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DJ KOOインタビュー#3 「中居正広さんが『EZ DO DANCE!』を引き出してくれたんです」

  • 2020.3.9
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DJ KOOがDJ BLUEとともにプロデュースしたJ-POPのリミックスアルバム「オドレーJAPAN! ~歴代オドレルJ-POP日本代表~」が、3月4日に発売された。

【写真を見る】H Jungle with tに秘められた知られざるトライアルの数々を明かしたDJ KOO

今回、DJ KOOに全3回にわたるロングインタビューを敢行。第3弾となる今回は、伝説のプロジェクト・H Jungle with tの裏話や、バラエティー進出後の思いなどについて語ってもらった。

コンピレーションMIX CD『オドレーJAPAN! ~歴代オドレルJ-POP日本代表~』をプロデュースしたDJ KOO
KADOKAWA

H Jungle with t始動前の“草の根運動”とは?

――TRF時代の今だから話せる“失敗談”や、大変だったことなどはありますか?

DJ KOO:一番忙しかったのが1995年なんですよね。その時って、TRFでは「Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~」でレコード大賞を受賞した年で。

レコ大があって紅白歌合戦があって、ヴェルファーレ(※当時六本木にあったディスコ)のカウントダウンライブがあって、しかもそこにH Jungle with tがあったんですよ。H Jungle with tも紅白に出ていたので、1日の中で4カ所くらいリハーサルと本番があって…という大みそかでしたね。

その時ほど忙しいというか、時間無く秒単位で動いている時は無くて。そんな中で小室(哲哉)さんとはずっと一緒に動いていたんですけど、その時初めてほぼ全力で走っている小室さんを見ましたね(笑)。あの小室さんが全力で、僕の前を走っているというのは衝撃的でした。

H Jungle with tにしても、皆さんは「小室さんと浜田(雅功)さんが『HEY!HEY!HEY!』の中で口約束したことが具体化したんだろう」っていう感じなんですけど、そうじゃないんです。

「ジャングル」っていう音楽がイギリスで流行っていた時に、小室さんが「これはいい」って仰って、それからジャングルの曲をかけるイベントを隔週で、3カ月から半年くらいやっていたんです。

僕がずっとジャングルを流しているところに小室さんがシンセサイザーを持って来て、そこでアドリブでセッションしていくような。それがあってのH Jungle with tだったんですよ、実は。

――そうした地ならしというか、トライを経ての大ヒットだったんですね。

DJ KOO:そうですね。ドラムンベース、バングラビート、バングラマフィンとか、いろんなジャングルの種類の曲をトライして。もう東京中からジャングルのレコード買い集めてやってました。

小室さんもそのビートに載せてシンセでいろんなメロディーを弾いたりして、お客さんが盛り上がるという。そういうところを何カ月も経てH Jungle with tとして形になった感じですね。

「『WOW WAR TONIGHT』のコーラスはクラブで遊んでた普通の人たち」

【写真を見る】H Jungle with tに秘められた知られざるトライアルの数々を明かしたDJ KOO
KADOKAWA

DJ KOO:レコーディングに来た浜田さんがまたすごいんですよ。ブースに入って「ちょっと歌ってみましょうか」となった時、浜田さんは音が流れたら本番だと思われたみたいで、アタマから最後まで全力で歌っちゃって。

一応歌詞カードは用意しているんですけど、浜田さんは1曲全部(歌詞が)頭に入っていて歌詞も見ないんです。そしてその歌がもう、すごく良かったんですよ。

レコーディングのことを知っていたら、「ちょっと声慣らししてから~」とかなるじゃないですか。そういうことも無く最初から全力でやったら、小室さんが「これいいなぁ! ここの部分もっと思いっきり行っちゃっていいよ!『この野郎!』とかやっちゃっていいよ!」って指示されて。それで2テイク目やったら、もうOKです。

――それができるのはやはり、浜田さんの“本番力”の賜物なんでしょうか。

DJ KOO:やっぱりご自分の中でしっかり練習して、用意されてきたんじゃないですかね。もしかしたらレコーディングは練習せずに一発でやるものだと思っていたのかもしれないですけど(笑)。

あと、「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント」の秘話ですけど、小室さんがサビのコーラス部分を「ここはすごく親しみのあるコーラスにしたいから、みんなでコーラスしたいね」って仰って。

しかも「ちゃんとしたコーラス隊じゃない方がいい」っていうことで、僕がレコーディングの途中で六本木のクラブに行って、そこで踊ってたお客さんたちに「今から一緒にレコーディングしてくれない?」って声をかけたんです。

本当にその時たまたまクラブで踊って遊んでいる人たちにスタジオに来てもらって、みんなで「Wow WowWar~♪」ってやったのが、あの曲のコーラスです。みんな踊っていた勢いで楽しくやってくれたんで、あれだけのテンションになったんです。

「EZ DO DANCE!」の始まりは中居正広の無茶ぶり!

