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仕事や人間関係でクヨクヨ…「しつこい悩み」をサラッと流す簡単な方法。#7

  • 2019.10.31
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5年弱のアメリカ生活を経て、禅修行していた山を降りて大都会 東京暮らしを再スタートした筆者、土居彩。ところがひょんなご縁で山伏の先生との半共同生活が始まり、再び毎日祈りを捧げることになります。五感を超えた気配を察知出来る達人の先生と過ごすうちに、都市生活でペースがつかめずに鬱々していた気持ちも晴れて行ったのだとか。そして先生と繰り返し行う”祈り”という見えないものが持つ力を実感します。心のクセが創り上げたマインドコントロールに気づき、頭のなかのイジワルが現実ではないと気づき始めたというのですが…。

取材、文・土居彩 看板写真・Yumiko Sushitani

【マック・マインドフルネス時代の瞑想探し。「魂ナビ」が欲しい!】vol. 7

「かんじんなことは、目では見えない」。
『星の王子さま』のなかで、キツネが王子さまに言った有名な言葉です。

目に見えないものが現実に影響を与える実質的な力。それが本当にあるんだと日に日に実感しています。

私は会社をやめてアメリカで5年弱生活していたのですが、最後の2年間は禅センターやスピリチュアル・コミュニティで暮らしていました。山でのスピリチュアルな生活といったら、超常現象に触れたり、大いなる空に食らいつくといったどんな非凡で特別な体験なんだろうと想像されるかもしれません。ところが、その大半は草むしりや料理という日常的でありふれたことの繰り返しでした。

坐禅を組んだり、お経を詠んだり勉強もしますが、そのほとんどは毎日の当たり前の仕事に没頭するという時間。単調な肉体労働を繰り返すことは、初めは物珍しく、しばらくすると退屈で苦痛になりました。けれどある段階を超えると、不思議とすがすがしい気持ちになっていきました。

東京暮らし、ときどき山伏付き。

そしてビザが切れてこのたび山を降りて帰国し、東京暮らしが再スタート。街での生活が始まりました。と同時に家主である恩人が山伏だったことで、偶然にも彼女が師として仰ぐ山伏の先達との半同居生活が始まったのです。そこで禅センターを出ても、毎朝祈りを捧げることになりました。

「お祈り?」。なんだか怪しいですよね、わかります。実際に父と一緒に禅寺へ坐禅を組みに行ったときに、五体投地(坐具をしいて額、両肘、両膝を地面につけてお拝すること)してから般若心経というお経を詠んだ後に、親である父からでさえも「あんな宗教クサイのはゴメンだわ」と言われてしまいました。

そんなこんなで日常生活に戻って、なんとなく唱えることもなくなっていたお経。ところが実家を出て、大都会の東京生活が始まったことで、再びそれを詠むことになったのです。そこで改めて実感したのは、祈りの力。目に見えないものの持つ影響力です。

プロポーズは、言葉より音で聞け。

正直言えば「有名な山伏の先生と暮らすことになるなんて! 緊張するなぁ」と思っていたのですが、一緒にいるだけでものすごくエネルギーがもらえる。「偉い先生なはずなのに、なぜ気疲れしないんだろう?」と不思議にも感じていました。というのも「考えるより、感じなさい」「プロポーズを受けたら、言葉じゃなくて音を聞きなさい」なんて。ふとしたときに絶妙の助言をしてくださるのですが、とにかく先達は状況察知能力が驚くほど高いのです。

つまり、気疲れさせないように自然に気遣うことができる人。久しぶりの日本で仕事も人間関係も思うように運ばず落ち込んだり、にっちもさっちもいかずうつうつしていたのですが、先達と一緒に過ごす時間が長くなるほど暗い気持ちが晴れていき、日々のゴタゴタも笑って流せるようになりました。

映画『マトリックス』はお経の世界。

それに対して先達は「わしがどうこうというより、それは祈りの力だ」と言います。たしかに毎朝唱える般若心経というお経は、私と捉えるものは条件付きの現実で、確実な実体を持たないこと。それを手放せれば大きな自由が得られるといった教えです。

ところで『マトリックス』という映画はご覧になられましたか? ホストコンピューターが創るデータ(マトリックス)という仮想現実のなかで人間が暮らしているという物語です。主人公のネオが現実だと感じている、狭いアパートも面倒くさい仕事も、味気ない食事も、嫌な匂い、そしてセクシーな異性ですらも、何もかもが実は、コードを延髄に繋がれてコンピューターから送り込まれた情報。それを脳が処理して「ホンモノだ」と感じている、実際の体験を伴わないニセモノの現実だったという恐ろしいストーリーです。仮想現実で生きるネオに対して、現実世界で生きるモーフィアスという登場人物が「現実とはなんだ? “現実”をどう定義する? 感じるとか、匂いをかぐとか、味わうとか、見るとかを現実とするなら、それはお前が脳で解釈した電気信号にすぎん」という台詞がありますが、これはこのお経の内容がベースにされていると感じます。

