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「点字ブロック」は日本人発明家の思いやりから生まれ、世界へと広がった!

  • 2019.11.1
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「危ない!」…視覚障がい者が、あわや自動車と接触!?という現場を目撃した日本人発明家は、危険回避のための道しるべの開発と普及に生涯を捧げた

点字ブロック、皆さまご存知ですよね?日本での正式名称は「視覚障害者誘導用ブロック」と法律で定められており、今や日本中の道路や駅など、至るところに施設されています。

また、2012年に定められたISOの国際規格も、日本の「視覚障害者誘導用ブロック」のJIS規格を基礎とした部分が多く、ロシア、ケニア、スウェーデンなど、世界各国の福祉の現場でこの規格が公式採用されています。

現在ではJIS規格の方向を示す線状の「誘導ブロック」と、危険個所や誘導対象施設を示す点状の「警告ブロック」があります。

では、点字ブロックがこの世に初めて設置されたのは、いつのことでしょうか? 時はいまから50年以上前、1967年にさかのぼります。

岡山県で旅館経営の傍ら、発明家としても活動していた三宅精一氏が、世界で初めての点字ブロックを考案しました。

きっかけはその数年前、白杖をついた視覚障がい者が歩道を横断しようとした際、自動車が猛スピードでその方の目の前を走り去る…という、大変危険な場面を目撃した事にありました。

精一氏はそれまでも、特に交通関係の発明品に注力していた事もあり「視覚障がい者の安全な歩行」について何かできないか?と考えるようになりました。

奇しくも同じころ精一氏は、実弟の三宅三郎氏を介し、盲人福祉の先覚者であった岩橋英行氏と友人関係になります。岩橋氏は視覚障がい者の自立を支援する全国組織の理事長であり、かつ、ご自身も視覚障がい者でした。

精一氏は、岩橋氏ら視覚障がい者の意見を取り入れながら着想を具体化していき、建設業に従事していた実弟・三郎氏の技術協力により試作を繰り返し、コンクリートブロックに突起物をつけた「点字ブロック」を完成。

そして、1967(昭和42)年3月18日、岡山県立岡山盲学校(当時)の生徒が登下校の際、利用していた旧国道2号線の横断歩道に、世界初の点字ブロック230枚を、私費を投じて施設するのです。

以来、三宅兄弟は「視覚障がい者の人間としての自立のため、単独安全歩行を可能にするシステム(点字ブロック)を全国に普及させる」という壮大なミッションに邁進してゆくのです。

視覚障がい者に我が事と同じく寄り添う気持ちが、点字ブロックを生み出しました。

登場と共に世界で称賛された点字ブロック、しかし日本での普及は順調ではなかった

誕生間もない点字ブロックは岩橋氏の手によって、世界盲人福祉協議会実行委員会に紹介され、世界各国の専門家から賞賛されました

しかし、なぜか日本での普及は順調にはいきませんでした。

三宅兄弟は建設省(当時)に働きかけるなど、点字ブロックの普及のために活動しますが、当時の日本は高度経済成長期。国は経済活動を重視しており、福祉にはなかなかスポットが当たらない情勢でした。

苦戦する三宅兄弟でしたが、1970年、東京都から「交通安全モデル地区」に指定された高田馬場一帯に点字ブロックを施設したい、という話が舞い込みます。

これを機に、さまざまな地方都市からも「点字ブロックを導入したい」と引き合いが出るようになり、さらに1973年、オイルショックの影響で経済成長に翳りが出て、国もようやく、福祉予算を広げる流れに変わっていったのです。

1974年、精一氏は建設省道路局から「道路における盲人誘導システム」の研究協力を依頼され、点字ブロックの普及は、いよいよ拡大していきます。

…というところで、クイズです。

【問題】

この頃、ようやく軌道に乗ったかに見えた三宅兄弟の活動を妨げる、新たな問題が発生します。どんな問題だったのでしょうか?

ヒント:問題は、需要が増えたことに起因します。

正解は… 粗悪な類似品が出回った。 です。

需要が増えたことで、利益ばかりを追求する不埒な業者が、点字ブロックの類似品を売り出すようになりました。

三宅兄弟の点字ブロックは視覚障がい者の意見に基づき、突起の形状や配置、素材まで計算されつくしたものでしたが、粗悪な類似品が多数登場。

健常者のための商品を適当に流用したり、突起を千鳥格子状にするなどデザイン重視のものが出てきて、本来の目的である「視覚障がい者の安全歩行」を逆に妨げるようなブロックが横行したのです。

そんな中、なんと、開発者の精一氏が病に倒れ、1982年、56歳の若さで亡くなってしまいます。

パラリンピックに向けて、点字ブロックに限らず、バリアフリーアイテムの知識を学んでおきたいですね。

開発者の遺志を継いだ弟・三郎氏はその後も研究を重ね、点字ブロックはついにグローバル・スタンダードに!

精一氏の死後も、弟の三郎氏は視覚障がい者にとって、本当に有用な点字ブロックの研究と発表を続けました。そして2001年、三郎氏が参画した委員会の監修のもと、JIS規格によって形が規定されることになりました。

さらに、2012年にはISOの国際規格が発行され、日本の規格はこの基礎となりました。

日本発祥の点字ブロックが、世界中で貢献しています。

2016年の調査では、点字ブロックは、冒頭で挙げた国々のほか、アメリカ、中国、イギリスなど世界75か国に広がっているそうです。

日本人発明家の思いやりが生み育てた点字ブロックが、世界各国のバリアフリー化に、今も貢献し続けているのです。

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