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単位と食事デート【彼氏の顔が覚えられません 第23話】

  • 2015.4.16
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先輩と話してる間に、履修届けのチェックを再び付け終え、もう決定ボタンを押してしまうことにする。単位を落とし、それでも進級はできた話を聞いて、気づいたからだった。いままでそういうことを一切考えず科目選びをしていたことに。

履修するからには、必ず単位はとらなきゃいけない、くらいに考えてしまっていた。べつに落としたって、来年また再履修すればいい。自由選択科目なら、諦めて別の科目で補うこともできる。まずは最後まで受けてみる。話はそれからだ。

そこで、悩みに悩んだ「文化人類学」という科目を履修登録することにした。2回ほど受けて、なんだか難しそうだけど、気になって仕方がなかったのだ。

決定ボタンを押し、履修科目確認画面に進む。登録する科目と、合計単位数が正しいことを3度、4度ほど入念に確認し、提出ボタンを押す。画面に「提出しました」の文字が出て、ようやく「ふう」と一息つく。

「お、登録終わった?」

登録を済ますまでずっとうなだれていた先輩が、顔を上げて言う。

「ええ、おかげさまで」

一応、先輩に対する感謝の気持ちを込めてみた。

「…じゃあイズミちゃん、夕飯でも食べに行かない?」

いきなり誘われる。

「えっ、夕飯、ですか」

「うん。あ、時間的にちょっと早いかな…でもまぁ、店探してるうちに7時ぐらいになんじゃないの…かな」

と言って先輩は腕時計を見ているが、そういう問題じゃない。

「ふたりで、ってことですか?」

「…あ、もしかして、誰かと食べる約束でもあった?」

「そんなことは」

ありません。ユイともカズヤとも別れた今、一緒に夕飯をとる相手なんていない。

「でも先輩、部活は?」

「…あ、ああ、べつにいいよ、行かなくても。部会のある日ってわけじゃないし…それに今、新入部員が多くて部室埋まっちゃってるしさ。ギターの練習なら家でもできるし…」先輩の台詞は理に適っているように思えた。けれど、なにやら違和感もある。台詞が説明っぽい、というか、言い訳っぽい。

わかった。これ、誘われてるんだ。デートに。

「いいですよ、行きましょう」

誘いに応じることにする。ブラウザを閉じ、先輩を見る。まだ見慣れない感じがする短い髪の彼を。

「えっ、マジ…?」

「マジですけど。まさか誘ったの、冗談ですか?」

「いや、ちょっと…断られるんじゃないかって思って…」

ふだん通り、たどたどしく言う。こんなに自信なさげなのに、急に告白したり、デートに誘ったり、変な先輩だ。男性としての魅力がこんなに乏しい人はなかなかいない。

けど、だからこそ。信頼できるし、いっしょにいて安心できるのかもしれない。

「行きましょう」

と言い、手を差し出す。「えっ」と先輩が言って、数秒。ためらいがちに、彼も手を伸ばす。私は、彼の中指一本だけをさっと握る。カズヤとは違って冷たい指。長いけど、細くて筋張っている。

単位のことが頭をよぎる。一年で履修した科目の単位は、確かにぜんぶ取れた。だけど、友達と恋人は。ユイとカズヤが科目だったとしたら、その単位は落としてしまった。何がいけなかったのか、どう改善すればいいのか。そもそも再履修できるのかどうか。やれたとしても、さらに悪い結果に終わりそうな気しかしない。

それでいいじゃないか。だったらまた、新しい科目を受けるまでだ。いま指を握っている先輩を、彼を新しい友達か、恋人に迎えてはどうか。

また失敗するかもしれないけど、それでいい。失敗は人生において大きな損失ではない。また新しい相手を見つけるための経験値として積み重なっていく。そうやって人は成長していくハズだ。

夜の街に繰り出す。先輩の指を握ったまま。

「イ、イズミちゃん…指一本、だけ…?」

「手、ちゃんと握ってほしいんですか」

「う、うん…できれば」

「ダメです、調子に乗らないでください」

「そ、そんなぁ…」

「だって私たち、恋人同士じゃないんですからね」

今は、まだ。

(つづく)

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(平原 学)

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