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河内タカの素顔の芸術家たち。エリスワース・ケリー

  • 2020.4.10
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This Month Artist: Ellsworth Kelly

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出典 andpremium.jp

Ellsworth Kelly / エリスワース・ケリー
1923 – 2015 / USA
No. 077

ニューヨーク州ニューバーグに生まれる。第二次世界大戦中にフランスに渡ったことがきっかけとなり、終戦後にパリに移り住みアート制作を行う。1954年にアメリカへ戻り、1956年にニューヨークのベティ・パーソンズ画廊で初の個展を開催。1966年にはアメリカを代表してヴェネツィア・ビエンナーレに参加した。形態と色彩からなる絵画の基本的要素がもたらす視覚的効果を生涯に渡って追求し、絵画だけでなく彫刻やドローイングや写真作品を残したが、本文に登場するテキサス州オースティンのチャペルが遺作となった。

形と色彩による視覚的効果を追求したアーティスト エリスワース・ケリー

「私がこれまで見てきたものすべてが自分の作品になってきた。そして、それはまったくそのままの状態でなければならなかったし、なにを加えてもいけなかったのだ」

「ハードエッジ」と呼ばれる抽象画スタイルで知られるエリスワース・ケリーはアメリカのアーティストなのですが、第二次世界大戦中に兵士としてフランスに送り込まれ、戦争が終わると「G.I. Bill(退役軍人をサポートするための援助)」を受ける権利を得たことで、再びパリに舞い戻り、月々の給付金を受けながらアート制作を行っていました。

20代後半で異国の街へ移り住んだ、まだアーティストとして駆け出しのケリーは、自分のスタイルを生み出すために、フォルムや色彩についての試行錯誤を行っていました。そして、ピカソやマティスに影響された具象画から、次第に自分の代名詞ともなる独特の抽象スタイルを切り開いていくことになります。

1954年、彼がパリから帰国した時のニューヨークでは、ジャクソン・ポロックやフランツ・クライン、ウィレム・デ・クーニングといった画家たちによる猛々しいアクションペインティングや抽象表現主義が隆盛を極めていました。しかし、ケリーはそういったシーンから一定の距離を置き、異なる色彩の対比を意識したクールなハードエッジ・スタイルを確立していったのです。

そもそもこの「ハードエッジ」とはなにかというと、フラットに塗られた色面によって輪郭を強調した絵画スタイルのことを指すのですが、この輪郭の素材としてケリーは、冒頭の彼の言葉にあるように、街で見かけた建物や階段の影、静物などの形状からの引用を行っていました。一方、それと並行して行っていたドローイングでは果物や花などをモチーフにして、まるでマティスを思わせるような繊細なドローイングを描いていたのが興味深いところです。

ケリーの視覚に対する探求はさらに続けられ、例えば、複数の単色で塗られた作品を組み合わせてみたり、扇型や緩く曲がった変形キャンバスを使ったりすることで、キャンバスそのものを作品として提示しました。それはいうなれば、絵画に描かれているモチーフを全部取り除き、単色に塗った絵を使っての視覚効果を狙ったものだったのです。

そのケリーが最晩年に手がけたことで話題になった建物が、テキサス大学オースティン校の敷地内に建てられたという「チャペル」です。チャペルといってもキリスト像や十字架があるわけではなく、ステンドグラスが施された白い建物に、自身のキャンバス作品といくつかの彫刻が置かれているだけという、まさにケリーらしさに満ちた簡潔な空間になっています。

ケリーは3年間にわたりこのプロジェクトに精力を注ぎ込んだものの、完成前の2015年の暮れに亡くなってしまいました。しかしその3年後に、彼の意志を受け継いだ者たちによって「チャペル」は完成されました。マティスに大きな影響を受けていたアーティストだっただけに、彼が設計と内装デザインを手がけたことで知られる南仏の「ロザリオ礼拝堂」のことはかなり意識したはずです。

完成した建物を見ることなくケリーが生涯を終えてしまったことは、建築家のフランク・ロイド・ライトがグッゲンハイム美術館を見ぬまま逝ってしまったことを思い起こしますが、テキサス州にはドナルド・ジャッドがマーファで作り上げた「チナティ財団」や、マーク・ロスコの絵画のみが展示してあるヒューストンの「ロスコ・チャペル」があり、そこにケリーが残してくれたこのチャペルが加わったことで、アートの巡礼地としてテキサスを訪れる人々をこれからも魅了していくのではないでしょうか。

Illustration: SANDER STUDIO

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出典 andpremium.jp

『Ellsworth Kelly: Austin』(Radius Books)エリスワース・ケリーが晩年、テキサス州オースティンのブラントン美術館に贈った「オースティン」。この作品の構想や図面、制作時の関連作品などを通じて、ケリーの作品づくりを深く知れる一冊。

文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した新刊『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版。

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