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男性が抱く体型への劣等感…自己否定し続けてきたヨガ講師が伝えたいこと

  • 2019.12.7
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ずっとボディ・イメージに苦しめられてきた

私は中学校以来、182cm以上の身長と90kg以上の体重で生きてきました。当時、友人や家族は私のことをデブ、太ったマットと呼んでいました。彼らは私の履いているきつそうなズボンを見てボーリング用のボールをまるで飲み込んだみたいだと馬鹿にしました。もしかしたら愛情のあるジョークだったのかもしれませんが、私は傷つき、恥ずかしく、自分の容姿を醜く感じました。

5年生のとき、周りにからかわれないように丸く太ったお腹を締め付け始めました。ちなみにそれはその後何十年にも渡って私の習慣となりました。10代の頃、流行りのブランド、IZOD polosやLevi'sなどはサイズが合わずに着ることができませんでした。代わりに着ていたノーブランドの服でさえもきつく、周りには大きなサイズの服を着ていることを笑われました。

その結果、50代の現在、これまでの人生の中でも最もリラックスし、落ち着いているにもかかわらず、自分の体のこととなると未だに不安感に苛まれています。

長年に渡って自分の見た目に自身が持てなかったことから、大きな不安を抱えました。あらゆる社会的な場面において、内なる怒りの気持ちが抑えきれず、今を楽しく生きるということがほとんどできずにいました。私は他人からどう見られているかということを考えてばかりいます。

周りの人間は私のことを手がかかり、繊細で愚かな人間だとおもっているのか?もしくはただ単に私の大きな体だけに目がいくのか?周りの人間に自分という存在はわかって欲しいけれど、注目はされたくないという心の葛藤があります。価値は認められたいけれど、人にジャッジはされたくないのです。

もちろん、女性たちは何世紀にも渡って物として扱われたり、実現不可能な美しさのイメージに翻弄されたり、破滅的な影響を受けてきました。加工写真だらけの雑誌や最近ではインスタグラム上のフィルター加工された写真などは、外見に対するプレッシャーを更に強めています。

1960年代以降、女性たちは積極的にありのままの体型を愛し、体についた脂肪を受け入れるようになりました。そして実現不可能なスタンダートを打ち砕き、もっと積極的に自分の経験談を語れるようになったり、生まれ持った肌や体を心地よく感じたりできるように変革してきました。

一方、私が関わってきた男性のコミュニティはというとそれとは全く異なります。多くの男性は垂れたビール腹や食欲旺盛なことについてジョークを飛ばしますが、自分のボディイメージについて語ることはまれで、自分の体型に敏感だったり、自信を持ったりということはあまり一般的ではありません。

しかしながら、男性にもまた痩せ型で筋肉質という理想的な体型の巨大なプレッシャーはあるはずです。自分の体型に関する苦悩について話すことは恥ずかしい、と感じている人はまだまだ多くいます。確かに私もヨガに出会うまではその苦悩を隠していました。

ヨガと出会い、変化が起きた

5年前、友人が私をビクラムヨガのクラスに招待してくれた当時、私は新しいエクササイズの習慣を探していました。

私は暑くて湿度の高い環境が苦手なので、湿度40%気温40度の部屋でヨガをプラクティスするというのは、私にとって理想的なトレーニング環境とは真逆の状況でした。それにも関わらず、私の友人は根気強く親切に励ましてくれたので、試しに参加してみました。私は汗を掻くほどの暑い部屋で慣れない姿勢を取ることに不安を感じました。

しかし、スタジオに着くとその恐怖は穏やかに消えました。そしてそこにはよく鍛えられた体つきの6〜7人の男性がシャツを着ずにマットの上に何気なく座っていました。私はすぐに彼らと自分を比較し始めました。自己嫌悪の感情が芽生え始めました。筋肉のない柔らかい上半身をさらすことに不安を感じました。彼らが頭を振って、醜い私の姿をあざ笑うのを想像しました。

私は恥ずかしくなって、体を隠そうと毎回ぴったりとしたTシャツを着るようになりました。3か月ほど経ったある日、先生が私のトライアングル・ポーズをほめました。他人が自分のことを見ていると思うと有頂天になりました。褒められた瞬間、クラスの誰一人私のお腹になど注目していないということに気がつきました。

自然に腹部を意識するポーズをする際には、自分がどう見られているかではなく、もっと自分の動きに重点を置き始めました。私はゆっくりと自己判断することなく、動き始めました。私は自分の体にもっと寛容になり、それによって、戦士のポーズIIIや頭を膝につける立位ポーズなど挑戦的なアーサナをする際に自信が持てるようになりました。

2016年には2年間、週5日ホットヨガのプラクティスを継続し、段々とヨガをする自分に自信を持てるようになりました。暑い環境に一呼吸置いて、何か新しいことを試してみたくなりました。全く系統の異なるワークショップに参加したことをきっかけに、新たなヨガスタジオで定期的にヴィニヤーサ・フロー、陰ヨガ、リストラティブ・ヨガを習うようになりました。

自分のプラクティスの幅を広げたことにとても満足感を得ました。そして、弁護士としてフルタイムで働きながら2年間、4人のヨガティーチャーの元、3つのヨガを学ぶ中、ヨガの新たな側面をいくつも発見しました。そして2017年9月には一週間にいくつものヨガクラスを指導する立場になりました。

個人として大きく成長することができましたが、かつてのネガティブな思考パターンは簡単に再発しました。その年のある午後、同僚に私の新たな趣味についてカジュアルに話しました。「興味深いわ。あなたがヨガを教えるなんて想像もしなかった」と彼女は言いました。

すると簡単に自信が打ち砕かれたのです。私は彼女にその言葉が何を意味するのかは聞きませんでした。私は彼女が私のような見た目の人間がヨガティーチャーになれるなんて信じられないという意味で言ったのだと思いました。

自分を愛し、自信を持てる空間を作るために

私は常に不安や自己判断からの苦しみを経験するかもしれませんが、「人生とは起こったことから学ぶことである」というヒーリング・カウンセラーで詩人のマーク・ネポの概念を信じています。もし停滞したり、道に迷ったりした時に重要なことは、どこにハートと意味が存在するかということに立ち返ることです。

私にとっては毎日のヨガと瞑想のプラクティスであり、それこそが私に自信と永続的な自己愛の可能性を与えてくれました。ヨガをプラクティスしたり、指導したりするとき、聖域を見つけます。

その聖域とは、表面的で不安定な思考ではなく、もっと全体性なアイディアとつながれる時間であり、空間です。ヨガはありのままの自分が存在して良いコミュニティ、そして世界の存在を教えてくれました。

昨年、自分探しと妻との長きにわたる話し合いの末、26年間務めた弁護士としてのキャリアを捨てヨガティーチャーとしてフルタイムで働く決意をしました。

今日、以前よりもずっと人と(特に男性と)私自身のボディイメージに関するチャレンジに関して、気持ちよく会話ができるようになりました。そしてそれらの会話は、生徒たち自身の葛藤や社会的プレッシャーからの自信喪失を打破するきっかけになっています。私は生徒たちが自分自身を抱きしめ、愛し、ケアするための安全なスペースを作っていきたいです。そして私自身に対してもまたそうしていきたいと思います。

教えてくれたのは…マシュー・リヨンズさん
マシュー・リヨンズさんはワシントンDC在住のヨガティーチャー。

ヨガジャーナルアメリカ版/「Men Struggle With Body Image Too. Here's One Yoga Teacher's Journey to Self-Acceptance」

by MATTHEW LYONS
Translated by Hanae Yamaguchi

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