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「2010s」著者・宇野維正と考える、“消費”ではなく”参加”するポップ・カルチャー。コロナ以前/以降を横断する1万字インタビュー

  • 2020.5.24
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21日に解除された京都、大阪、兵庫を含む全国39府県が、緊急事態宣言の対象外となった。明日25日(月)には首都圏1都3県と北海道も全面解除される方針だ。それに伴い、日本各地で大手シネコンを含む映画館が営業を再開、または営業に向けて動き出している。

【写真を見る】映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏が、たっぷり1万字超えで縦横無尽に語り尽くす

言うまでもなく新型コロナウイルスの映画界への影響は多大なもので、映画館の臨時休業・映画の公開延期だけでなく、新作の撮影も軒並みストップ。各国映画祭の延期・中止などなど、映画ファンにとっては暗澹たるニュースが飛び込んでくる日々だ。

結果的に、2020年代というディケイドの始まりであると同時に、コロナ以前/以降の分岐点となった2020年。少しでもポジティブにこれからのエンタテインメントと向き合うため、『2010s』の著者でもある映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏に、インタビューを行った。

【写真を見る】映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏が、たっぷり1万字超えで縦横無尽に語り尽くす
【写真を見る】映画・音楽ジャーナリストの宇野維正氏が、たっぷり1万字超えで縦横無尽に語り尽くす

『2010s』は、宇野氏と音楽雑誌「snoozer」の元編集長でDJや音楽評論家として活動する田中宗一郎氏が、政治や社会情勢と呼応した2010年代のポップ・カルチャーを総括した一冊だ。本書について宇野氏は「ディケイドの総括としてだけじゃなく、もう一つの役割が生まれてしまった、という気がしています」と語る。

実に10000字を超える本稿から、今後のポップ・カルチャーに参加するヒントが見えてくるはずだ。

ーー本書で「問題提起やアジテーションに終わるものではなく、具体的に『役に立つ』ものを残したい」と書かれていたのが印象的でした。“役に立つ”というのは、「作品との向き合い方を知るヒントになる」みたいなことでしょうか?

「そうですね。田中宗一郎さんとの共著なので、あくまで共著者の一人として言いますが、“『全部つながっている』という認識を持つこと”に尽きると思うんです。映画とテレビシリーズはつながっているし、テレビシリーズと音楽シーンもつながってる。テレビシリーズがなぜこんなに勢力を持つようになったのかと言ったら、業界の構造が変わったから。そして、業界の構造が変わったのは、突き詰めれば我々観客や視聴者の行動様式が変わったから。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は4月10日から11月20日(金)公開に延期となった
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は4月10日から11月20日(金)公開に延期となった

今回、新型コロナウイルスの影響で映画館が臨時休業になり、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』や『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』『ブラック・ウィドウ』クラスのブロックバスター作品は公開延期になりましたが、海外ではかなり多くの作品がPVOD(プレミアム・ビデオ・オン・デマンド)としてストリーミングでリリースされましたよね」

ーーユニバーサル・スタジオが『トロールズ ミュージック★パワー』を、当初の劇場公開日からオンデマンド配信を始めたことを皮切りに、多くの作品があとに続きました。

「実際に、3週間で約1億ドルの興行収入をあげるという結果を残しました。そうやって映画会社の判断が支持されたことによって、業界の構造もまた変わっていく。ポップ・カルチャーって消費するものじゃなくて、そうやって参加をして変化を促していくものなんです。音楽のストリーミング・サービスだって、そうやって普及していった。日本にいると、“海の向こうで起きていること”ってされがちですけど、日本人だってその一員なんです。2015年にNetflixが日本でローンチされた時に自分がすごく興奮した理由の大きな一つは、それがリアルタイムのプラットフォームだったからです。いまでこそAmazon Primeも有力作はリアルタイムで配信されるようになったし、Disney+も6月中に日本に入ってくると報道されてますけど、当時はNetflixだけだったから。

『トロールズ★ミュージックパワー』 [c]2020 DREAMWORKS ANIMATION LCC.ALL RIGHTS RESERVED.
『トロールズ★ミュージックパワー』 [c]2020 DREAMWORKS ANIMATION LCC.ALL RIGHTS RESERVED.

