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第55話「まだ恋に駆け引きは邪道とかいってるの?」

  • 2020.4.24
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【読むだけでモテる恋愛小説55話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが甘えた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。

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フランソア喫茶室には音楽がながれていた。

クラシックの曲調は、白い壁や、赤い布ばりの椅子、テーブル上のカップのすきまを抜けて、私たちの席にもやってきた。約束のあとで、デートまでに、どんなLINEをすればドタキャンされないか教わっているところだった。

「デートは、当日、相手の顔をみるまで気をぬかないこと」ベニコさんはブラックスーツだった。ぽっちゃり体型ながら、ワンカールした黒髪、欧米風メイク。あいかわらずアメリカンドラマのキャリアウーマンという感じだった。「これは万有引力と同じくらい絶対のルール。ゆえにデートまでの恋愛認知学のLINEメソッドは〝そのデートを実現させること〟だけを目的にしている。つまりはドタキャンをさける作業ね」

「さっきの〝チューニングLINE〟ですよね」私はいった。「当日まで、ちょくちょく雑談をしてテンションを保つみたいな」

ベニコさんは珈琲を飲みながらうなずいた。カップを置くと、むっちりした足を組みかえた。大人の仕草という感じだった。

「パンケーキちゃん」ベニコさんは赤い唇をうごかした。「パー」

「は? パー?」私はむっとした。「私の頭がくるくるバーってことですか?」

「被害妄想という名のパンケーキ」

「それ、ひどくないですか?」

「ひとつ教えてあげる」ベニコさんはいった。「被害妄想を卒業したときから、女は大人になるのよ。私はたんにパーをだしなさいと言っただけ」

あ、そういうことか、と意味がわからないまま右手をだした。するとベニコさんはチョキをだした。ベニコさんのチョキ──ハサミはなんでも切り裂けそうだった。

「てか、後出しですよ」

「恋愛に先攻も後攻もないわ。ただ勝ちと負けがあるだけよ」ベニコさんは首をふった。その二本指をしめした。「デートを実現させるLINEメソッドは全部でふたつある。さっきの〝チューニングLINE〟の他に〝ホールドLINE〟を教えてあげる」

「ホールドLINE?」私は眉をよせた。右手はパーのまま固まっていた。

「最後の最後で、デートを確実なものにするメソッドよ」ベニコさんはうなずいた。「デートの前日や二日前に〝明日時間どおり行けそうです〟〝中央改札にしましょうか〟〝仕事のせいで十分くらい遅れるかも〟といったLINEを送るの。リマインドするわけね。コツは、デートが行われるのは当然という体で──そもそも約束したわけだから──その待ち合わせ方法をさらりと確認や修正すること」

「なんか当たり前の気もしますけど。それって、どんな効果があるんです?」

「念押しよ」ベニコさんはいった。「良くも悪くも〝やはり開催されるんだな〟と感じさせること。このLINEをデートにこぎつけるまでのマラソンだとしたら、ゴール直前で、相手の胸ぐらをカツアゲするみたいにホールドして、当日の、待ち合わせ場所に引きずり出すのよ」

「なんか物騒な例えですね」

「あら物騒もロマンスよ」ベニコさんはにやりと笑った。「モテる女は負けないし、男をホールドできる女は勝つわ」

私は鞄からピーチミントをとりだして一粒がりっと噛んだ。

いままで、デート当日まで、どうLINEをすればいいかわからなかった。というかLINEした方がいいのかすらわからなかった。いつもスマホをにらんで、真夜中に、下鴨神社境内の糺の森に迷いこんだ不思議の国のパンケーキ女みたいな状況だった。

けれどベニコさんに教えてもらうと一気に視界がクリアになった。デート当日までは〝チューニングLINE〟をしてテンションを保ちながら、前日や、二日前に〝ホールドLINE〟で確定させればいい──さすが恋愛認知学。

とはいえ〝わかる〟のと〝できる〟のは大きく違う。いざ実践することを考えると不安だった。上手くやれるんだろうか。失敗して、テラサキさんに嫌われて、デートを逃すことだってあるんじゃないかな。そう考えると背筋が寒くなった。脳がパンクしそうになる。

「ていうかですけど」私はへらっと笑った。「ここまでメソッドを使う必要ってあるんですか?」

恋愛認知学のメソッドを使うと有利なのはわかります。でも、なんていうか、どこまでも計算してLINEしたりデートしたりって──ガチすぎません?」

ベニコさんは珈琲を飲んだ。その目はしっかり私を見ていた。

一度喋りはじめると、京都市をつらぬく鴨川の流れのように止まらなかった。「ほら、いまだって、テラサキさんとLINEできてるし──正直ドキドキします。ここで〝チューニングLINE〟や〝ホールドLINE〟を使ってもいいと思います。でも、そんなことを考えずに楽しむのも悪くないんじゃないですか? ある程度どうするかもわかったし。どうやって男性を口説こうかとか考えるのって、ほら──」

