1. トップ
  2. 恋愛
  3. わたしは愛される実験をはじめた。第54話「デートをドタキャンさせないためのLINEテク」

わたしは愛される実験をはじめた。第54話「デートをドタキャンさせないためのLINEテク」

  • 2019.12.25
  • 21326 views

【読むだけでモテる恋愛小説54話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが甘えた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。

Main img

デートの当日までLINEは続けたほうがいいの?

次の火曜日、仕事帰りに祇園四条駅でおりた。いつの季節になっても、京都市民や観光客でにぎわう四条大橋をわたると先斗町のオレンジの灯りや、木屋町のマクドナルドを横目にぬけて、洋館のようなフランソア喫茶室の扉をあけた。

いつもの赤い布ばりの席にむかった。

「正直、めちゃくちゃ悩みました。当日までLINEを続けた方がデートまでつながる気もするし、いったん切らないとダレる気もする──でも」私は珈琲に角砂糖を落とした。スプーンでかきまぜる。「正解は〝どっちでもいい〟だと思ったんです。モテる女だったら、そんなの気にしないから。LINEしたくなったらする。めんどくさくなったらやめるだけだって」

私は顔をあげた。

壁にフェルメールの〝真珠の耳かざりの少女〟があった。その複製画を背景に、ベニコさんが足をくんでいた。ぽっちゃり体型ながら、ワンカールした黒髪、欧米風メイク、あいかわらずアメリカンドラマのキャリアウーマンという感じだった。

「話はみなまで聞くものね」ベニコさんはカップを持っていた。「それで?」

「いまはテラサキさんとのLINEをストップしてます」私はいった。「デートまで十日以上あるしいいかなって。その中断のさせ方も〝モテる女の既読スルー〟してもよかったけど。普通に寝ますって送って終わりました。それに対するスタンプには返信してません。どっちでもいいやって」

気づけばひざの上に手をおいていた。そっとベニコさんの顔をのぞいた。自分で選んだことだけど、正直、正解なのかわからなくて不安だったから。

ベニコさんは珈琲を飲んだあとカップをおいた。「パンケーキちゃん」

「ミホです」私は即答した。

「エクセレント」

「はい?」

「嬉しいわ。あなたが愛される実験におけるひとつの真理をつかんだようで」

「え? なんです?」私は予想外に褒められてあせった。飲みかけたグラスの水がよだれみたいにこぼれた。「まったくなんのことかわからないんですけど」

「ちょっと汚い」

「すいません」私は紙ナプキンであごにこぼれた水をぬぐった。「急にほめられたから」

「いい?」ベニコさんはひとさし指をたてた。「たとえ恋愛認知学がメソッドの積みかさねだとしても──最終的にはメソッドを使うかなんて〝どうでもいい〟といえる感覚こそが重要なの。すべての技術は〝使わなくてもいい〟といえるようになるのが到達点だから。男にどうアクションしようがどうでもいい──そんなのは悩むことじゃない──それこそが恋愛認知学がめざす〝モテる女のマインド〟よ」

「モテる女のマインド、ですか」私は濡れたナプキンで、もう一度、あごをぬぐってテーブルにおいた。これは少なくともモテる女の行動じゃないなと思った。

「勝つかどうかは相手次第だけれど、負けないかどうかは自分次第」ベニコさんはひとさし指に撃ちぬいたあとのピストルのように息をふきかけた。「そしてモテる女のマインドさえ身につければ──なにをしても負けないわ」

私は照れくさくなって、自分の髪をつまんだ。そのモテる女という単語がくすぐったかったから。昔から──たぶん異性を意識しはじめたときから──モテるという単語は、自分とは無関係なものだと思っていた。教室の中心にいるスペシャルな人間だけが生まれ持つ才能みたいなものだと。持たざる人間がモテることは一生ない──くらいの感じで。

でもベニコさんと出会ってそうじゃないと教わった。恋愛は学べるメソッドだ。いくつになっても。人生は変えられる。それは私自身アクションしながら実感したことだった。

私はカップに口をつけた。そして、もし私が〝モテる女〟に少しでも近づけてるのなら、こんなに嬉しいことはない。

「作りあげたフランクシップを保てるなら、デート当日までは、LINEを続けても続けなくてもどっちでもいいわ──空気感次第」ベニコさんはいった。「ただデートまで一週間以上あくようなら、さすがに放置せず〝チューニングLINE〟を行っておくのがベターよ」