リアルタイムであることにこだわる理由は、参加していることがよりダイレクトに感じられるから。例えば映画館に作品を観に行くと、それは観客動員や興行収入につながる。それも一つの重要な作品への参加ですけど、ストリーミングの場合は即時に再生回数として、その作品のシリーズ・リニューアル(次シーズンの製作)や、そのクリエイターの次の作品につながる。だから、”役に立つ”っていうのは、作品のレファレンスやコンテクストをより深く理解するためのガイドになりたいという意味もありますけど、もっと言うと、“ポップ・カルチャーは参加できるものである”という意識を促すということかもしれません」

ーーおっしゃるように、日本で“ポップ・カルチャー”と呼ぶ時、海外のポップ・カルチャーを指すように感じる観客が多いと思います。それはなぜでしょう?

「映画に限らず、ポップ・カルチャーの“メインストリーム”と言われているものの需要が、21世紀に入ってから日本ではどんどん右肩下がりになっていった。その理由の一つは、これまでのようにレコード会社や映画会社といったコンテンツホルダーから、日本のメディアに潤沢な広告費が下りなくなったことです。『2010s』でも詳しく語ってますが、まずは本国のエンタテインメント業界の構造変化によって、出稿元の日本法人が本国への影響力や発言力を失っていった。そうなると、コンテンツホルダーからの広告収入によって記事を作るスキームで回っていた日本のメディアは、宣伝予算のある国内カルチャーしかメディアに載せなくなる。これは雑誌メディアに限らずウェブメディアも同様です。

メディアの情報を頼りにこれまでカルチャーを受容していたような人たちにとって、そうやってポップ・カルチャーが遠い存在になっていった。ドレイクでも『ブレイキング・バッド』でもいいですけど、そういうポップ・カルチャーのど真ん中のアーティストや作品を、長年日本のメディアがほとんど扱ってこなかったのは、単純に宣伝予算が下りないからです。お金にならないから記事も企画されないし、ライターも書かない。ここ10年、自分はそういう状況の中でずっと抵抗してきたという自覚があります。もちろん、メディアに影響されず、自分から能動的に映画や音楽やテレビシリーズを貪欲に摂取している人は日本にも一定数いますけどね」

ーー『2010s』は、まさに“能動的に摂取しようとする人”にはうってつけですよね。想定読者よりもしかしたら年齢層が低いかもしれませんが、高校生や大学生が何度もページをめくり、ポップ・カルチャーを摂取する燃料になるような本だと感じました。

「全国6か所で刊行記念トークイベントをやりましたが、想像以上に若いお客さんが多くてうれしかったですね。もちろん30代・40代の方にも読んでほしいですが、実際、10代・20代に向けて作った本という気持ちはあります。

さっきも言ったように、ポップ・カルチャーの大きな特徴は“レファレンスとコンテクスト”です。ある作品について考えるとき、常に過去の作品をレファレンス(参照)していくことで、新しいコンテクスト(文脈)が立ち上がる。

第92回アカデミー賞に現れたビリー・アイリッシュ 写真:SPLASH/アフロ
第92回アカデミー賞に現れたビリー・アイリッシュ 写真:SPLASH/アフロ

例えば、ビリー・アイリッシュみたいなスーパースターは突然現れたように見えても、そうじゃない。どうして彼女が世界中の期待を背負う存在として浮上してきたのか?には様々な背景と文脈がある。一つのきっかけが『13の理由』というNetflixオリジナルのテレビシリーズでした」

ーー日本でもティーンを中心に、大変人気なシリーズとなりました。

「彼女の『Bored』がシーズン1のサントラに、『lovely』がシーズン2に使われ、ストリーミングを中心に爆発的な人気となった。『13の理由』は十代の、特に女の子のメンタルヘルスを描いた作品ですが、じゃあなんで『13の理由』がNetflixでトップコンテンツになったのか?というと、そもそもNetflixがケーブルテレビを契約していない若い世代に向けてコンテンツを作っている会社だから。

セレーナ・ゴメスが製作総指揮を務めた「13の理由」。2017年に最も見られたドラマの一つに
セレーナ・ゴメスが製作総指揮を務めた「13の理由」。2017年に最も見られたドラマの一つに

