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【氷川竜介による作品解説】人の脳を活性化させる『AKIRA』のエネルギー(後編)

  • 2020.5.18
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4月24日に「AKIRA 4Kリマスターセット」がリリースされた
[c]1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

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『AKIRA』がなぜ時代と国境を越えて人々を惹きつけるのか。決して古びない普遍性と、観る者の現実を“活性化”させる本作のエネルギーを、アニメ・特撮研究家の氷川竜介氏が解説する。

(後編)

挑戦的なアニメーション制作をめざした大友克洋

本作は作家、大友克洋のアニメーションに対する思い入れを、改めて世に示す作品ともなった。

1970年代末、大友克洋は既に漫画家として「ニューウェーブの旗手」としてのステータスを確立していた。「万物をあるがままに描く」というリアルで乾いた視線とオフビートなユーモア、シャープな筆致で描かれた生活空間のディテールやスピーディなバトルアクションなどなど、後進の漫画家に多大な影響を与えている。

フランスのバンド・デシネを中心に諸外国からも高い評価を受けるほど、漫画の成功者として認識されていた。それがあえて未知の領域である「アニメーション映画監督」に挑戦することに、当時は釈然としなかったファンも多かったようだ。

大友克洋とアニメーションの本格的な関わりは、りんたろう監督の映画『幻魔大戦』(83)で、キャラクターデザインとしてスカウトされたことに端を発する。さらにオムニバス映画『迷宮物語』(87)の短編『工事中止命令』やOVA『ロボットカーニバル』(同)のオープニング・エンディングで監督を手掛けるなど、関与を深めていく。

もともと実写の映画監督を志向し、その感覚で漫画を描いていた大友克洋は、集団作業でフィルムをつくるアニメーションの現場に大きな刺激を受けた。絵を動かすことには根源的な面白さがあるし、大胆な色使いなど紙の漫画では難しい新たな挑戦を始めるのが良かったと、2002年に筆者が構成、取材、執筆を担当した書籍『アキラ・アーカイヴ』(講談社)のインタビューで語られている(趣意)。

ここであえて注目しておきたいのは、1954年生まれの大友克洋が世代的に「テレビアニメ以前のクリエイター」であることだ。そして先述の取材では「『白蛇伝』や『西遊記』、『少年猿飛佐助』、初期の頃の東映長編漫画が好きでした。大工原章さんのキャラクターを、画風がまだそんなにシンプルになっていない時代の森やすじ(康二)さんが描いていたんです」と語られている。

森やすじのキャラクターは丸みを帯びてコケシのような和風のデフォルメ感があり、アニメーター大塚康生を経由して、高畑勲監督、宮崎駿監督らのスタジオジブリにつながる「日本らしいアニメの画風」を生み出していく。大工原章は例えば肘の関節や脚のくるぶし、顔の凹凸をしっかり描くなど、もう少しリアル寄りの画風である。残念ながら主流になり損ねたその画風が大友克洋アニメとつながっているのには説得力がある。また、テレビアニメの洗礼をそれほど受けていない世代であるからこそ、初期のリアル寄りの画風による継承を無自覚に行ったという可能性も存在している。

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[c]1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

音楽とアニメーション哲学の共鳴がもたらす効果

さて、アニメーション映画で漫画にはない要素とは何だろうか。それは「動き」「実時間」「色彩」だけに限らない。「音(声・効果音・音楽)」もまた、重要な役割を果たしている。『AKIRA』では役者の音声を先行して録音するプレスコ方式を採用し、リップシンクロを実現したうえで、声の演技に合わせて作画のニュアンスを調整している。「音」を極めて重視し、映像の従属物ではなく、より主張と独立性のあるものとして扱っているのである。

この考え方は音楽においても同じことが言える。欧米の映画音楽では「悲しいシーンでは哀調のある音楽を」「戦闘シーンには激しい音楽を」というフィルム・スコアリング方式が主流である。しかし音楽監督、山城祥二(芸能山城組)は、大友克洋監督と作品の世界観がもつフィロソフィーを読み解き、西洋音楽の楽器は控えめにして作曲と演奏にあたった。バリ島のガムラン、ジェゴグなど金属や木材の出す民族楽器特有の高周波、あるいはケチャや声明(しょうみょう)など「肉声の共鳴」を重視しているのだ。

そして『AKIRA』では、メディア変遷のたびに音源の更新が行われている。これも他に類例が乏しい、特筆すべき点だ。「リマスター」とは言えるが、一般より複雑な作業が行われている。収録できるスペックの向上に合わせてマルチレコーダーによるオリジナル音源から再ダビングを行い、定位やアンビエントなどを微細に調整して「画の動き、色彩、言葉、音楽」の相乗効果を最大限にするよう、芸術的に再調整しているのである。

ことに今回は「192kHz・24bitで作成した音源にウルトラ処理を施した全く新しい音源を収録」とされている。もう何度も観た映画なのに、ふとしたシーンで画と音の同調が高まり、没入感が増しているのである。4Kスキャンニングにより、暗部で見えづらかった背景に描きこまれたパイプやダクトなどの細部がより明瞭に見えて、思わず身体が前のめりになる効果に、この「音の存在感」が加わることで、新鮮さが感じられるのである。

それは鉄雄の暴走を中心として映画内で描かれている「人の脳に潜むパワーとエネルギーの解放」というテーマにも同調した、ベストマッチの効果である。山城祥二は科学者、大橋力と同一人物で、『ハイパーソニック・エフェクト』(岩波書店)などの著書で「音楽による脳の活性化」の研究成果を発表している。特に民族楽器や人の声に含まれる可聴域を超える周波数成分(20kHz以上)が、人の脳に心地良さをもたらし、生理活動を高めるという大橋理論は、『AKIRA』が驚くべき破壊表現と表裏一体として描いている「人の秘めたエネルギー、その可能性の解放」に通じるものではないか。

CDのクオリティは「44・1kHz・16bit」で、「人には聞こえない」とされる周波数成分はカットされていた。しかし今回はオリジナルに収録されていた情報をフルに収録することで、「科学と芸術の融合」の真の姿に近づくに違いない。それは「人の潜在能力の解放」という物語内容を表現しつつも、観客各人の脳へ主題を奥深く浸透させて活性化へ導き、明日からの生き様を変革させるものとなるだろう。

こうした「新しい試み」が、『AKIRA』という物語の時代設定に同期して行われることも、運命的である。しかも最新映像技術に適合させた「『AKIRA』新アニメ化プロジェクト」も進行中だという。その前哨戦としても、今回の最高スペックによる再現は意味が大きい。

画も音も、あらゆる点でマンパワーを結集し、破壊と再生を表裏一体として描いた映画『AKIRA』は、こうして現在進行形で現実世界を活性化しつつある。作品の外へ飛び出て、時代と国境を越えて拡がる「AKIRAワールド」は、世界と人生を豊かに変革するエネルギーの坩堝なのである。(文中敬称略)

やがて決戦を迎える金田と鉄雄。超能力を題材にした近未来SFでありながら、物語は彼ら幼馴染み2人の友情を軸に、世界の破壊と再生を描く熱いヒューマン・ドラマでもある
[c]1988マッシュルーム/アキラ製作委員会

(Movie Walker・文/氷川竜介【DVD&動画配信でーた】)

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