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江國香織、片岡義男、加賀まりこに学ぶ、ロマン溢れるデート3つ

  • 2019.12.25
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お寿司やBARに連れて行ってもらう。流行りのスポットに足を運んでみる。そんな定型プランも楽しいけれど、カップルの数だけ楽しいデートは存在する。数々のデートを重ねてきた編集者・藤田華子さんが、お気に入りの3冊の本から、憧れてやまないデートを紹介します。

「理想のデートは?」と聞かれることが、この連載を始めてから増えました。

お寿司やBARに連れて行ってもらうとか、流行りのスポットに足を運んでみるとか、そんな定型プランも楽しくはあるのだけど、人生に起こることってだいたい、解はひとつじゃありません。カップルの数だけ、楽しいデートは存在する。

今回は「デートに多様性を」と言い続けている私が憧れてやまないデート、そして実際にやってみたデートをご紹介します。

いずれも好きな作家さん、女優さんの本に出てくるワンシーン。
その物語の登場人物になることはできないけれど、自分でやってみることで、ちょっとだけその淡い世界に近づける気がするのです。

■『がらくた』江國香織

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本当のことを、まるで軽いシルクのようにサラッと書くところが魅力のひとつである江國さん。

ボーイフレンドって素敵よね。いるあいだはたのしいし、いなくなると気持ちいい。
『流しのしたの骨』, 江國香織著, 新潮社, 1999年

人生は考え抜くものじゃなく、生きるものなのよ
『思いわずらうことなく愉しく生きよ』, 江國香織著, 光文社, 2004年

待つのは苦しいが、待っていない時間よりずっと幸福だ
『東京タワー』, 江國香織著, 新潮社, 2006年

などなど。読書の目的はその時々によって違えど、私は江國さんの本を読むと、恐れ多くも“答え合わせ”をしている感覚になります。あちこちに散った魂が、帰ってくる場所はここだったのねと戻ってくる感じ。

さて、ここでご紹介したい作品が『がらくた』です。

45歳の翻訳家・柊子と15歳の美しい少女・美海、そして、大胆で不穏な夫。彼は女性からするとなかなかに厄介で、天性の魅力を持ち合わせ、女性たちを誘惑するんです。妻以外のガールフレンドや、無防備で大人びた美海を。裏表紙に書かれているとおり“知性と官能が絡み合う”一冊。狂おしいほどの恋に落ちている方に、ぜひ読んでいただきたい。

そこに出てくるデートシーンがこちら。

水にさらした玉ねぎをたくさんのせたトーストと、金目鯛の頭でだしをとった具なしのお味噌汁、という朝食を終え、夫はジャケットを羽織る。今夜も遅くなるけれど、夕方一時間だけ身体が空くんだけど、と、言った。
「カクテル・アワーね」
夫と一緒に摂取する夕方のアルコールを想像し、嬉しくなって私は言う。すでに頭のなかで一日の予定をばらばらにし、新しく組み換えていた。夕方の一時間を中心にして。

『がらくた』 江國香織著, 新潮社, 2010年

そうして彼らは、夫の会社の近くのカフェのテラス席で、彼の同僚と3人で軽いお酒を飲みます。

そもそもこの夫婦は、ふたりでしょっちゅうデートをしているのです。でも、仕事の合間の1時間を一緒にいようと誘ってくる夫。妻の柊子は、心底喜ぶ。そしてウィークデーの夕方、外国にいるみたいにお酒を嗜む。

呑気な大人たちのようにも見えますが、私の見解は逆。夫婦といえど相手の愛に安心することなんてできないのだから、好きな人の誘いにしっぽを振ってしまう妻・柊子の素直さが眩しく映ります。お互いの魅力を知っているからこそ不安がつきまとう、こういう体当たりな結婚生活は、擦り切れるぶん“生の愛”を感じられるだろうなと唸りました。

現実に話を戻すと。大人は忙しいものだから、たった1時間の逢瀬も蜜のひとときです。お互いが時間に融通の効くお仕事をされているのなら、ぜひこういうデートを楽しんでいただきたいです。

■『一日じゅう空を見ていた』片岡義男

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御年80歳の片岡義男さんもまた、文章に惚れ惚れしてしまう作家さんのひとりです。80年代には『スローなブギにしてくれ』ほか代表作が次々に映画化され、一世を風靡しました。

古本屋で、角川文庫(昔のもので、背表紙が赤い)の彼の作品を買い集めるのが趣味なのですが、なかなか売っていない。店員さん曰く「片岡さんは人気だから、入荷してもすぐ売れちゃうんです」と。最近また、20~30代に読まれていると伺いました。

