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わたしは愛される実験をはじめた。第56話「私たちは恋が叶いそうになると不安になってしまう」

  • 2020.5.27
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【読むだけでモテる恋愛小説56話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが甘えた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。

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「どんなことをしてでも恋を叶えようとすることが悪いはずないわ」

そのベニコさんの言葉は頭の奥にすこんと入った。

夜の十時をすぎていた。地下にある京阪七条駅からあがって、あいかわらず、どの駅で降りても出くわすことになる鴨川をながめた。名前のわからない白い鳥が──鴨川には正体不明の鳥がたくさんいる──黒い水面にくちばしをさしこんでいた。

ちょっとした気づきだった。そうだった。昔から死にものぐるいで「ほしい!」とさけんで、なにかをゲットしようとすることが苦手だった。恥ずかしいから。学生時代も社会人時代も「なにも欲しくありませんよ」みたいな顔をしていた。

私は鉄の欄干に右手をおいた。当たり前だけど、ひやりと冷たかった。

キラキラした夢だったり、それを叶えるスキルだったり、飲み会の真ん中の席だったり、まわりの信頼だったり。真剣に欲しがろうとすることから逃げていた。

そして恋愛からも。

恋人がほしくなかったわけじゃない。けれど「どんなことをしてもほしい」と叫んだことはなかった。

心のどこかで、がむしゃらに恋を叶えるのをカッコ悪いと思っていたから。「恋人 作り方」で何時間もググったり、LINEの返信タイミングを研究したり、デート用のお店をリストアップしたり、デートの話題をあらかじめ考えたり、というふうに。その方が恋を叶えられるはずなのに。どこか恥ずかしくて、いけないことだと思っていた──どうしてかな?

名前のわからない白い鳥はびくっとふるえた。川の底から、虫か魚をとらえたみたいだった。飲みこむそぶりをすると長い羽をひろげて謎のストレッチをした。

私はピーチミントを一粒とりだすと、がりっと噛んだ。そこで気づいた。たぶん、私は、まわりに好かれようと必死なのを自分で認めたくなかったんだ。自分がモテないことを認めることができなかったんだ。そして失敗して傷つきたくなかった。

もう一度、鴨川に目をやると白い鳥はどこかに消えていた。

「どんなことをしてでも恋を叶えようとすることが悪いはずないわ」

そっと声にだしてみた。

もちろん絶対の正解だとは思わない。けれど、いまの私には、どうしても叶えたい恋があった。そのためには、どんなことだってするつもりだった。どんなこと──もちろんスーツケースにぎっしり札束をつめて「これで手を打ちましょう」と交渉したり、拳銃をつきつけて「私と付き合え」と脅すという意味でなかった。

テラサキさんとのデートまで十日あった。

とにかく恋愛認知学を復習することにした。メモを読み返しまくった。

『新しいソファさがしてるんですけど』私はときおりテラサキさんに送信した。デートまでテンションを保つためのチューニングLINEだった。『全然ピンとこないんですよ』

『けっこうみてんの?』

『みすぎて家にソファの幻がみえますよ』

『完全に危ないやつじゃん』

『いまも幻のソファにすわってLINEしてますから』

『もう怖い話だろ笑』テラサキさんは送信した。『てか俺もソファほしかったんだよね』

そこで既読をつけて、丸一日放置したりもした。まさに「そんなにLINEをベタづきで楽しみたがるほどモテない暇な女じゃないのよ」みたいな感じで。チューニングLINEはあくまでデートにつなげるためのもの。気がむいたらLINEするくらい。男性にウケるのは、そういう気負わない軽さだった──いや全部ベニコさんの受け売りなんですけど。

もういくつ寝るとテラサキさんとデートなのだ。

そう考えるだけで、つい仕事中もニヤニヤしてしまった。ていうか駅のホームでも、家でパスタを茹でながらもニヤニヤしていた。そしてカルボナーラを作りながら、イケメンとデートの予定があるだけで、どうして人生はバラ色に輝くんだろうとか考えた。そんなことを考えているうちにカルボナーラソースの卵が固まってボソボソになったりもした。

しかしデート当日が近づくにつれ、そのボソボソになったりもするニヤニヤはソワソワになった。ふと部屋のなかで立ちあがっては、ああああああと意味不明に叫びながら崩れ落ちて、スマホをながめたりした。

次の瞬間、私はカーペットの上に寝ころびながら電話をかけた。「ベニコさん、すごい不安なんですけど。こう、デート当日に使える、最強の恋愛認知学のメソッドみたいなの教えてもらえません?」

しばらく返事はなかった。

「ベニコさん?」

さらに返事はなかった。私はむくりとカーペットの上に正座して忠犬ハチ公よりも待った。

「あれ、ベニコさん? 聞こえてます?」

「聞こえてるわ」ベニコさんは息をついた。あいかわらず、ぽっちゃり体型ながら、ワンカールした黒髪、欧米風メイクで、アメリカンドラマのキャリアウーマンという感じなのだろう。「またパンケーキ女がなにかいいだしたなと思って」