すべてのものには背景があり、それを紐解いていかないと、突発的に現れたスターを一時的に消費するだけになっちゃう。2000年代後半、ビヨンセは東京ドームからワールドツアーをスタートしてましたが、あの時のお客さんの何割が、いまビヨンセがやってることに強い関心をもってるか。ポップ・カルチャーの世界におけるビヨンセの重要度はこの10年で天井知らずに増している一方で、日本のマーケットだけが置き去りにされてます。コロナウイルスの問題がなくても、いまのビヨンセのアーティストとしてのスケールに見合う来日公演の実現なんて夢のまた夢です」

ーー確かに、ビリー・アイリッシュは本当に久々に日本でも大ブレイクしたスターでしたね。

「本当は映画の世界でも、スターはたくさん生まれてるんですけどね。特にティモシー・シャラメなんて、10年に一人の絶対的なスターでしょ?」

ーー『君の名前で僕を呼んで』公開時、憧れのアーティストだというフランク・オーシャンにインタビューを受けた記事も話題になりました。

「そう。ティモシー・シャラメは久々に現れた一点の曇りもないムービー・スターであると同時に、フランク・オーシャンやカニエ ・ウェストなどとも交流があったりして、ポップ・カルチャーにおける超重要人物でもある。かつてのジョニー・デップやブラッド・ピットやレオナルド・ディカプリオと同じくらいかそれ以上の。でも、日本だとその認識が一部の映画ファンにしか共有されていない。

『DUNE』の公開を控えるティモシー・シャラメ 写真:SPLASH/アフロ
『DUNE』の公開を控えるティモシー・シャラメ 写真:SPLASH/アフロ

日本において、映画は特に一般の観客が同時代性を失っているジャンルですよね。いま映画で一番強いコンテンツはMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)ですが、ワールド・プロモーションで日本が飛ばされているのが象徴的です」

ーー『アベンジャーズ/エンドゲーム』の時も、アジア・ジャンケットのハブとして選ばれたのは韓国でした。

韓国で行われた『アベンジャーズ/エンドゲーム』プレミアの様子 [c]Marvel Studios 2019
韓国で行われた『アベンジャーズ/エンドゲーム』プレミアの様子 [c]Marvel Studios 2019

「日本に来るスターと言えば、トム・クルーズやアーノルド・シュワルツェネッガーみたいな30年以上前から活躍しているスターばかり。あとはワイドショーとスポーツ新聞での露出を見込んだ国内芸能人を稼働させた作品プロモーションですよね。これは日本の配給会社の怠慢も大いにあるわけですが…でも、突き詰めれば、情報を既存メディアに頼って、年に1回か2回しか映画館に行かなくなった、日本の観客が悪いってことなんですよ。期待を込めて言えば、いま10代、20代の人たちは雑誌メディアの全盛期も知らないこともあって、もっと文化受容に能動的な人が増えてるんじゃないかなって。『2010s』も、その能動性を促すための本になればと思って書きました。それはなぜかというと、“楽しいから”に尽きますね」

ーー例えば『2010s』を読んで、「POPLIFE: The Podcast」も聴いて、言及された作品を掘って…と、小さな宇宙が広がっていくかたちもありえますよね。

「自分がいろいろなところで寄稿したりしゃべったりしている、そこでのレコメンドを参考にしてもらえるのはうれしいんですが、もう“誰かのレコメンド”という時代ではないのかもしれません。NetflixもSpotifyもパーソナライズ化されたレコメンドの精度がどんどん上がってきてるじゃないですか。自分自身、そのアルゴリズムに引っ張られて作品を観たり聴いたりすることも当然ある。だから、これからの批評家やジャーナリストの役割は、好みの作品ばかりリコメンドしてくるアルゴリズムの罠にみんなが陥らないよう、別の視点や価値観を提供することなのかもしれない。

あと、近年自分がずっと主張してるのは、作り手の発言を聖典化しすぎないこと。大昔に自分も在籍していた『ROCKIN'ON JAPAN』などもその一端を担ってきたと思いますが、日本ではアーティストの精神性や、本人の発言を過度に信頼する文化があまりに根強くて。例えば、“星野源が『うちで踊ろう』に込めた真意”みたいなインタビューが出ると、それがそのまま唯一絶対の解になる」

