1. トップ
  2. 自分のジェンダーに悩む青年が“ハイヒールを履くまで”の物語『サタデーナイト・チャーチ-夢を歌う場所-』<山崎ナオコーラ映画連載>

自分のジェンダーに悩む青年が“ハイヒールを履くまで”の物語『サタデーナイト・チャーチ-夢を歌う場所-』<山崎ナオコーラ映画連載>

  • 2020.3.27
  • 193 views
『サタデーナイト・チャーチ-夢を歌う場所-』
(C)2016 Saturday Church Holding LLC ALL rights reserved.

【写真を見る】超美形な主人公のユリシーズを演じたルカ・カイン

山崎ナオコーラが映画をテーマに等身大でつづるエッセイ。第13回は、自分のジェンダーに悩む青年がトランスジェンダーの人々と出会い、自分が居るべき所を見いだしていく、ブロードウェイの若手俳優L・カイン主演のミュージカルヒューマンドラマ『サタデーナイト・チャーチ-夢を歌う場所-』(4月20日[月]よる7:30 WOWOWシネマ)を観る。

第13回『サタデーナイト・チャーチ-夢を歌う場所-』

5年ほど前、ほんの数回だけだが、教会の礼拝に出た。それは、流産と父の死が重なった頃のことで、喪失感にさいなまれ、何かしらの救いを求めて行ったのだった。

私はほぼ無宗教で生きていて、ときどき、それぞれの宗教の良さそうなところだけつまみ食いしている。正月は神社や寺を参り、旅先では教会やモスクを参拝する。

その中でも、キリスト教には馴染みがあるかもしれない。洗礼は受けていないが、小学生の頃、近所の教会でやっていた日曜礼拝に毎週通っていたので、聖書の話を結構知っており、主の祈りは暗唱できる。そして、14歳まで、寝る前にベッドの横でひざまずいてお祈りしていた。

14歳のある日、急に「神様はいない」という気分になって、祈るのを止めてしまった。そうして、大人になるにつれ、勉強や仕事などでどんどん忙しくなり、神様について考えなくなった。

その後、思考がどんどん合理的になっていった。私は、話し方が論理的で、非科学的なものを信じない。占いも霊も興味が持てない。雑誌の後ろについている占いも読まない。

しかし、流産をしたときに、自分で知らなかった自分が顔を出した。流産というのは珍しい現象ではなく、一定の割合で起こり、多くの場合は子どもの側の遺伝子に問題がある。だが、私は、自分の考えがコントロールできなくなった。「あのとき、祈っていれば良かったんじゃないか?」「妊娠中に持っていると良いとされている、あれを持っていれば良かったんじゃないか?」といった、非科学的なことが次々と頭の中に湧いてきて、止められないのだ。

 『サタデーナイト・チャーチ-夢を歌う場所-』
(C)2016 Saturday Church Holding LLC ALL rights reserved.

それで、教会に行きたい、神社へ行きたい、墓参りしたい、といったことを思い始め、実際に出かけた。意外な姿に、自分でもびっくりした。

教会に出かけたところで、ただ座っているだけで、他人と関わったり、悩みを吐露したりはしないのだが、じんわりと癒される感じはあった。

冬になり、クリスマス礼拝があった。参列者の多くは普段から通っている人のようで、挨拶し合っている。私は後ろの方の席の、隅っこにひとりで腰掛けた。

しばらくして、私の隣に座った人がいた。そうっと横を見ると、白髪混じりの長い髪を編み、大柄な体を派手な色のワンピースや網タイツで飾っている。そのとき、「たぶん、男性なのではないか」と私は思ってしまった。

すると、

「あ、○○さん、お久しぶりです」

と、その人に向かって、普通に声をかける人が来た。パーマをかけた真っ白い髪と、クリスマスらしいシックなツイードのジャケットを着た、小柄なおばあさんだった。

「あ、はい……。お久しぶりです」

髪の長い大柄な方は、かなり恥ずかしがり屋みたいで、小声で挨拶をボソボソ返している。

「まあ、まあ、何年ぶりかしら? お元気そうで何よりよ」

盗み聞きは良くないが隣にいるので二人の会話が耳に入ってきてしまう。どうやら、7、8年ぶりに教会に来たらしい。

おばあさんはいわゆる「雑談」をして、しばらくするとまた何やら教会の事務作業らしいことに戻った。

派手な格好も、たまにしか来ないことも、すべて受け入れられるところなんだな、誰でも来ていい場所で、事情を詳しく聞かれることもないんだな、と私は心を揺さぶられた。

その後、私は再び妊娠して体が大儀になり、生まれてからも子連れで行くのは難しく感じられ、礼拝は止めてしまった。

そして今、4歳と0歳の子どもと共に暮らしている。

育児エッセイを執筆する機会も多いのだが、二人の性別は特に書いていない。本人たちが大人になったときに、どのような性自認を持つかわからないので、私が今書く必要はないかな、と思ったからだ。それに、そもそも性別というのはゆるやかなもので、二つの種類で表現しない方が良い。

『サタデーナイト・チャーチ-夢を歌う場所-』は、「大きな映画」ではない。

こじんまりとしている。ストーリーの運び方も、主役の演技や歌い方も、ちょっとたどたどしい。

でも、リアリティにあふれ、ヴィジュアルがひたすら美しい。

主人公のユリシーズ(ルカ・カイン)がやけに美形で、顔だけで映画をもたそうとしているんじゃないか、と最初は思ったのだが、だんだんと、このたどたどしさが良くなってくる。

ユリシーズはハイヒールに憧れているのだが、家族はジェンダー軌範を大事にしており、ユリシーズのファッションを認めない。

居場所をなくしたユリシーズが、サタデーナイト・チャーチに出会い、ハイヒールを履くまでの物語だ。

LGBTQ +の当事者が集う場所として、サタデーナイト・チャーチはニューヨークのとある教会で実際に開かれているらしい。監督がサタデーナイト・チャーチでボランティアを務めていたことがあり、その経験が活きているという。

【写真を見る】超美形な主人公のユリシーズを演じたルカ・カイン
(C)2016 Saturday Church Holding LLC ALL rights reserved.

少年に、「家に帰れない」「体を売るしか生きる方法がない」と思わせる社会はおかしい。

もしかしたら、周囲も、本人も、「ゲイだから生きにくい」と考えてしまっているかもしれない。いや、違う。「こんな社会だから生きにくい」のだ。

社会は変わらなければならない。

宗教は、子どもを守り、豊かに育むことに本来の目的があるはずだ。大昔、その目的を達成する手段として、人間のカテゴライズや行動軌範が作られたのだと思う。

しかし、そのカテゴライズや軌範のせいで、「家に帰れない」「体を売るしか生きる方法がない」と子どもに思わせているのだ。本末転倒ではないか。

大昔は、少数の人を切り捨てることで、社会を維持しようとしたのだろう。

でも、現代は違う。

全員が幸せになれる時代だ。

子どもがいる親としても、「新しい時代を作らなければならない」と身が引き締まった。

山崎ナオコーラ

作家。1978年生まれ。『趣味で腹いっぱい』『リボンの男』、エッセイ『文豪お墓まいり記』『ブスの自信の持ち方』など。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。(ザテレビジョン)

元記事で読む