で支えるものであり、質の高い活動を長期的に維持するためには、スタッフも有給であるべき」との意識が高まった。そして、政党に対し、女性の家の運営を支えるための助成金を新設することを求めるなどの働きかけを行い、1984年にようやく実現した。

当時は、女性の家の(人件費を含めた)運営費の半分程度を助成金でまかない、残りは寄付などで運営していたが、現在は大半が助成金だ。支援の必要性を知ってもらうための広報活動にも力を入れ、他都市の女性の家との交流も活発に行っている。

国際化する「女性の家」

最近では難民や移民の被害者女性も増え、「女性の家」も国際化してきた。取材した「女性の家」でも、トルコ語やロシア語などさまざまな言語でホームページを用意し、移民の背景を持つスタッフがいるなど多言語でサポートをしている。ドイツ政府が運営するDVのホットラインでは、17カ国語でメールやチャット、電話の相談を受け付けている。

ハノーファーの「女性の家」のホームページ。13カ国語に対応している。
ハノーファーの「女性の家」のホームページ。13カ国語に対応している。 http://www.frauenhaus-hannover.org/other-languages/english.html

ドイツでは、11万人以上がDVの被害を受けているとされているが、全土の「女性の家」の受け入れ可能数は合計6400人分しかない。まだまだ足りておらず、課題は多い。

日本でも、年間11万件以上のDV相談があるというが、被害者の支援体制は十分とはいえないようだ。民間団体が運営するシェルターの数は少ないうえ、財政的に厳しいところが多く、政府が財政支援を強化し始めたのはここ1、2年のことだという。政府や自治体が財政的にも民間団体を支え、一体となってDV被害者支援に取り組むドイツとは対照的だ。

根本解決には、女性が尊重させる社会の実現が必要だが、まずは被害者がすぐに助けを求められるよう、相談窓口やDVシェルターを整備することが必要なのではないだろうか。

田口 理穂(たぐち・りほ)
在独ジャーナリスト、法廷独日通訳
日本で新聞記者を経て、1996年よりドイツ在住。ドイツの政治経済、環境、教育についてさまざまな媒体で執筆。 著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』『市民がつくった電力会社 ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』、共著に『『お手本の国』のウソ』など。

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