「ひどい」

「基本的に世界はひどいものよ」ベニコさんはいった。テーブルにカップを置くような音がした。「貴女にこの真実を教える役目になってしまって残念だわ」

「そういうことじゃありません。不安なんです。デートが上手くいくか。もったいぶらずにデートで使える恋愛認知学のメソッドを教えてくださいよ」

「即物的な女という名のパンケーキ」

「え、サクブン? なにがです?」

「なんでもないわ」ベニコさんはいった。また数秒ほどカップを口に運ぶような間があった。

「美容と、メイクと、ファッションに気をつけることね」

「え」

「どうしたの?」

「普通すぎません?」私はぽかんと口をあけた。「ベニコさんのことだから、もっと男心に効くメソッドを教えてくれると思ってたから──ほら勝負の日も近づいてるし」

「だから、あんたはパンケーキ女なのよ」

「シンプルになじられた」

「いい?」ベニコさんはいった。「すべてをメソッドで解決しようとするのは野暮。むしろ美容やメイクやファッションを磨いてこそ、メソッドの効果があらわれるのよ。恋愛のアプローチは身だしなみを整えること、メソッドを身につけること、この二つがそろって完全よ。これを〝パーフェクト・レディの法則〟と呼ぶ」

「いわれてみると確かに」私はうなずいた。そのあと数秒おくれていった。「てか、メイクもファッションもサボってませんから」

「わかってるわ」ベニコさんは笑った。「不安なときは足下をチェックしなさい、というだけの話よ──私たちの愛される実験を信じることね。本命男とのデートを前に、不安におそわれる気持はわかるわ。だれだって大きく運命が動く前にはおそろしくもなるものよ。だからこそ私たちは腰をすえて、その未来を見定めるのみ」

「でも──」私はそれでも不安だった。

スマホの奥で声がした。「不安なときは、その先に幸せの予感があるときよ」

その言葉は胸の奥にじわりと響いた。

そうか、と、つぶやいた。私はいつも恋が叶いそうになると不安になってしまう。その先に幸せがありそうで、同時に、それを逃すことを考えてしまうから。でも、たぶん、この不安をなくすことはできないんだ。幸せと不安はセットだから。この不安とむきあって、アクションできた女だけが幸せになれるのかも。

私はカーペットの上で立ちあがった。

ひとり暮らしの部屋のなかでうなずいた。そのためには、いままで積み重ねてきたものを信じるしかなさそうだった。私は愛される実験をとおして──すこしは──受け身なパンケーキ女から変われたはずだから。

その日から恋愛認知学の復習と、自分磨きをすることにした。ついベニコさんに口答えしたけれど、たしかに恋愛認知学さえあればどうにかなると考えがちだったから。でも、コミュニケーションを学んだからといって、メイクやファッションを怠っていいことにはならない。とにかく不安を吹き飛ばすには、後ろめたくない毎日を送るしかなさそうだった。

そしてデート前夜、お風呂場で、クレンジングオイルをぬったあと、ネットで洗顔石けんをふわふわに泡だてて洗って、お風呂上がりに試供品のブースター化粧水をつけたあと、楽天で半額で買ったちょっといい化粧水をひたひた肌にしみこませて──ちゃんと肌質にあうことはテスト済みだ──ふだんは30枚2000円だけど思いきってドラッグストアで買った1枚300円のフェイスマスクをぴたんと装着した。

鏡をのぞいた。そこにいたのは、パジャマ姿の、オペラ座の怪人みたいな女だった。おなじ愛の狩人ではあるかもしれない。なんとなく京都駅の劇団四季劇場に出演してるつもりでポーズをとったら、すっごい恥ずかしかった。

いまのはなかったことにして私はスマホをとった。

『じゃ』私は送信した。『明日、京都駅のスタバ前で』

これはホールドLINEだった。デートの前日や、二日前に、待ち合わせについて、確認や修正のLINEを送ることで、ドタキャンを防ぐというもの。

壁にはった〝デートは、当日、相手の顔をみるまで気をぬかないこと〟をながめた。デートはドタキャンさせずに確実につかみとるものだ。これぞ恋愛認知学。

『おけ』五分くらいでテラサキさんから返信がきた。『てか二十時にいけそう』

『おけです。じゃ二十時で』

そこで、お互いにスタンプを送り合った。胸に手を当てると、心臓が、なかなかの速度でビートを奏でていた。テラサキさんの文面をみた。じわっとフェイスマスクの下の顔があつくなった。恋にのぼせるオペラ座の怪人だった。もうこのまま、夢の中で、テラサキさんの心にひそみてパンケーキ女の歌をささやきかけてやる勢いだった。

明日、私の人生は大きく動くことになるのだろう。負けるものか。

■今日の恋愛認知学メモ

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・【パーフェクト・レディの法則】恋愛のアプローチは身だしなみを整えることと、メソッドを身につけることのふたつをそろえること。メソッドだけではいけない。

・不安なときは、その先に幸せの予感があるとき。

・いよいよ明日──めちゃくちゃドキドキする。

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