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糸島・地域に暮らす人のための365日を愛おしむ“こよみ”

  • 2015.4.19
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今月は、福岡県糸島市にお邪魔しています。連載タイトルである「暮らしと、旅と…」をそのままに体現できる産直市場をめぐり、お土産をたんまりと買い込んでしまいました。そこで、漬物や野菜の生産者・川上ハルエさんに出会い、一緒に自宅の納屋にあるアトリエ(農作業所)へ。漬物を漬けたり、加工食品の試作をしたり、出荷用の里芋の皮をむいたりするアトリエは、まるで実験室のよう。1年で順繰りとやることが決まっていて忙しいというハルエさん。壁にかかっていた日めくりカレンダーをぱらぱらとめくりはじめ「そろそろキュウリの種まきせんにゃいかんの〜」とつぶやきました。

糸島に来る前に、すでに「糸島こよみ」について予習をしてきていた私。「これ、『糸島こよみ』ですね」と、知ったかぶり。そんな私にぱらぱらとこよみをめくり、中から1ページを見せてくれたハルエさん。なんと、ハルエさんがこのこよみに登場している“ハルエおばあちゃん”ご本人だということがここで判明!失礼しました。「面白いでしょう? 90近いおばあちゃんの話を一生懸命聞いてくれてこうやって載せてくれるの。嬉しいねえ」。漬物の仕込む順序を教えてくれるときのしゃきしゃきとした語り口から一転、目を細めてにこやかな表情になりました。切り取ったこよみは、大切にとっておくというハルエさん。また来年もめくるのが楽しみなのよ、と言っていました。

糸島こよみとは、こよみの成り立ちを考えたうえで、自然のリズムや地域の暮らしに沿ったこよみを作ろうと有志が集まって完成した糸島ならではの地域ごよみのこと。2013年から作り始め、メンバーの中に印刷物のプロは誰もいないのに、無事に2年制作することができました。現在11名で構成されたこよみ作りのメンバー「糸島こよみ舎」は月に1回ミーティングをしており、2016年版の入稿を目前に控え進捗状況を報告しあいます。この日はメンバーのうちの6名が集まりました。 メンバーはほぼ全員が農作業がベースの暮らしをしていて、自然のリズムに沿った暮らしの重要性を感じています。自然農で野菜や米を育てているということもあって、植物の成長とこよみの関係性をしっかりと感じているそう。また、こよみに使われている紙は九州の竹を原料にして作られた竹紙で、2015年版の木の土台はすべて糸島産の杉の間伐材で作られています。身近なところから調達した資源を使うことに、こよみを作る上での方針と同じ、自然の循環を感じられますね。

1日1枚の話題を365日分、ひとり1枚ずつ担当していく日めくりカレンダーなので11人でも1人の受け持ち分は膨大な量です。特に、歴史にかかわる内容は慎重に、すでにある情報を鵜呑みにせず、いくつもの資料を読み込んだり、実際に取材をしたり……まるで、ライターさながらの仕事ぶり。1枚分を書くにも、その日やその時期に関連したものでなくてはこよみの意味がありません。書きたい日や、書きたいネタをインターネットの共有データ上にある進行表に各自入れて重複をしないような仕組みにしています。

今回の制作にあたって「大人だけではなく子どもも目にするので、どんな風に書いたらちゃんと伝わる記事になるのかと書き方を考えるようになりました」というのは、メンバーのひとり、古賀麻紀子さん。昨年は糸島に住んでいる人たちの仕事を知りたいと、それをテーマにいろんな職業の人たちの1年を取材して回りました。養蜂家、猟師、海苔作り職人など、それを生業にしている人から、副業にしている人までいろいろと。お話を伺い、糸島の多様性に触れ、個性のある人や生き物が共生することで調和がとれ、循環する暮らしが営めていることを実感したそうです。「自然の豊かさがそこにあれば、人の気持ちも豊かになりますね」と古賀さん。

他にもこよみに関わることで、糸島のことをいろんな角度から見ることができるようになり、暮らし方が変わったというメンバーも。暮らし方が変わる現象のひとつとしては、時季になると咲く花の色や耳に入ってくる鳥の声が変わっていくといった自然の移り変わりに敏感になる、といいます。そのことからより地域の自然の豊かさを感じることができるようになるのでしょう。 糸島こよみ舎の中心人物、村上研二さんと一緒に、彼の畑を見に行ってみました。自宅の敷地内にはトマトの苗をはじめ、前年にとった種から育てた各種野菜や花などが並んでいます。村上さんは、”桜が咲くとシソの芽がでるから野菜の種を撒く”など、これまで体で覚えていた植物の習性、自然のリズムがこよみをめくることで、よりわかりやすくなってきたといいます。また、気温の変化が激しい春先に、心身ともに元気に過ごすにはどうしたらよいか、という気づきにもつながっているそうです。

村上さんの作る農作物は、以前は産直市場でも売られていましたが、今は多品種を少量ずつ、土地にあうものを探して育てていくことにし、家族が食べられる範囲の農業に切り替えています。畑に生える雑草がすらも植物の成長に必要なものという自然農を実践し、少しだけ人間のできることで土に関わっていく。四季や植物の仕組みを熟知し、そこにあるものの許容範囲を超えるものを求めない、という生き方を貫いている村上さん。糸島こよみは、そんな彼の“暮らしの羅針盤”のような存在でもあるようです。

糸島こよみ舎のメンバーで写真を撮りたいとリクエストしたら、糸島におけるこよみの始まりの場所を指定されました。平原歴史公園内にある遺跡、王墓の場所から見て遠くに見える日向峠のくぼみの間から日が昇る日を、稲刈りを始める目安とされていたそう。記念すべき王墓の前で日向峠を眺めながら、ハイ、パチリ。歴史好きならおすすめの場所、といわれた平原歴史公園は居心地がよく、疲れたときにほっとできそうな場所でした。 「魏志倭人伝」によると、糸島は、弥生時代に「伊都国(いとこく)」として栄えた場所で、邪馬台国ではないかという説もあります。糸島こよみ舎のみなさんが立っている後ろにある平原王墓の主は、実は卑弥呼では、という説もあります。弥生時代の始まりを示す志度支石墓群も残って縄文遺跡も出土していることから、縄文人と弥生人が共生していた土地では、といわれています。パワースポットとされているような場所もいくつかあるということで、何だかミステリアスなムードも漂います。

糸島こよみを1枚めくると、昨日車で何度も通りすぎていた場所の名前が目に留まりました。「初」までが海だったのか…...と知ると不思議な気持ちになります。祭りをとりあげているページに書かれていた神社にも立ち寄っており、旅行者にとっても糸島をめぐる羅針盤のような存在になりそう。興味のある人は糸島への旅行前に購入して予習してもよいかも。 それにしても、足を運んだカフェやレストラン、工房など、どこにでも壁にかかっていたこの糸島こよみ、既に地域の人たちの暮らしに寄り添っているようです。「生姜は田植えの音を聞いて芽がでるけんね」という5月15日のハルエさんの言葉などに、ふだんあまり気にとめない生姜の成長を感じられるのだから。その日にふと目にした言葉は、脈々と続く“暮らしの歴史”のなかで生まれてきた言葉かもしれない、そう思うと1枚1枚が愛おしい。ハルエさんはそんな気持ちで切り取ったページを捨てないでとっておいていたのかな……。

次回は、糸島こよみを販売しているお店のひとつ「糸島くらし×ここのき」を訪ね、糸島の間伐材を使った商品開発のお話を伺います。お楽しみに。

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