ーー海外では‎、歌詞についてユーザーたちが分析し、批評し合う「Genius: Song Lyrics & More」というアプリなんかもあります。

「そう。あと、例えばカニエ・ウェストがApple Musicのインタビュー番組で自身のアルバム『ジーザス・イズ・キング』について語っても、『本人はそう言っているけれど…』と必ず本人の言葉も批評にさらされます。一方で、日本の場合はアーティスト本人が選んだお抱えのインタビュアーによるインタビューの発言をとにかく絶対視する。それによってなにが進むかと言うと、アーティストの教祖化とファンの信者化。そうやって、ほかのカルチャーと交わらない小さな宗教が乱立してきたのが、この20年間に日本のカルチャー・シーンで起こってきたことです。

そういう意味では、やっぱり絶対に批評的態度というのは必要で。ただ、そこで『批評を取り戻そう!』みたいなことを言ってもいまの世の中にはあまり響かない気がするので(笑)、作品からレファレンスやコンテクストを見つけて自分勝手に楽しむということを、しつこく提案していきたいですね。レファレンスやコンテクストというのは、もちろんアーティスト本人が意図したものもありますけど、時代のうねりの中で必然的に発生したものだったり、思いがけず別の世界とつながりが生まれたものだったり。ポップ・カルチャーの本質って、そこにあると思うんですよ」

ーー新型コロナウイルスの影響を受け、エンタテインメントにどうお金を払うのか?という価値観も、変わってくるかもしれません。そもそもNetflixやAmazonPrimeVideoなどのストリーミングサービスが変えたところも大きいですが。

「Amazon Primeって、アクセスできる作品の量からすると、日本での年会費はバカみたいに安いですよね(編集部注:アメリカでは年間119ドル)。月400円程度であんなに膨大な映像コンテンツが観られるのって、やっぱりおかしいこと。でもAmazonにとってはAmazon Primeってサービスの一つでしかなくて、Amazonで物を買ってくれる習慣ができればそれでいい、という戦略なんですよね」

ーーDisney+も、コンテンツ課金での収益というより、ディズニーというブランドを好きになってもらい、ディズニーリゾートへ足を運んだりグッズを購入したりしてくれることが大事と言えそうです。

6月に日本でもローンチ予定のDisney+ The Walt Disney Company/Image Group LA
6月に日本でもローンチ予定のDisney+ The Walt Disney Company/Image Group LA

「そう。だから簡単に価格を比較するのは難しいんですけど、コロナ以降、確実に映画やライブって特別なものになりますよね。ライブはもちろん、映画も含め“体験型エンタテインメント”が、よくも悪くも差別化される。長期的には価格も高くなるでしょうし、映画館はそれに見合ったサービスを提供することが求められていくでしょう。

でも、これはいろんなところで言っていますが、映画と動画ストリーミングサービスは本質的には敵ではなく共存共栄できるもの。ストリーミングと共存できないのはレンタルビジネスとソフトビジネスです。Netflixが大きな力を持ったことによって、何十年も続いてきた映画産業のインナーサークルとは違う新たな競争が生まれていて、それは映画界にとって大きな刺激になっている。人材や作品の奪い合いもそうだし、作品の仕上がりもそうですよね」

ーーこれも別のインタビューでおっしゃっていましたが、ストリーミングサービスの敵は、「フォートナイト」みたいなゲームだったりする。“時間の奪い合い”だと。

「いまやゲームは、アーティストにとっては発表の場になっているし、プロモーションの場も広がっています。海外で『ジョン・ウィック』シリーズの人気が高まったのも、まさに『フォートナイト』とコラボしたから。日本では『マトリックス』は観たけど『ジョン・ウィック』は観たことない、という人はたくさんいて。それは数字が証明していますよね。でも、『フォートナイト』をやっている小学生は、ジョン・ウィックもトラヴィス・スコットも知っているという状況が生まれていて(笑)。おもしろいですよね」

キアヌ・リーヴスが躍動する『ジョン・ウィック:パラベラム』 写真:SPLASH/アフロ
キアヌ・リーヴスが躍動する『ジョン・ウィック:パラベラム』 写真:SPLASH/アフロ