「なんですかそれ」私はiPadをみせられた原始人みたいに眉をよせた。

ベニコさんは山型を作るように左右のひとさし指をくっつけた。「デートまでテンションを保つためにLINEすること。話題はデートと関係なくてもいい」

「え、それって、どれくらい続けたらいいんですか」

「五往復くらいして既読スルーしてもいいし、もう少しはずませてもかまわない。大事なのは〝なんのためにそれをするのか〟を見失わないことよ。恋にかぎっては目的のない旅はやめるべきね──この場合は?」

「なんのために〝チューニングLINE〟するのか?」私は質問されてとまどった。ひとさし指を鼻の頭につけた。「デートを実現させるためですか? それまでテンションが下がらないようにするっていうか」

「答えはイエス」ベニコさんは他人の作品でもみるように自分の右手をながめた。レトロな照明に赤い爪が反射した。「この世のすべては、チューニングしないと手からぬけおちてどこかにいってしまうさだめなのよ」

フランソア喫茶室の音調もあって、その言葉から、いろんなことを想像した。子どものころに一年だけ習ったピアノはいまも弾けるのかなとか。小学生のときにザリガニの世話をしなくて死なせてしまったことがあったなとか。あとは何年も顔をあわせてない友達がいたなとか──いまはFacebookで近況がみえるから危機感もないのが怖い。

「みんな消えちゃうから」私はぽつりといった。「チューニングは必要なんですね」

「縁は努力。なにごとも作りあげるより保つ方が難しいの」

「ベニコさん」

「なに?」

「それって、もしかして」私は首をかしげた。「モテる女になるより、モテる女で居続けるほうが難しいってことですか?」

ベニコさんは、かすかに口紅をひらいた。おどろいた顔だった。そのあと微笑んだ。「そうね。あなたも、私も、女でいるかぎり愛される実験は終わらないということよ」

その言葉にほっとした。なぜか愛される実験に終わりがないということが嬉しかった。まだまだ学びたいことが──叶えたい人生が──たくさんあるから。恋愛認知学は恋人ができたら終わりのインスタントな学問なんかじゃない。生きるための哲学だ。

「あれ?」そこで私はフランソア喫茶室をみまわした。「ていうか壁の色、変わってません?」

さらにキョロキョロとながめた。店内の壁や柱の隅々まで、ホイップクリームをぬりつけたみたいに白くなっていた。以前は、レトロな古地図の色だっただけに違和感があった。

ベニコさんは余裕めいた表情だった。「これもチューニング──どちらの方がよかった?」

「え、正直、前の方がしっくりきません?」私は眉をよせた。「歴史があるって感じがして。でも、わかんないです。なれてないだけかも。そのうち、こっちも可愛いってなる気がする──ていうか、もう可愛くみえてきました」

「順応性という名のパンケーキ」

「ミホです」

「これだけは覚えておいて」ベニコさんは私の抗議を無視した。「人生の秘訣は変化を恐れないことよ。私たちは変わらないでいるために変わらなければいけないの。すべてのものは手から砂のようにこぼれおちていくから。大事なものを失くさないためにはそれしかないわ」

「どういうことです?」

私は首をかしげた。その意味を本当に理解できている気がしなかったから。でも言葉のなかには、あとから、じんわり胸の奥に響いてくる種類のものがあって、これも、そのうちのひとつなんだろうなと思った。ベニコさんは答えるかわりに微笑んだ。

「どうか、あなたは世界に変えられないでね」

私はもう一度フランソア喫茶室に目をやった。新しい白さに満ちていた。

■今日の恋愛認知学メモ

%e3%83%a1%e3%83%a2%e7%94%bb%e5%83%8f

・恋愛認知学のメソッドは使っても使わなくてもいいと思えることが大事。

・【チューニングLINE】デート当日までにテンションを保つために送る。

・まだまだ恋愛を通して学ばなくちゃいけないことがあるみたい?

元記事で読む
の記事をもっとみる