片岡さんの小説は、爽やかなセクシーさをはらんでいるんです。言葉のやりとりも、設定も。

このお話では、お誕生日が近づく女性との電話で、男性がプレゼントを贈りたいと言います。お付き合いはしていないけれど、親密な様子が会話からも伝わってくる関係。
後日、何を贈るか食事をしながら話したけれど名案が浮かびません。そんな折、彼女は兄のTバー・ルーフ(オープンカーの一種)の自動車を引き取ります。電話口ではしゃぎながら車の素晴らしさを報告する彼女が、プレゼントを提案します。

「誕生日に、朝から夕方まで、あなたにこの自動車を運転してほしいの。私は助手席をフル・リクライニングにして、空を見てるわ」

そして夢のようなデートが実現するのです。
恋人ではないかもしれないけれど、自分に想いを寄せてくれているボーイフレンドに車を運転してもらい、助手席で寝転びながら空を見る。していることはただのドライブなのですが、「一日じゅう空を見る」というアイデアを実現してくれる優しい男性が隣りにいることが、この物語に福音を鳴らしている。

とはいえ、慣れない関係のなかでは何かを提案するのって勇気が必要ですよね。温度感を間違えたらどうしよう、価値観が違ったら寂しいなって。
そんな気持ちをも見透かすよう、片岡さんはあとがきのインタビューでこう語っています。

「(略)アイディアの提示とは、人生観ですからね」

ーーグッド・アイディアって、なにですか。

「こうしたほうが、もっと楽しい、ということです(笑)」
(略)
「グッド・アイディアを実現させようとしているときの女性は魅力的ですよ。極端な言い方をすると、そのときの女性は受け身をやめて攻撃的になってるのですから」

ーー攻撃的になるとき、女性は美しい。

「そうです。グッド・アイディアには、雄も雌もないわけです」

『一日じゅう空を見ていた』, 片岡義男著, 角川書店, 1984年

なるほど、だから彼の描く男女は大変に魅力的なのかと納得しました。短い言葉で進む会話は、淡々としているようでいて、きちんと”相手を誘う=提案するシーン”が盛り込まれている。

提案は、小さくてもいいんです。
「恵比寿で小籠包が食べたいわ」とか、「天気がいいから公園で缶ビールを飲みましょう」とか。ついつい「お任せします」と言ってしまいがちな方にこそ、片岡義男作品はおすすめです。
私も、助手席で空をながめるデートをするのが夢です。

■『純情ババァになりました。』加賀まりこ

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最後は、大女優・加賀まりこさんのエッセイ集から。いまもお美しい加賀さんですが、若いころの美貌は、目を見張る凄まじさがあったのです。日本人離れした大きな目、生意気そうな媚びない表情、抜群のスタイル。篠田正浩と寺山修司にスカウトされたというのも大納得のオーラ。

芸能一家で育たれたから、すごく早熟なんですよね。高校生になると、あの伝説のイタリアレストラン「キャンティ」に制服のまま通って、安井かずみ、コシノジュンコらと遊んだり。
女優デビューしてからはゴシップ記事に嫌気がさし、若干20歳で「人生をリセットする」ため単身パリに。それまでに稼いだお金で豪遊するかたわら、イヴ・サン=ローラン、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワーズ・サガンらと交友を深めていたそうです。

詳細は、このエッセイ集に加賀さん節全開で綴られています。まわりに気を使いすぎる方や、本当の自分ってどんな人間なんだろうと悩んでいる方は、歯に衣着せぬ物言いに胸のすく思いがするでしょう。

私はとても加賀さんのようには生きられないけれど、この作品で共感した一節があるんです。
本連載第一回目で「朝デートのすすめ」を書いているのですが、ハタチ前の加賀さんも朝デートをされています。
お相手はなんと、文豪の川端康成。

「明日、朝ごはんを一緒に食べませんか」と電話がかかってくると、加賀さんは早朝6時には身支度をし、撮影前に先生の投宿先である紀尾井町の福田屋(料亭旅館)やホテルオークラの食堂へ出向いて行ったそう。

確か2度目の朝食の時だった。
私は膝丈の巻きスカートかなんかを穿いていて、座った拍子に裾のあたりが少しめくれていたのだと思う。と、先生が言った。
「そのスカート、もうちょっと上げてごらん」
塵一つなく掃き清められた座敷で、障子越しに差し込む柔らかくて清々しい朝の光の中で言われたその言葉は、一片のいやらしさもなかった。不思議だった。
(略)
うまく言葉に置き換えられないけれど、おそらく私はその時、”とっても清澄なる官能”とでもいったものを味わっていた気がする。

『純情ババァになりました。』, 加賀まりこ著, 講談社, 2008年

“清澄なる官能”という表現に痺れつつ、“朝”が持つ不思議な美しさに頷いたものです。

デートは夜、食事をするだけが正解ではありません。
予定が合いにくいのなら、朝ごはんをともにしてみては。夜に会うときとは、また違った、相手の表情が見られるかもしれません。

みなさんの心に残るデートシーンも、ぜひ教えてくださいね。
幸せなホリデーシーズンをお過ごしください。

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