ーートラヴィス・スコットはゲーム内で、最新楽曲を世界初公開するツアーイベントを行ったんですよね。子どもたちにとって、キアヌ・リーヴスは「Fortnite Guy(フォートナイトおじさん)」という扱いになっていて、本人が困惑している…なんていう話もあります(笑)。

「さっきは10代、20代と言ったけれど、もっと下の年代も含めて自然とカルチャー受容の仕方は変わっていくだろうし、それが今回のコロナで加速していく。ここまで話してきたように、そもそもこれまでの日本のカルチャー受容の在り方や、宣伝の仕方を自分はまったくいいと思ってこなかったから。ずっと『全っ然違うよな!』と思ってきたことの積み重ねがこの本(『2010s』)なんです」

『TENET テネット』の最新予告が「フォートナイト」で披露されたことも近日大きな話題となった 画像はフォートナイト(@FortniteJP)公式Twitterのスクリーンショット
『TENET テネット』の最新予告が「フォートナイト」で披露されたことも近日大きな話題となった 画像はフォートナイト(@FortniteJP)公式Twitterのスクリーンショット

ーー少し話を戻して、“リアルタイム性”について聞かせてください。作品のリリースに対してリアルで参加することと、作品が持つ同時代性に反応することはちょっと違うのかなと思うんですが。また、『2010s』から引用するとーー“政治的な妥当性”を持った作品って、コロナ以降はどうなっていくんでしょうか?

「レイヤーは違うものの、つながっていると思います。同時代の作品を観れば、いま海外でなにが起きているかがわかる。海外のポップ・カルチャーに日常的に接していれば、ジェンダーの問題にせよ、人種の問題にせよ、本人が無自覚に発した言葉や行動が問題視されるようなことは減っていくと思います。自分が一番嫌なのは、『いまのアメリカの映画や音楽はポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)にがんじがらめになっている』みたいなことを、同時代の作品をろくに観ていない人が言うこと。そんなことは当たり前に認識した上でなにを表現するか?という段階にとっくに入っているのに、同時代のポップ・カルチャーを批判する時に『ポリコレ』という言葉を使う人が多いんです。それは二重にも三重にもズレた認識です。

それと、日本ではいまだに無自覚な女性差別も多いですけど、本っ当に、無自覚な人種差別も多い。これは声を大にして言いたいんですが、受け手だけじゃなく、コンテンツホルダーにも大きな問題があると思ってます。黒人やカラード(有色人種)が主人公の作品だから売れないだろう、という偏見や先入観によって日本公開が見送られることが当たり前のようにいまでもおこなわれてる。海外ではセレブリティを表紙にするファッション誌の半分くらいはカラード(有色人種)ですよね。でも、チャドウィック・ボーズマン、ドナルド・グローヴァー、アジズ・アンサリあたりが表紙になってる雑誌の日本版ではそれがスルーされて、『まあ、本国版がダニエル・クレイグだったら日本版でも表紙にしよう』となる。もうそこには人種差別の意識すらなく、完全に白人崇拝が内面化しているわけで、余計にやっかいです」

『ブラックパンサー』で一躍スター入りしたチャドウィック・ボーズマン 写真:SPLASH/アフロ
『ブラックパンサー』で一躍スター入りしたチャドウィック・ボーズマン 写真:SPLASH/アフロ

ーー「採用しない」こともそうですが、「特集で扱うラインナップのうちの一人に、カラード(有色人種)を入れておかないと」というのも、人種差別に含まれるでしょうし。

「ハリウッドスターの人気ランキングも当たり前のように全員白人で、しかも20年前、30年前からいる人達。大衆における情報の更新がまったくされていない。メディアの無自覚な罪は大きいと思いますよ、本当に。…あれ、なんの話だっけ?(笑)」

ーーコロナ以降の作品が持つ“政治的な妥当性”って、どうなっちゃうんでしょう?という話でした(笑)。

「うーーん、どうなんだろう。9.11が起きた時、直接9.11を扱った作品はたくさん生まれましたが、必ずしも傑作が多かったわけではない。『ゲーム・オブ・スローンズ』にせよMCUにせよーーMCUは映画のかたちをしたテレビシリーズみたいなものだからーー架空の世界において、現実世界のアナロジー(類似)をいかにやっていくかが問われていくような気がします。

