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カテゴライズなんて無意味!"個人の生と性"に目を向ける時代へ/キレイな人の脳内 #2 小原ブラス

  • 2020.5.15
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ーー透き通るようなブルーアイと肌がキレイですが、美容面と健康面で気をつけていることは?

本当は大御所女優さんのように「これといって何もしていません」と言いたいですが、気取っていると思われそうなので(笑)、僕なりに行き着いた肌ケアについてお答えします。僕はちょっとしたことですぐにニキビが出来たり荒れやすい肌質なのですが、色々試した結果行き着いたのは「やらなさすぎない。やりすぎない」です。肌荒れに悩んでいた時期には、高級化粧品を買ってあらゆるケアを繰り返しましたが改善せず、あえて水で洗うだけで何もしないという肌断食も試しましたがそれもダメ。結局今は洗顔後には、保湿クリームを塗るだけというケア方法で落ち着きました。

ですが、どんな肌ケアよりも肌に良い影響を与えたのは睡眠です。毎晩スマートウォッチをつけて寝て、睡眠時間を記録していますが、「深い睡眠」時間が長く計測できる時は本当に肌の調子がいいのです。長く寝てもお酒を飲んだ日の睡眠は「深い睡眠」が少ない。自分なりにどんな寝方をしたら深い睡眠ができるのかをあれこれ試して、「深い睡眠」の時間を確保することを意識しています。あと、ビタミン豊富な食事が大切だとよく言われますが、僕の場合はタンパク質が大事でした。肌の調子を整えるのはビタミンと言われますが、肌を作るのはタンパク質。もともと筋トレのために高タンパクな食事をとるようになったのですが、そうすると深い睡眠もよくできるし、肌の調子が良くなってきたのをみるみる感じました。タンパク質なくしてはビタミンも無力だということですね。

2019年の夏からパーソナルトレーニングジムに通っています。それまで筋トレやスポーツとは縁がなく、当時の体重は58キロ。174センチの成人男性としては痩せすぎな体型だったこともあり、近所の子供たちに「白河童」とあだ名をつけられてしまいました(笑)。毎朝起き上がる時も筋力がなかったせいか「どっこいしょ」と言っていたのを覚えています。これではダメだと思ったのがきっかけとなり、体重を増やすことを目的に主に筋力トレーニングをしています。今では体重も10キロ以上増え、信じられないくらいに体が軽くなりましたよ。トレーナーにはヨガなどと併用することで、筋トレの効率化につながるとアドバイスをいただいているので、ヨガにもトライしてみたいですね。

ーー「ロシア系関西人」は5歳の時に日本に移住したそうですね?

僕が生まれたのは、ソ連が崩壊して半年後のことでした。まさに経済も社会も崩壊し国中が混乱に陥っていた時期です。国の崩壊がきっかけとなり、多くの家庭が崩壊しました。僕のロシアの家族もその例外ではありません。経済的に窮地に立った時、ロシア人の母と父の考えは一致せず、それがきっかけで離婚をしました。崩壊をしたばかりの国で(僕を引き取った母が)シングルマザーとして子供を育てることがどれほど大変なことかーー想像してみて下さい。本当に並大抵のことじゃないんです。母は僕を祖父母に預け、半年間の出稼ぎのために日本に行きました。そして一人で旅立って行った母は、日本の男性と二人でロシアに帰ってきました。それが僕の新しい父親だったわけです。

ーー「小原ブラス」を名乗るようになった経緯は?