「恋愛に駆け引きは邪道?」

私はおどろいて顔をあげた。ベニコさんは笑っていた。その表情は自信に満ちていた。ルージュの印象的な唇がうごいた。「パンケーキちゃんの考えそうなことね」

「ミホです」私はむっとした。「一意見ていうか。考えずに恋愛を楽しむのだって大事なことでしょう?」

「ノン」ベニコさん首をふった。「たしかに、恋愛に駆け引きなんか必要ない、コミュニケーションを計算するのは邪道だ、そんなもので引っかかる男は大したことがない、恋愛を楽しめばいいだけ──こういう意見を持つ女もいるわ」

「そう、それです」私はうなずいた。

「だから、あんたはパンケーキ女なのよ」

「二回言われた」

「何回だって言ってあげる」ベニコさんは言った。「そのホイップクリームのつまった頭で考えなさい。まずは〝恋愛に駆け引きは邪道〟だと語る女を観察することね」

「はい? どういうことです?」

「いい?」ベニコさんはひとさし指をたてた。「彼女たちは〝男に不自由しない女たち〟なのよ。連絡して遊べる男もいる。新しい男からの誘いもある。なにより男とのコミュニケーションを楽しめるスキルがある。そりゃ彼女たちにすれば恋愛に駆け引きは不要でしょう。そんなことしなくても美味しい恋愛ができるんだから──わかる?」

「私とは違うってことですか」私はむっとした。

「少なくともLINEの一通で永遠に悩んだりしないわね」

「ううう、めっちゃ刺さる」私は胸をおさえた。「私は不自由してるパンケーキなんですね?」

「かもね」ベニコさんは髪をかきあげた。「あんたみたいなパンケーキ女が〝駆け引きのない素の自分で勝負〟とかいって突撃しても道端にホイップクリームをまき散らして死ぬだけよ」

「すごい光景」

「いい?」ベニコさんはひとさし指をたてた。「この〝男に不自由しない女たち〟の恋愛駆け引き不要論はあんたみたいなパンケーキ女を想定していないのよ。世のなかにはLINEの送り方や、デートの誘い方や、食事中、なにを喋ればいいかもわからなくて泣きだしたいくらい困ってる子もいるのにね」

その言葉にドクンと胸がゆれた。私のことだと思ったから。そうだ。私は男性を前に、本当に、恥ずかしいけど、どうしたらいいかわからないのだ。この歳になっても、いつだって泣きたいくらいになにもわからないでいる。

いままで教室や職場で〝男に不自由しない女たち〟を見てきた。みんな男子と緊張せずにしゃべれて、冗談を言って、恋人を作るのに困ったことはない、みたいな感じだった。コツをたずねても「え、普通に喋るだけだよ。男だからって気にしすぎじゃない?」といわれたりして、ますます恋愛下手を痛感するだけだった。

いつだって、胸の奥で、だれか恋愛のしかたを教えてほしい、と叫んでいた。

「断言するわ」ベニコさんはいった。「素で勝負できるのなんて生まれ持った人間だけ。私たちは学ぶことで愛される女になる。それを邪魔する言葉はあなたの人生に必要ないわ」

「なんか」私はぽつりといった。「邪道っていうか、王道って感じですね」

「いえ──恋愛認知学が絶対の正解だとは思わないわ」ベニコさんは首をふった。「ただ恋愛初心者の参考にはなるはずよ。形から入ることができる教科書みたいにね。学びさえすれば、どんな男に対しても八十五点のアクションをとれるようになる。そこから自分なりのコミュニケーションを作ればいい。私はどうしても叶えたい恋があるというパンケーキちゃんに、その術を提供しているだけよ」

腕時計をみると夜の十時前──そろそろ閉店だった。私たちは会計をすませた。

ベニコさんはガラスのはめこまれた扉をあけた。夜の風が吹いた。「少なくとも、どんなことをしてでも恋を叶えようとすることが悪いはずないわ」

■今日の恋愛認知学メモ

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・【ホールドLINE】前日くらいに送って、しっかりデートを実現させる。

・【男に不自由しない女たち】男性と楽にコミュニケーションができる女性のこと。

・【恋愛駆け引き不要論】男に不自由しない女たちの主張。鵜呑みにする必要はない。自分の恋が叶うかだけが重要だから。

・どんなことをしても恋を叶えたい……!!

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