9.11が起きた時やトランプ大統領が誕生した時がそうだったように、コロナを直接テーマとして扱った作品は現れるだろうけど、『コンテイジョン』なんてほぼ10年前にそれを描いているわけだし、『アベンジャーズ/エンドゲーム』でも相当近いことを描いている」

ーー『コンテイジョン』、ストリーミングサービスでも連日ランクインしていました。『エンドゲーム』のジョー・ルッソ監督も、サノスは気候変動のメタファーだと明言していましたね。

マット・デイモン、ジュード・ロウらが出演した『コンテイジョン』は“予言的”と話題に 写真:SPLASH/アフロ
マット・デイモン、ジュード・ロウらが出演した『コンテイジョン』は“予言的”と話題に 写真:SPLASH/アフロ

「『人々の自粛や交通量の減少によって、空気がきれいになった』とか、コロナが環境に及ぼした“いい影響”も海外では盛んに報じられているじゃないですか。気候変動はもともと大きなテーマだったけれど、コロナショックをふまえて、今後はより多角的な取り組みが増えていくでしょうね。あと、“保守とリベラル”といった個人の価値観も、今後さらに揺るがされることになると思います。自分は個人事業主なので、いまは『映画館を開けよう』『移動の自由を』という主張に肩入れしがちです。日本の現政府はもう保守だか国を滅ぼしたいんだかわからない状態になってますが、それってアメリカでいうと共和党の価値観に近いわけですよね。

共和党の価値観のベースには、アメリカ特有のリバタリアニズム(自由至上主義)というものがある。トランプ大統領は共和党の中でも異端なんで、別にトランプにシンパシーがあるわけではまったくないですが、 今回、自分の中にあるリバタリアニズムについては相当強く自覚させられました。パンデミックのような大きな社会異変が起きた時に、『国は自分たちの生活を守るべき』と主張する動きももちろん重要ですけど、『自分の生活を脅かす連中とどう対峙するか』みたいなリバタリアン的“自衛”意識をこんな切実に覚えたことはこれまでなかったです。

とにかく、コロナウイルスに関しては、9.11や3.11と違って世界中でまさに同時進行で起こっていることだし、これまでとは違うインパクトを持ってカルチャーに影響を与えるでしょう。それは、アフターコロナの表現が今後世界各国から出てきた時に、日本人にとっても自分事としてアクセスできるということでもある」

ーー『2010s』では「映画は時代のある瞬間の出来事に対する瞬間的なコメンタリーで、テレビシリーズは、時代の変化そのものをキャプチャーすることができる」とも書かれていました。コロナに関しては、それぞれどういう向き合い方になるんでしょう。

「うーん、それを考えるのはまだ早いんじゃないでしょうか。公開が遅れているだけじゃなく、単純に撮影が止まっちゃっている、という物理的な問題もあって、事実上ほぼ空白の一年が生まれてしまう。いま、泣きながら脚本を書き変えているクリエイターが世界中にたくさんいるだろうから(笑)、その苦労は現場の方々に任せるしかない。この状況を踏まえて脚本を変更するということだけじゃなく、撮影現場でモブシーンが撮れないという問題もあるし、『007』や『ワイルド・スピード』のように世界の各都市をまたにかけられないという問題もありますしね」

『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』は2021年公開予定 [c]2020 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved...
『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』は2021年公開予定 [c]2020 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved...

ーー撮影クルーも移動できないですもんね。

「きっとVFXの役割が大幅に増えていくんでしょうね。そうやって、あらゆる面での影響があまりにも大きいうえ、それが作品に表れてくるのは2年くらい先ですよね。音楽はクイックにやっているけど、ドレイクでもドージャ・キャットでも、最近リリースされる楽曲のMVにはほとんど一人しか映っていなかったり(笑)。完全に映像表現も変わってしまっている。

映画やテレビシリーズに求められるのはそのクイックさではなく、アナロジーとしていかにフィクションの世界に持ち込むか、新しい価値観をフィクションの世界でどう表現するか?ということになると思います」

ーー“新しい価値観”というのは、ユーザーにとっての当たり前が変わる、みたいなことですか?