――2010年代の中頃からは、テレビにも精力的に出演されるようになりました。こちらもどういったきっかけで出演され始めたのでしょうか。

DJ KOO:もともとバラエティーとかはすごく好きだったんですけど、タイミングとしてはTRFの20周年を迎えた後なのかな?その頃から「しゃべくり007」とか、「アウト×デラックス」とか、「ナカイの窓」とかから声をかけていただくようになって。TRFではなかなか出せない部分だけど、バラエティーを通して自分を出していきたいと思って出るようになりましたね。

――以前番組などで「テレビの現場で結果を残されている芸人さんたちのすごさを肌で感じた」と語っておられましたが、中でも特にすごさを感じた芸人さんはどなたでしたか?

DJ KOO:いっぱいいるな~。最初の頃は、深夜にやった「しゃべくり007」に出た時に、いきなりホリケンさん(ネプチューン・堀内健)が僕に飛びついてきて、相撲を取り始めたんですよ。ぐちゃぐちゃな状態になったんですけど(笑)、その後、別番組のロケで一緒になった博多華丸・大吉さんから「あの時はどうなるかと思った」って言われましたね。

ホリケンさんが僕と相撲を取ったことで、「あ、DJ KOOってああいう風に絡んでいい人なんだ、イジっていい人なんだ」っていうのを、芸人さんに知らしめてくれたというか。そういう意味で、ホリケンさんにはすごく感謝していますね。

あとは、芸人さんじゃないですけどやっぱり中居(正広)さんですね。今でこそ「EZ DO DANCE!」がおなじみになっていますけど、それを引き出してくれたのは中居さんなんです。

「ナカイの窓」で100人の芸能人が集まるスペシャルに出させてもらった時、いきなり中居さんから「じゃあ、オープニングはDJ KOOさんのダンスから」とか言われて。

「え、そういうキャラじゃないのに…」と思いながらも、「ここで中居さんに言われたらやるしかないな」と思って、いきなりニュージャックスウィングのダンスを踊ったんです。それはウケなかったんですけど(笑)、そうしたら中居さんが「こんな空気になっちゃったじゃないですか! KOOさん、ちゃんと一言言って締めてくださいよ」って言われて。

そこでパッと浮かんだのが「EZ DO DANCE」で、そのまま言ったらドカンとウケたんです。それからは収録中事あるごとに「KOOさん一言どうぞ」って言われて、50発くらい「EZ DO DANCE!」をやってました(笑)。

鉄板ネタ「EZ DO DANCE!」誕生のきっかけを明かしたDJ KOO
KADOKAWA

――中居さんは、そうしたゲストの面白いところを引き出すのが本当に上手ですね(笑)。

DJ KOO:(笑)。だから、バラエティーやその他の番組に行く時は、すごく予習をしていったんですね。誰が出ていて、どういう番組でっていうのを細かく見ていって、妻と娘からも話を聞いて。やっぱり主婦代表と娘も当時は高校生だったので、いろんな情報を聞きながらノートにメモして、毎回収録に臨んでいました。

「バラエティーはチームワークなんだな」っていうのを現場ですごく感じたので、少しでも番組に寄り添うというか、自分もゲストで参加する上でそういう意識でやっていけば上手く番組に入っていけるかなと思ってやっていきましたね。

「横山裕くんは僕の食レポの師匠」

――バラエティー番組に出演された中で、ご自身で手ごたえを感じたのはどんな番組の企画でしたか?

DJ KOO:「うわっ!ダマサれた大賞」で天狗になった時ですかね(笑)。その時は東京から2時間以上バスに乗せられて、どこだかわからない森の中に連れて行かれたんです。

それで案内されたところに座って待っていたら、いきなりボビー(・オロゴン)が壁をドーンって突き破って出てきたんです。でも、僕はその時全然驚かなかったんですよ(笑)。ノーリアクションで。当たり前なんですけど、ドッキリって事前に全然聞かされていなくて。聞いていたらもうちょっとちゃんとリアクションを取れるんですけど(笑)。

そうしたら、今度は僕が天狗になって、壁を突き破ってノッチさんを驚かせる役をやることになって。「え~、聞いてないんだけど」と思いながら、顔を真っ赤に塗って天狗の鼻を付けて、体中ローションまみれになってすべり台から下りてくるという。「さすがにそれはナシだろう」と思ったんですよ。

