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おでこと屁理屈【彼氏の顔が覚えられません 第24話】

  • 2015.4.23
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「タナカ先輩と別れていただけませんこと?」

いきなりそんなことを言われたのは、授業のあとだった。タナカ先輩が誰かはもうわかっている。先日食事デートをし、それ以来たびたびキャンパス内で会う機会が増えている3年の先輩のことだ。タナカヒロシ。あまりに平凡すぎて、いまのいままで記憶に残らなかった。

で、声をかけてきたこの女性は。今年から履修し始めた文化人類学の第三回目を、隣の席でさっきまで一緒に受けていたコである。

「えと、あなたは? ごめん、私、人の顔覚えられなくて」

髪を後ろでお団子に束ねた、広くつややかなおでこの彼女に尋ねる。その答えは、丁寧な言葉づかいで返ってきた。

「謝らなくて結構ですわよ。お声をおかけしましたの、初めてですから。わたくし、お隣の付属高校から入学して参りました、コモリといいますの。本大学の一回生ですわ」

付属高校。同じキャンパスの中にある高校のことだ。そこからエスカレーター式に入学してきたということだろう。一回生とは、一年生ってことか。何やら古風な言い方をしている。口調もそうだけど。

「あなたは付属の方ではないですわよね?」今度は、コモリの方から尋ねてくる。「わたくし、人の顔を覚えるのは得意なんですのよ。なのにあなたのことは、高校でぜんぜんお見かけした覚えがありませんもの」自信ありげに言う。なんとなく、言葉にトゲがあるようにも聞こえる。

「私は地方のぜんぜん関係ない高校出身だけど。2年のヤマナシです」

「そうですの。地方ご出身の。なるほど」

学年が自分より上と聞いても、コモリは相変わらずこちらを値踏みするような口調を続ける。付属出身者って、そんなに偉いのだろうか。少なくとも家は裕福なんだろう。私もそこまで貧乏人という感覚はないが、一応、奨学金をもらっている身だ。

「それではヤマナシ先輩。お話を戻しますが、我が付属高校ご出身のタナカ先輩と別れてくださらないかしら。これ以上彼とお付き合いされることには、いささか問題があるように思われますの」

「問題」

おうむ返しに尋ねる。タナカ先輩も付属出身だったのかという点は、追及しないでおく。特に興味はわかない。

「えぇ。ご存じのように我が校の女生徒は、神の御前で、常に貞節を重んじなければなりませんの。それは付属高校のころより、女生徒一人ひとりが心に留めおくべき大切な教えなのですわ」

なにやら説法が始まった。わぁ、ウチって形ばかりの宗教系大学とばかり思ってたけど、付属の出身者にはこういう子もいるんだ。呆然としている私を後目に、コモリの偉そうな説法は続く。

「で、ありますから、たまたま先日拝見させていただいた、あなた方のようにキャンパス内で手をつなぐという行為。やはり女性の貞節を守る上では、避けるべき行為かと…」

「べつに、手はつないでないよ。指だけだし」

「指も手も一緒でございますわよっ」

ピシャリと言い放たれる。まぁ、今のは我ながら屁理屈っぽかったな。ならば。

「なんで私だけ言われなきゃいけないの。他にもキャンパス内でイチャついてるカップルなんて、いくらでもいるわよ」

「まぁっ。そう言って自分だけ責任逃れしようとするとは、なんて卑しい行いなんでしょう!」

バンッ。感情的に机を叩いて、コモリは言う。むむ、火に油を注いだか。彼女の叫びは続く。

「タナカ先輩も、こんな女狐にそそのかされるなんて…ああ、あんなにもたくましく、ご立派な方だったのに!」

なるほど。ようやく話が見えた。つまりは、こういうことである。

「コモリさん、あなた、タナカ先輩のことが好きなのね?」

(つづく)

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(平原 学)

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