「それもそうだし、変えていくべきだと思うことは本当にたくさんある。最後に『2010s』の話に戻ると、言葉の使い方もその一つだと思います。“海外ドラマ”って言葉とか『もう使うのやめませんか?』って思うんですよ。ドキュメンタリーやアニメーションやコメディもドラマの延長上で見られているし、重要な作品がとても多い。そういう実態に対して、“海外ドラマ”ってあまりにも狭い言葉ですよね。自分の文章では意識的に『テレビシリーズ』しか使わないようにしているし、原稿を直されると、直し戻したりっていうのを毎日繰り返してる(笑)。あと、もちろん“洋楽”や“洋画”という言葉もそう。『じゃあ、K-POPは洋楽なの?台湾映画や韓国映画は洋画なの?』っていう。その“洋”ってもともと西洋の“洋”だったわけで『それっていつの時代の認識だよ』って話です。『外国映画』ですら、できるだけ使わないようにしている。

自分がアドバイザーをしているリアルサウンド映画部では、年間ベストで外国映画と日本映画は絶対分けないようにしています。“ベスト10本の中に日本映画が入ることの意味”みたいなものがそこにはあるわけで、そういうことから目を背けてきたことの成れの果てがいまの日本のカルチャーの惨憺たる状況だと思うから。例えば、今年フランスのメディア・コングロマリットに買収された後に独立性が保てないということで自ら解散しましたけど、『カイエ・デュ・シネマ』誌が年間ベストを『シネマ・フランセ(フランス映画)』と『シネマ・ル・モンド(外国映画)』で分けるなんて想像できないでしょ? でも日本では、そういうことを延々とやってきた」

ーーアカデミー賞も、いくつかのルール変更がありました。配信作品を候補に入れること以外に、「外国語映画賞(Foreign Language Film)」から「国際長編映画賞(International Feature Film)」に名称変更されたというのも、同じ話かもしれません。

第93回アカデミー賞では配信作品の候補入りほか、様々なルール変更が行われる
第93回アカデミー賞では配信作品の候補入りほか、様々なルール変更が行われる

「まさにそうですね。“ストリーミング・サービス”って言葉と違って、サービスの本質を捉えてない“サブスク”って言葉も自分は絶対使わないようにしてるし、どうしてもヒップホップと使わなきゃいけない場面以外はラップ、自分が関わっているのはサブカルではなくてポップ・カルチャーと、孤軍奮闘なんですけれども(笑)、常日頃から常に言葉の使い方を意識していて。

いま、文化に国の補償がなかなかされない背景にも、もしかしたら、この国の多くのカルチャーが、ずっと“サブカル”という言葉やその意識の中で、外側の世界から自分たちのトライブを切り離してきたことがあるかもしれない。この取材の最初にも言ったように、本当は政治も音楽も映画もテレビシリーズもアニメーションもゲームもファッションもお笑いも『全部つながっている』のに、自分たちからそのつながりを積極的に切断してきたんじゃないかって思うんですよ。

ハイカルチャーとかサブカルチャーとか関係なく、カルチャーはカルチャーだし、それが国境や言語をまたいで共有されているものがポップ・カルチャーで。そのポップ・カルチャーの世界に、当たり前のように日本の表現者の作品もたくさん入ってくることを、今後はさらに期待したいです。

配信リリースの件もアカデミー賞のルール変更の件も、すでに大きな流れは始まっていたことで、それがコロナショックを受けて早まっていくのは確実です。もしかしたら世界はそこまで大きく変わらないかもしれないけれど、カルチャーを取り巻く環境に関してはコロナ以前/以降ですっかり変わってしまうからこそ、2010年代の10年間に起きたことを正確に認識しておく必要があるんじゃないか。この本を、その手掛かりにしてもらえるとうれしいですね。ディケイドの総括としてだけじゃなく、もう一つの役割が生まれてしまった、という気がしています」

「2010s」は絶賛発売中 著/宇野維正、田中宗一郎 新潮社刊
「2010s」は絶賛発売中 著/宇野維正、田中宗一郎 新潮社刊

取材・文/編集部

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