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世界一の調香師エレナが語る、「動物」の香り。

  • 2019.10.30
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フランス発のヴィーガンフレグランスブランド、クヴォン・デ・ミニムからこの秋、新しい香りのコレクション「シンギュラー オーデパルファム」が登場した。5種類からなる香りのディレクションを担当したのは、世界で最も著名な調香師のひとり、ジャン=クロード・エレナ。新たにブランドのオルファクティブ(=嗅覚の)ディレクターに就任した彼に、話を聞いた。

ジャン=クロード・エレナ1947年フランスのグラース生まれ。63年に調香師としてのキャリアをスタート。2004年から14年間エルメスの専属調香師を務め、40以上のフレグランスを手がける。2019年より、クヴォン・デ・ミニムのオルファクティブ ディレクターに就任。

――オルファクティブ ディレクター就任のいきさつを教えてください。

クヴォン・デ・ミニムは、女性の責任者が多く、彼女たちが香水を大好きな点に好感が持てました。オファーを受けた時、私は次のような条件を出したのです。「100%私の自由にさせてほしい。そして、新しく創るフレグランスに決してマーケットリサーチはしないでほしい」と。そのとおりにすると約束してくれました。もうひとつ、「年をとった私をわざわざお訪ねいただき、繰り言を聞いてくださるスタンスに感謝します」と言ったら、「フレグランスの世界の中ではあなたはいちばん若々しい人です」と答えてくれたのも、パートナーシップを快諾した理由です(笑)。

――これまでも、マーケティングをしない、というスタイルを徹底していますね。そのベースにある思いは?

市場の分析は、消費者のニーズを分析すること。つまり、何が好きかを見つけるということ。それは、いま何が好きか?という問いかけであって、この先に何を求めているか?という未来ではありません。実は、消費者は自分が何が欲しいのかをわかっていないのです。そこにあるのは、好きか嫌いか、という現実の嗜好だけ。ここにマーケットリサーチの誤りがあります。芸術家である調香師の役割は、新しいものを創造していくこと。そしてビジョンを提案し、「欲しい」という思いを生むこと。それは現実を超えるところにあるものでなければなりません。私の仕事は、新しいものをイマジネーションしていくことなのです。

雌ライオンの官能をパチュリ&トンカバニラのアンバーウッドで表現。シンギュラー オーデパルファム ヌビカ 100ml ¥12,760、50ml ¥7,260/クヴォン・デ・ミニム

――今回は調香師ではなく、ディレクターとして参加しています。そのおもしろさと難しさは?

調香師として香りを生み出す場合は、クリエイションができた時に、自分自身に「これでいいのか?」という問いを投げかけますが、今回は、ほかの調香師と一緒に仕事をしているので、自分だけの感性や判断ではありません。調香師の言うことに耳を傾け、彼らができうる最大のことを引き出すのが私の役割。とてもよかったのは、香りの専門言語で会話ができること。マーケティング担当との会話のようなストレスがないのです。香りを嗅ぎさえすれば、彼らがどう考え、何を使用したかがわかりますから。

――教えることへの困難もあったのでは?

いや、それはないですね。「自分で創ればよかった」という気分になったことはありましたが(笑)。私はとても我慢強く、忍耐力があるのです。最終的には正解が出ますから。それ以上に、調香師たちに私はかなり面倒臭い奴、と思われていたと思いますよ。

ジャスミングランディフローラム、マンダリンといった香りで蝶の優美さを描き出した。シンギュラー オーデパルファム リサンドラ 100ml ¥12,760、50ml ¥7,260/クヴォン・デ・ミニム

――完成した香りは、いつも作っているものとはかなり違いますか?

そうですね。自分だけでなく、相手の美的感覚と両方が組み合わさっている。そういう意味でもおもしろいものでした。完成することがないのではないか、という恐怖感に襲われることもありましたが、若い調香師は、技術的には不十分でも人の話を素直によく聞きます。そして彼らには何百回の試作も厭わない根気がある。出来上がった後で「このプロジェクトはどうだった?」と4人の調香師に聞いたら「マスタークラスの講義を受けたようでした」と言っていました。

――そして完成したシンギュラー オーデパルファム。動物というコンセプトがユニークです。

スタートから5つの動物がコンセプトにあり、4人の調香師とイメージを共有し、それぞれの個性を香りで表現してみて、とオーダーしました。たとえば、雌ライオンはフェミニンで温かく官能的、蝶は透明感があり軽やかでエアリーといったイメージを膨らませ、香りで肉付けしていくわけです。重要なのは、技術的な部分と美的な感性を絶えず連動させながら、高めあうこと。皆さんには、その美しさを感じてほしい。ぜひその日のフィーリングに近い動物を選んでみてください。