「КРАСУЦКИЙ-ИВАНОВ / ВЛАС ЛЕОНИДОВИЧ (クラスツキーイヴァノフ / ヴラス レオニドヴィッチ)」。僕のロシアのパスポートに書いてある名前はこちらです。長いですよね。僕も12歳になるまでこの名前を自分で覚えることが出来ませんでした。日本の学校に通い生活する上で、この名前を使うのは少し大変だろうということで、日本の父が僕を養子にした時に役所へ通称を届け、日本国内での本名は「小原ブラス」になりました。小原は新しい父の苗字、ブラスは日本語でも発音ができるようにロシアの下の名前の「ヴラス」を「ブラス」に変えただけのものです。

小原ブラス
1992年4月20日、ロシア・ハバロフスクにてヴラス・レオニドヴィッチ・クラスツキーイヴァノフ、後の 小原ブラス が誕生。大きなブルーアイが可愛らしい幼少期の姿。

ーー「自分はロシア人だな」または「関西人だな」と思う時は?

正直日本に居て、あまり自分のことをロシア人だと思うことはありません。でもたまに、ロシアに行った時「あ、僕はロシア人なんだ」と思うことがあります。それはロシアのウォッカのつまみを食べた時に「うまい!!」と思ってしまうことです。ロシア料理といえばピロシキやボルシチが有名で、日本人の口もよく合いますが、ウォッカのツマミとして発展してきたセリョートカ(ニシンの塩漬け)やサーロ(豚バラ肉の冷凍塩漬け)のような食べ物はクセが強くて日本人には不人気です。それを「うまい!!うまい!!」と連呼しながら食べてしまう時にはロシアの血が騒いでいるような気がします。

関西人と思う時は、何か話したいことを語って照れ臭くなるとつい「知らんけど」と付け加えてしまう所ですね。よく関西人の「知らんけど」は「今話したことに対しては、何も責任をとりませんよ」という意味だと言われますが、どちらかというと真剣に語ってしまったことがちょっぴり恥ずかしくなり照れ隠しの要素が強いのではないかと思います…「知らんけど」(笑)。

“日本人”ではなく敢えて“関西人”なのは、僕の国籍はロシアで、日本には永住権を持っているからです。日本人になるには日本の国籍を取得しなければなりませんが、関西人を名乗ってもいい条件は法律で決まっていませんからね。僕は関西人と名乗れる条件はなんとなく満たしている自信があります。

ーーこれまでで一番嬉しかったエピソードは?

これから経済を立て直そうとする国・ロシアから、経済的に発展し尽くした日本に来た僕にとっては何もかもが楽しかったことを記憶しています。来日当時6歳の僕は言葉が分からず友達もいなければ、テレビをつけても何を話しているのかが分からない。言葉が分からなくても楽しめたのは、東京ディズニーランドを紹介する映像が入ったビデオ。そのビデオを毎日見ていました。そしてある日、僕がそのビデオばかりを見ていることに気づいた父が「今から行こう」と言い、そのまま新幹線で姫路から東京へ連れていってくれたのをよく覚えています。

もちろんディズニーランドはすごく楽しかったけど、それよりもよく覚えているのは、ディズニーランドの帰りに父に「パパって呼んでね」と言われたこと。日本に来て間もなかった頃、僕は新しい父をいつも下の名前「カズ」と呼んでいたのです。いきなり「この人が今日からパパだからね」と言われても子供にとっては簡単なことではないですからね。父もなかなか「パパ」と呼んでもらえないことに悩んでいたのでしょう。その「パパと呼んでね」という言葉は僕にとっては嬉しくもあり、なんだか安心できる言葉でもありました。6歳のその記憶を今でもよく覚えているのは、それだけ“衝撃的”だったからでしょうね。僕は「カズ」とディズニーランドへ行き、「パパ」と帰ってきた訳です。

小原ブラス
日本に移住後、小学生の時。日本のランドセルがどこかオシャレに見える。この頃には日本語も上達し、友達もでき始めた。

ーー人生で一番辛かったエピソードは?

