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夫とは口喧嘩ばかり…幸せな家庭が壊れかけていく【わたしの糸をたぐりよせて 第1話】

  • 2019.12.18
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※このお話はフィクションです



■私がこれまで紡いできたもの

――201×年、三月。もう少しで桜が咲きそうな暖かい日の夜。
私は、もうすぐ幼稚園に入園する息子、悠斗の園グッズを手作りしていた。

「うわぁ~、ママってホントにすごいすごい~」

「すごいでしょ。ママ、こういうの得意なんだ」

悠斗は、目をキラキラさせながらできたての登園バッグを肩にかける。

そこへ、ピンポーンとオートロックのチャイムが鳴る。

「あ、パパだ! おかえり~」

いつの間にか、オートロックの開け方を覚えた悠斗がパパを迎え入れていた。
(もう、鍵持ってるんだから自分で開けたっていいじゃない)
私は心のなかでパパへの小さな不満をつぶやいた。

「友里、悠斗、ただいま」

「おかえりなさい。今、ちょっと手が離せないからテーブルの上のごはん、レンジであっためて食べてくれる?」

私はソーイングセットを片付けながらパパに呼びかける。

「えー、稼いできてくれる感謝はないわけ~」

着替えに寝室に引っ込んだ夫を悠斗が作ったばかりのバッグを見せたくて追いかける。

寝室から、父と子の会話がうっすら聞こえてくるけど、一向に出てこない。使ったばかりの糸をしまおうと、色とりどりの糸が詰まったボックスに手を伸ばすと、そこに鮮やかなセルリアンブルーの手織り糸が目に入った。胸の奥でチクンと音が鳴った気がしたが、気が付かないふりをして、夫のために夕食を温めだした。

「あれ? 用意してくれたんだ。少しは気が利くじゃん」

「なにそれ亮くん」


私は反射的にそんな返事をしてしまう。

「バッグ見たよ。なかなかの力作じゃない。でもさぁ、もう手作りじゃなくてもいいんじゃないの? コストとか考えると既製品のほうが安いでしょ?? 」

「そうでもないよ。悠斗の好きな刺繍入れられるし、マチの大きさとか扱いやすさを考えると作ったほうが……」

「だいたい、女はいいよなぁ。家のことさえやってれば済まされるってフシがある上にここは友里の地元じゃん。うらやましいよ」

「えっ……!?」

「ごちそうさま、風呂入ってくる」

そういうと、パパ……もとい、亮くんはリビングを出てしまった。

何言ってるんだろ……私が仕事を辞めたの、元はと言えば亮のせいじゃない!
私は、そう言いたかったけど、言葉を飲み込んだ。





■結婚、妊娠、仕事…私の思い描いたデッサンは…

――私と亮は、同じ会社の先輩後輩という仲だった。

第一志望群のアパレル業界は全滅というありさまで、内定を勝ち取るためにはなりふりなんて構ってられなかった。そんな中、唯一採用通知が届いたのが地元でも有名な繊維メーカー。そして、集合研修をへて、配属になったのが亮のいる総務部だった。

先輩後輩という間柄から彼のおおらかさと筋肉質なところに惹かれて私から告白。25歳で結婚して、27歳で悠斗を出産。その後職場復帰の予定だったんだけど……。


一枚の転勤辞令で私は仕事を辞めることになった。転勤先に私の居場所を作ってもらえそうにないのは、今までの先輩たちを見ててよくわかってたから。

そうして戻ってきた地元。

たしかに出身の市には変わりないけど、実家からは車で45分以上かかるところ。それなのに、亮は私の地元への転勤が決まったことで、「良き夫」ステータスを手に入れたと思っている。

久々に帰った地元は、あぜ道だったところにはショッピングモールができ、ハワイで有名なハンバーグショップもオープン。人やモノの流れがガラリと変わり、まるで浦島太郎……いや、浦島マザーみたいな気分だった。

せめて働いていれば、会社への貢献は少なかったとしても社会の片隅に立っていられる小さな自信があったかもしれない。職場のママ同僚さんとLINEで上司の無理解を嘆きつつ、夫の愚痴を言って笑いあえたかもしれない。慌ただしい朝の食事や悠斗の準備に夫婦で追われながらも、夫婦で共働きの同士としてがんばるはずだったのに……。





それなのに、今の私は……。

変わってしまった地元、知り合いもいない街……。

都会らしさをがんばって取り入れましたといわんばかりの新しいマンションに、私は悠斗とたった二人だけで閉じ込められたような気分がどうしても抜け落ちないでいる。

気晴らしに児童館に行ったところで、すでにグループができているところには入り込めなかったし、いろいろイベントを調べて行ってもその場限りで終了するからママ友なんて一切できなかった。

それでも、私は泣き言なんて言わなかった。亮に負担を掛けたくなかったから。それなのに……。

「主婦はいいよな、1日好きなことして過ごしてるんだろ?」

いつからだろう、亮がこんなふうになっちゃったの。私を見下すような言動が、いつの間にか増えた気がする。これまで着心地よかったはずのシャツから少しずつ糸がほつれてきてしまったような感覚。
それに、

「あー、今日も疲れたから寝る。おやすみ」


私たちは、悠斗を妊娠してからというもの一度も夜に抱き合ったことがないのだ――。
次回更新は12月24日(火)を予定しています。


イラスト・ぺぷり

(宇野未悠)

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