その時すでに「DJ KOO仕事選ばないな」って世間から散々言われてましたし(笑)、「こんなことやっていいのかな?」とは思ったんですけど、バラエティーに出ている以上「やらない」というのはご法度だなと思って、やった上でカットしてもらおうと考えていたんですよ。

バラエティーで「腹を決めた」瞬間を明かしたDJ KOO
KADOKAWA

で、全身天狗の格好をして、セット裏を進んでいく時に、沢山のスタッフさんが見えるんですよ。僕より年上のおじいさんもいて、その人たちが深夜に面白いものを作るためにがんばってくれているんだと思ったら、そこで腹は決まりました。

この人たちの仕事を無駄にしちゃ駄目だと思いながら、全力で挑みましたね。それを見たスタッフさんたちが大笑いしてくれたので、踏み切って良かったなと思いました。「DJ KOO仕事選ばないな」って言われたら、「選ばないよ!」ってハッキリ言ってやります(笑)。

あと、(自分のポテンシャルを)開花させてもらったのが「ヒルナンデス!」のロケコーナーで。僕が食レポを最初にやったのが関ジャニ∞の横山(裕)くんのバス旅企画だったんですけど、そこで散々横山くんがツッコんだりイジったりてくれて。

今ではエイベックスの中で一番食レポが上手じゃないかってくらいになりましたけど(笑)、しっかり場数をこなさせてもらいましたね。僕のやることすべてをイジってくれる横山くんのことを、僕は “食レポの師匠”と呼んでますから。今の僕にとって欠かせない存在ですね。

Youtubeは「イエーイエーしか言ってない」!?

今年2月にYoutuberとしてデビューしたDJ KOO
KADOKAWA

――先月にはついにYoutuberとして“デビュー”されました。早速大物Youtuber・ラファエルさんともコラボされましたが、反響などはいかがですか?

DJ KOO:バラエティーを始めた頃のように、本当に手探りではありますけど、「自分が自由にやって楽しんでいる姿をみんなに見てもらう」っていうところがあるので、僕的にはテンション高く、モチベーション高くやっています。

ただ、回によってはずっと「イエーイエー!」しか言っていない時もあるので(笑)、とにかく見てもらった皆さんに元気になってもらいたいですね。ラファエルくんも面白くて、ガンガン突っ込んでくれるのでありがたいですね。

――テレビ、Youtube、音楽と幅広く活動されていますが、これからYoutubeをコンスタントに配信されていくとなると、今後の活動の割合としてはどのようになっていくのでしょうか?

DJ KOO:そこはもう、時間がある限り全部やっていきたいですね。番組に出させていただくと、いろんな方から刺激をもらって、「こういうことやりたいな」って思うこともありますし。そういう人との関わりで自分自身すごく向上できるし。

Youtubeでは、自分が見てきた「ゴジラ」や「落語」といったテーマも含めて、DJ生活40周年なんで新しいことにもチャレンジしていきたいですね。例えば家では一切料理をしたことがないんですけど、料理を作ってみるとか。

ちょうどこの間Youtubeで料理をやることになって。アシスタントの子に「何食べたい?」って聞いたら「麻婆豆腐」って言われたんですけど、全く知識が無いんで何から作っていいのかもわからなくて。片栗粉もフライパンにそのまま振りかけてましたからね(笑)。だんだん料理も覚えていきたいなと思います。

壮大な「DJ KOOフェス」構想を告白!

還暦に向けての野望も語ってくれたDJ KOO
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――Youtube以外にも、DJ活動40周年を迎えたKOOさんがこの先トライしてみたいことはありますか? 野望やプランなどあれば教えて下さい!

DJ KOO:やっぱり「DJ KOOフェス」みたいなことはやりたいですね。そこでこれまで関わってきたいろんなコンテンツの人たち、盆踊りもあれば、芸人さんや昔からのミュージシャン仲間もいて、今回参加してくれた先輩方も含めて、何かみんなが元気になれるようなイベントが出来たらうれしいですね。

2年後には還暦を迎えますけど、還暦の時には赤いちゃんちゃんこを着て、真っ赤なDJブースとセットでみんなが“プチャヘンザ“しているような感じで。もう赤だらけにしてガンガンやりたいですね。

――それでは最後に、アルバムを聞いていただく皆さんに改めてメッセージをお願いします!

DJ KOO:「オドレーJAPAN! ~歴代オドレルJ-POP日本代表~」ということで、このアルバムは聞いている皆さんが主役ですから。皆さんが元気になって、その元気がどんどんと活性化して、日本中が元気になることが僕は一番うれしいです。ぜひともこのアルバムで、皆さんの笑顔を世界に届けていただきたいと思います!(ザテレビジョン)

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