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厳格なロックダウンが行われたIT大国インドで、働く女性に何が起こったか

  • 2020.7.3
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インドでも、新型コロナウイルス感染拡大を防止するために、国全体で大規模なロックダウンが実施されました。困ったのは、ミドルクラスの働く既婚女性たちです。それまで家事を担っていたメイドが家に来られなくなったため、慣れない家事と在宅勤務の両立ができず、仕事を辞める人も出てきました。南インドのベンガルールに住むライターのさいとうかずみさんがリポートします。

3月末に始まった、国全体のロックダウン

3月25日に始まったインドのロックダウンは、5月までは厳しく外出禁止が求められていたが、6月に入ると、州の政府が独自の緩和策を取り始めた。現在は、6月末までのロックダウンを継続しつつ、感染者の出ていない地域ではロックダウンの緩和が始まっている。緩和は段階的に進められ、7月にはモールやレストランなどの商業施設の再開、学校の再開などが予定されている。

入場制限のあるベンガルール市内のスーパーで、ソーシャルディスタンスを保ちながら並ぶ人々
入場制限のあるベンガルール市内のスーパーで、ソーシャルディスタンスを保ちながら並ぶ人々(写真提供=さいとうかずみ、以下同じ)

インドで初めて新型コロナウイルス感染者が報告されたのは1月の終わりだ。中国から帰国した学生が、南インドのケララ州で発症したというニュースは国民を震撼させた。しかし、そこから400キロ以上離れた、筆者が住むベンガルールでは、2月に入ってからもマスクをした人を見ることはなく、飲食店や商業施設も通常通り営業していた。

3月に入って市内の学校が休校になると、人々の生活にも影響が出始めた。筆者も、休校中の子どものためにアマゾンで玩具などを注文したが、政府に「生活必需品ではない」と判断されキャンセルされた。続いてロックダウンが宣言されると、町は封鎖され、警察が検問に立つようになった。不要不急の外出が許されない生活が始まったのだ。

家事に追われるインド女性の1日

インドで働く既婚女性の状況を知ってもらうために、ベンガルールに住む30代の女性ディピカさん(仮名)の例を紹介したい。インドでは、まだ保守的な家庭が多いため、実名では取材を受けてもらうことができず、仮名を条件に話を聞かせてもらった。

ディピカさんは、夫の転職先であるベンガルールに、約1年前に引っ越してきた。サラリーマンの夫、私立学校に通う9歳の息子、プレスクールに通う4歳の娘、夫の両親、犬1匹と暮らしている。インドの典型的なミドルクラス家庭だ。長く教員をしており、ベンガルールの私立小学校でも社会と理科を教えていた。

以前は月曜から金曜まで、朝7時に家を出て、子どもたちと同じスクールバスで通勤していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で勤め先は休校になり、リモートワークをすることになった。

それからディピカさんの生活は大きく変わり、1日中家事に追われる日々が始まった。

朝起きるとすぐにキッチンでお茶を沸かす。かつてはジョギングをしていたが、その時間はない。朝の散歩から戻った義理の両親にチャイを出すと、ダール(豆)を圧力鍋で一気に煮る。北インド出身の彼女は、朝は郷土のダールスープを食べ、南インド出身の夫とその両親には、発酵させた生地を薄く焼いたマサラドーサを作る。長男は、休校になってからは朝ゆっくりできるため、「パンケーキが食べたい」など注文が多くなった。4歳の長女は、キッチンで働く彼女のパンジャビブラウスの裾をつかんで離れない。

新聞を読んでいる夫に「犬の散歩の時間よ」と声をかけるが、「犬の散歩は君の仕事だろう」と意に介さないので、仕方なく犬を連れ出す。家族6人分の食事の用意と後片付け、洗濯や掃除。座る暇もなく立ち働く間も、勤め先の小学校の児童が提出してくる宿題が気になる。特にリサーチや実験の宿題は、短時間で読み終えることが難しい。家族が寝静まったあとに仕事をしようと思うものの、慣れない家事で疲れがたまり、長女を寝かしつけながら自分も眠ってしまう日々だ。

コロナ休校とリモートワークは、インドだけでなく世界各地の多くの女性に、大きな負担を課すことになった。日本でも、子どもの面倒をみながら家事をし、さらに在宅で仕事をこなすことを余儀なくされ、悲鳴を上げた女性は多いが、インドの働く女性にはまた違った負担がのしかかった。これまでインドのミドルクラス以上の家庭で家事を担っていたメイドが、ロックダウンで働けなくなったからだ。