実はつい最近なのですが、ゲイだと母にカミングアウトをした時です。カミングアウトをしたというよりも、バレてしまったと言うべきなのでしょうか。もともと僕は周りの知り合いや、メディアなどで隠さず自分のセクシャリティをオープンにしていましたが、家族にだけには伝えていませんでした。伝えるべきだとは思っていたのですが、どう伝えていいか分からずズルズルと時間が経ったのです。たまたま僕がテレビで好きな男性のタイプの話をしているのを見た母から電話がきて、伝えたのが所謂僕のカミングアウトになるのですが、その時にただただ母は泣いていました。否定も肯定もせず、言葉を失ってただ泣いている母の声を聞くのは、間違いなく人生で1番辛い時間でした。テレビで話しているのを見られるよりも前に、しっかりと向き合って話すべきだったと今では思っています。

ーー ゲイということで自身のSNSにレインボーマークをつけていますが、よく考えると大半のいわゆる“ストレート”の人は特にマークをつけませんよね。そのマークを敢えてつける“意味”は?

今あのマークをつけているのは「どんな女性がタイプですか?」とか「彼女はいますか?」とか、「(ピロシキーズの)相方のアレちゃんとは付き合ってるんですか?」という質問がくるたびに「僕はゲイなんです」と答えることに疲れたからです。だから、僕があのマークを出すことの意味、それは「ゲイです」ということをアピールするよりも「それを言わせないでくれ」の方が大きいかもしれません。僕がゲイであることに誰も驚かず、誰も“不必要に”興味を持たなくなれば、すぐにでも外して、自分にとって当たり前にゲイでありたいです。いつか、SNSに載せているあのレインボーマークが取れるような世界になるといいなと思っています。

ーー最近はジェンダーが複雑化したり、”アイデンティティ”の確立がより求められる風潮があると感じます。それ以前に「小原ブラス」という一人の人間として何ができると思いますか?

今の日本では「LGBTQに配慮するべきだ」という言葉をよく聞きますが、必要なのは配慮というよりも、当たり前に接することだと思います。そもそも、LGBTで誰がレズビアンで、誰がゲイでとカテゴライズをする必要も本来はありません。というより不可能です。性は流動的で、明日は誰を好きになるかなんて分からないのですから。人もそうです。アイデンティティ は常に流動し、個人は常に変わります。生まれながらにして、人種、民族、国籍、性別等の様々な枠に振り分けられ、そして生きていく中で数えきれない流動するアイデンティティが加わる。それがまるで1つの分子構造のパズルのように組み合わさり、1人の個人として存在しているように思います。

皆は僕が「関西弁を喋るロシア人、そしてゲイ」という点に注目をするけど、よく考えたらロシア人なんて世界には1.5億人いるし、関西人は2000万人います。同性愛者も世界人口の5〜10%いると言われます。その組み合わせが珍しいから注目されるのかもしれないけど、1つ1つを紐解いていくとなにも珍しくはありません。そして誰でもアイデンティティを組み合わせたら珍しい人なのです。相手をよく見て、よく話したら誰でも「変な人だな」と思えるポイントは持ってるものですよ。

ロシア人として立派である前に、関西人として立派である前に、男として立派である前に、人として立派であることを目指せば、それで良いんじゃないの?そんなことを身をもって伝えていけたらいいなと思っています。

ーー仕事柄 SNS は発信ツールとして欠かせないと思いますが、言葉ひとつで攻撃の対象にもなってしまいます。そのあたりどう考えていますか?

ただの嫌がらせや、容姿に対する罵りは、僕にかまってほしいだけなのだと思うとそんなに辛くはありません。以前もツイートしたのですが、「好きな人に言われたら悲しいけど、好きではない人に言われてもなんとも思いません。僕をまずは惚れさせてみろよ」と思っています。

それよりも、残念だなという気持ちになることが多いのは、これまでの僕の発言や行動に対して、注意ではなく人格を否定して批判をしてくる人達です。彼らの多くは、僕の発言でAともBともとれることをわざわざ悪く捉え、悪いように解釈をしていることが本当に多いなと感じます。例えば道を歩いていて犬のフンが落ちていたら、普通はそれを跨いで、すぐに忘れて前へ進みますよね。でも彼らはそのフンをわざわざ手にとって、臭いを嗅いで、顔に擦り付けて「あー臭い!」と言って大騒ぎをするのです。