神出鬼没の存在である雌オオカミは、レッドペッパーコーン&アンバーウッドのグルマンノートに仕上げた。シンギュラー オーデパルファム アッタイ 100ml ¥12,760、50ml ¥7,260/クヴォン・デ・ミニム

どこかフェミニンなアンテロープのイメージには、センチフォリアローズとブラックカラントの織りなすエレガンスを。シンギュラー オーデパルファム サイガ 100ml ¥12,760、50ml ¥7,260/クヴォン・デ・ミニム

――ヴィーガンフレグランスを創るのは、通常のフレグランス創りに比べて難しいのでは?

難しくはありません。技術的にはむしろ創りやすいくらい。制限も新しい視野を開くことに繋がりましたしね。いままで好んで使っていた合成原料のムスクが使えなかったので、ヴィーガンで同じ香りを見つけるのに1年かかり、おもしろい発見がありました。

――55年に及ぶ調香師としてのキャリアの中で、変化したことは?

いろいろなことが変わりましたが、大きくは使用する原料の数でしょうか。調香師を始めたころは約1200の原料で複雑なフォーミュラを創っていたのですが、ブルガリの「オ・パフメ オーテヴェール」の時は400のアイテムから選んだ19の成分で、エルメスの「テール ドゥ エルメス」は200の原料から選んだ30の成分で調香しました。フレデリック マルでの最新作「ローズ & キュイール」は、150の原料から15の成分を使用と、どんどん減っています。原料を減らして作業をするということは、ひとつひとつの原料に対して完璧な知識を持って管理ができる。だから、パーフェクトに仕上がるのです。

――原料がシンプルだと、作業時間も短くなるのですか?

逆です。より複雑で難しい作業になります。スープ作りにたとえましょう。いろいろな調味料を使えばおいしく作るのは簡単です。でも調味料がシンプルであるほど、ひとつひとつの作業を吟味し、バランスを計算しなければなりません。

力強いワシの存在感には、ウードウッド&ジンジャーのスパイシーな魅惑を採用。シンギュラー オーデパルファム エリアカ 100ml ¥12,760、50ml ¥7,260/クヴォン・デ・ミニム

――ずっと変わらずに貫いていることは?

創り方の姿勢でしょうか。私は簡単には納得できない人間なので、出来上がったものに「これでは十分ではない」といつも思っています。作業していると、ある時点で満足感がくるのだけど……ちょっと時間を置くと「いやダメだ」となる。その不満足感が、次へのチャレンジに繋がっている部分もあるんです。

――生理的に苦手な香りや、お気に入りの香りはあるのでしょうか?

嫌いな香りはないです。一般的に不快と思われるものも含め、すべての香りが好き。苦手なものも、ときにおもしろい役割を持つから、どんな香りにも興味がある。そして、いままで創ったフレグランスはすべて等しく愛しています。実の子どもと同じように、大好きで可愛いと思う時と、憎たらしく感じる時がありますが(笑)。

――日本の女性たちの香り使いについて、どう感じますか?

香りに対する感性は洗練されています。でも、コンプレックスを感じている人は多そうですね。大事なことは、自分自身であり続けられること。そして失敗を怖れず、チャレンジすること。間違いを犯すほどたくさん学べますから。

9月には大丸心斎橋店に直営店(写真)がオープン。そのほか、フルーツギャザリング、アミューズボーテ、コスメームなど全国約70カ所のセレクトショップで展開中。

――多くの香水を創ってきて、インスピレーションやアイデアが枯れることはないのですか?

結婚した時、妻にも同じようなことを聞かれました。でもそれはありません。アイデアがアイデアを呼び込むように、いま創っているフレグランスの中から次の案が浮かんでくるのです。若い調香師や娘にも「もうないと思ったら、まだ少しはあるということ」と教えています。「枯渇したらどうしよう」なんて危惧は無用。でも、そのアイデアすべてが素晴らしいわけではなく、90%はゴミ箱行き(笑)。形になっているのは残りの10%だけなんですよ。

●問い合わせ先:クヴォン・デ・ミニムジャポンtel:03-5413-8326www.lecouventdesminimes.com/jp

 

※商品の価格は、標準税率10%の消費税を含んだ価格となります。

 

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