家事を担うメイドがいなくなった

インドの家庭で働くメイドの数は5000万人とも言われている。彼女たちは家事全般をこなし、子守りや老人の介護もする。ディピカさんの家でも、コロナ以前は2人のメイドを雇っていた。早朝にやってきて、前日の皿洗いや食事の支度、掃除、洗濯、老夫婦や子どもの世話、買い物、アイロン……と何でもやってくれた。これまでディピカさんは、メイドたちのお蔭で仕事に集中できていたのだ。

ベンガルールに住むアッパーミドルクラスの家庭をいくつか掛け持ちで働いている、メイドのヤショダさん
ベンガルールに住むアッパーミドルクラスの家庭をいくつか掛け持ちで働いている、メイドのヤショダさん

しかもインドの家庭には、掃除機や乾燥機、食洗機などの便利な家電がない。メイドは毎日、砂ぼこりがたまる床をホウキで掃き、棚のほこりを払い、モップをかける。インドの家は広く、掃除ひとつ取っても重労働だ。手間と時間がかかるインド料理を効率的に作るのにも経験がいる。その上、家族の誰もがメイドに頼る生活に慣れており、部屋を汚しても片付けない。ディピカさんの夫のように、保守的なインドの男性の多くは、「食いぶちを稼ぐのは男の仕事」と自負しており家事はまったく手伝わない。

しかし、コロナによるロックダウンで、メイドは勤め先の家庭に行けなくなった。約300世帯の住人がいる筆者の住むマンションでも、住人が情報交換をするグループサイトは、「料理をする人がいない」「高齢者を世話する人がいない」「家事が増えて(在宅で)仕事をする時間がない」など、メイドの必要性を訴える声があふれた。

このため、働くミドルクラスの既婚女性は、突然慣れない家事を一気に抱え込むことになった。ディピカさんのように、突然リモートワークになり、家事との両立がうまくいかず悲鳴を上げる女性の事例が、現地の新聞などでもたくさん取り上げられている。残念ながらディピカさんも、結局リモートワーク中に仕事を辞める決断をした。

これまで働く女性を支えてきたメイドの存在が、インドのミドルクラス家庭の家事労働を旧態依然のままに留めてしまっていた。家事家電の普及を阻み、男女の家事労働の偏りも全く改善されずに来てしまったのだ。経済協力開発機構(OECD)によると、インドの女性は1日平均約6時間の家事などの無償労働をしている一方、男性は約52分。ちなみに日本では女性が約5時間に対し、男性が約62分だ。

リモートワークに否定的だったインド企業

多くの優秀なIT技術者を輩出し、IT先進国というイメージが強いインドだが、実はコロナ以前はほとんどリモートワークが進んでいなかった。都市部を除けば、インターネットの回線整備は不十分で、通信は不安定。そして大多数の企業は、リモートワークにはネガティブなイメージを持っており、従業員がサボるのではないかと考えて積極的な導入には踏み切れていなかった。例えば、インドの大手IT企業インフォシス(Infosys)ですら、コロナ以前はリモートワークが可能な従業員は、全体の15%までと考えていた。

しかしロックダウン中は、医療関係や行政関係の業務など、国が認めた職業活動以外の勤務は禁止されたため、相当数の企業がリモートワークをせざるを得なかった。そして多くの企業、特にIT関連企業が、リモートワークの成果を高く評価しており、新たなワークスタイルへの期待を明らかにしている。インフォシスの元CEO、モハンダス・パイ氏も、地元の経済紙フィナンシャル・エクスプレスのインタビューで、将来にはIT産業における仕事の9割がリモートワークに移行できるだろうと述べている。

メイドなしでは回らないミドルクラスの働く女性

インド政府はロックダウンを継続しているが、ベンガルールのあるカルナタカ州は、5月中旬からロックダウンを緩和し始めている。感染者が出ていない地域では、バスや鉄道、理容室などの営業の再開を認め、タクシーなどの個人サービスもソーシャルディスタンスを保って営業して良いことになった。

今回の経験で、リモートワークに否定的だったインドの企業でも、在宅勤務の導入が進みそうだ。ロックダウンが緩和されれば、ミドルクラス家庭にもメイドが戻り、リモートワークの恩恵を受けられる女性も出てくるだろう。

しかし、女性に大きく偏り、手作業に頼る家事労働は、なかなか変わりそうにない。もし今後、新型コロナウイルス感染拡大の2波、3波で再び大規模なロックダウンになってメイドが不在になった場合、また同じことが繰り返されないか、心配は残っている。

写真提供=さいとうかずみ

さいとう かずみ
インド在住ライター
2007年よりインド在住のライター。インドで出産、子育ての経験を経て、医療、教育、社会、子育て、環境、政治、ITなどについて様々な媒体に寄稿。2017年より2年間インドネシアに住み、現在は南インドのベンガルールに居住。海外在住ライター集団「海外書き人クラブ」会員。

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