発信者が人を傷つけないようにするのはとても大事なことだと思います。と同時に、世界には本当に多くの人がいて、インターネットが発達するとともに、その多くの考えに触れることができる時代になりました。受け取り側も自分にとってのネガティブな情報があった場合に、それをわざわざ自分の人生に取り込んで傷つこうとしないことも大切だと言うことを学ぶ時期にあるのかもしれません。

ーーパンデミックの発生以降、ウイルスという目に見えない“敵”により外出制限されたり、仕事を失う人が出るなどこれまでの生活は一変してしまいました。今後の世の中はどうなると思いますか?

この情報社会の新時代では、ウイルス感染によるパンデミックをはるかに凌ぐスピードで、むしろ「恐怖」そのものがパンデミック化していったように感じます。もちろん、ウイルスや経済危機によって多くの命が失われることを考えると今回のパンデミックは本当に悲しいのですが、今は少し前向きに捉えています。というのも、家で自粛をすることで、家族と話したり1人の時間を過ごすことで、自分のプライベートな時間、つまり個人の幸せのために生きている時間を見つめ直すことができたのではないかと思うからです。

今までの時代は国と国が、人と人が複雑に絡み合い、絶対に止めることのできない社会の流れにただただ身をまかせる他にありませんでした。そして、誰もがそれを止めることが出来ないと信じていました。でも、この小さな目に見えないウイルスはいとも簡単に、多くの物事をストップさせました。多くの人は「あ、なんだ止めれるんじゃん」ということに気がついたと思います。今まで生きるために働いていると信じていたけど、むしろ働くために生きていたのではないかということに多くの人が気がついたと思います。働くためにお金を稼ぎ、働くために車を買って、働くためにガソリンを買っていたんだと。

でも、それって本当に必要なのかな?家にいて、最小限の少ない物でも幸せになれるじゃないか。僕の結婚相手はこんなこと考える人だったんだ、子供はこんなことで笑ってくれるんだ、今までお金を沢山稼いで、多くの人に羨ましがられることが幸せだと思っていたけど、幸せってそんなことじゃないのかもしれないな。そんなことに多くの人が気がついたのではないでしょうか。アフターコロナがどうなるか、僕には分かりませんが、コロナをきっかけに1人1人が自分だけのオリジナルの幸せに目を向け、それを追い求めることができるような社会に変化していくことを強く願っています。

最後にもう一言。

「皆一緒だよ」とか「あなただけじゃない」という言葉で人を慰める人がよくいますが、私と同じ人が世界中どこを探してもいないように、あなたと同じ人はいないはずです。人は1人で生まれ、1人で死ぬとても孤独な生き物。でも、孤独であることは皆の共通点です。自分を自分以上に愛せる人はいません。誰かに立派な人と言われる必要もなければ、認められなくてもいい。自分が愛せる自分になりたいな。最近僕はそんなことを考えています。

Profile:小原ブラス(こばら・ぶらす)

小原ブラス
小原ブラス

1992年4月20日、ロシア連邦ハバロフスク市生まれ、兵庫県姫路市育ち。コラムニスト、タレント。TOKYO MX「5時に夢中」水曜 黒船特派員、フジテレビ「アウト×デラックス」等出演TV番組多数。2018年1月より産経デジタル ZAKZAK「外国人がみるニッポン」連載中。また同年12月よりロシア人で大阪育ちのモデル/タレントの中庭アレクサンドラとのユニット「ピロシキーズ」でユーチューバーとしても活動中。

ライター/横山正美
ビューティエディター/ライター/翻訳。「流行通信」の美容編集を経てフリーに。外資系化粧品会社の翻訳を手がける傍ら、「VOGUE JAPAN」「etRouge」(日経BP)「NikkeiLUXE」等のメディアでセレブリティインタビューを始めビューティ関連の執筆活動中。

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