考えは、現実ではない。

自分の思考や感覚とは解釈のひとつで、完全な現実ではないというアドバイスには、ホッとさせられませんか? 自分へのダメ出しは、単に頭のなかのマインドコントロールかもしれない。「お前はダメだ」と自分を傷つけるような思考が浮かんだとしても、それはあくまでも実体無き心のクセのようなもの。私の場合、般若心経を繰り返し唱え続けると、ベタついた思考がさらっとしていくんです。

そう実感できたのは、禅センターを出てずいぶん経ったあと。「前に気になっていたアレが、いまは流せるな」なんてふと思ったときに、気づくことができました。さらにこのお経がすごいのは、「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか」という最後の部分。ここはサンスクリット語が音写されていて、唱えることで癒しや浄化をもたらす力があるとされる短い言葉、マントラ(真言)です。つまりたとえ意味を理解しなくても、詠唱することでお経の音によるヒーリング効果が得られると考えられています。

アメリカで心理学の勉強をしていたときに科学的な根拠が無いものは”有る”とは言えないと繰り返し教えられました。そこで、その論は重々承知しています。けれども科学は人間の長い歴史のなかでほんの少しの間の学問に過ぎないのも事実。それに対し、昔からずっと信じられてきたことは経験がもとになっているので、やはりそこには何かがあるのではと思うのです。

毎日何十年も祈りを捧げている先達は、明らかに五感では感じられないものを捉えていると思います。私の気配のようなものを察知しているから、困っているときにさりげなく気遣ったり、受け取りやすい形で助けてくれるのでしょう。それに対して「感じたままやっているから、気なんかなんも遣っておらんよ」とひょうひょうとしている。

先日も荷物を運ぶのを手伝おうとしたら「お前は腰が弱そうだから、大丈夫だ」とおっしゃったのです。腰痛持ちだと見抜かれることはほぼないので、びっくりして「なんでわかるんですか?!」と聞いたら、「それぐらい、わかる」と笑って軽やかに去って行かれました。達人!

セレブが集う名物センターでもベッドメイキングの後にお祈り。

ところで、私が働きながら学んでいたもうひとつのスピリチュアル・センター、エサレン研究所。エマ・ワトソンなどのセレブがお忍びでステイしていたり、世界最大の砂漠の奇祭『バーニング・マン』が誕生した場所で、アメリカにおける最先端文化の発源地です。

エサレンでもベッドメイキングをした後に、ゲストのためにblessingsと言われる祈りを捧げ、スペース・クリアリングをしていました。著名人やIT起業家などが集う場所なのであえてそれを公言しませんが、場を整えるためにスタッフたちが目に見えないものを大切にし、当たり前のように祈りが行われていたんですよ。

修行のなかで自然に習い、祈りを捧げながら毎日を送る先達を見ていると、目に見えないものには物質に影響を及ぼす力が確実にあるのだと感じます。特に祈りの力はその最たるものでしょう。先達の祈りは全世界の存在に始まり、自然災害で被害を受けた方々、先祖たち、そして自分自身と、全体から個へと向かうもの。その逆はありません。その祈りを聞いていると、大きなつながりのなかで生かされているのだと、感謝と厳かな気持ちが自然と芽生えてきます。

そしてただひたすら黙々と行う、一見地味で単調な行為である祈りを毎日繰り返し行うことが力となり、その大いなる力とつながる心と体を作っていくのだということも。

土居彩

編集者、翻訳者。株式会社マガジンハウスに14年間勤め、anan編集部、Hanako編集部にて編集者として、広告部ではファッション誌Ginzaのマーケティング&広告営業を務める。’15年8月〜’17年5月、カリフォルニア大学バークレー校心理学部にて、畏怖の念について研究するダチャー・ケトナー博士の研究室で学ぶ。’18年9月〜’19年1月、7月、ニュー・メキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターに暮らしながら、ジョアン・ハリファックス師に師事。現在は、書道家・平和活動家、13世紀の道元禅師を初めて英訳し欧米に伝えた禅研究家の棚橋一晃氏の著書『Painting Peace(平和を描く)』(シャンバラ社)を翻訳中。恩人たちに支えられ続けながら、会社を辞めて渡米奮闘したドタバタな当時の様子を綴ったananweb連載『会社を辞めて、こうなった』も。

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