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胸を揺さぶる壮大さ。読書の秋に芯まで味わいたい“歴史小説”~『熱源』

  • 2019.10.20
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ただ慌ただしいだけの毎日。忙しいのに充実感がない。そんなあなたに足りていないのは、頁をめくる読書の時間かもしれません。 本好きライター 温水ゆかりさんがおすすめの1冊を紹介する連載「週末読書のすすめ」。紙に触れてよろこぶ指先、活字を目で追う楽しさ、心と脳をつかって味わう本の世界へ、今週末は旅してみませんか。(編集部)

じわじわと沁みる、人と人が織り成す歴史大作

今週末のおすすめ本 : 『熱源』川越宗一 著

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Licensed by Getty Images

ああ、やっと小説で読めた。そんな感慨が湧いてくる。

私がテレビを持っていた頃――。地理的なスケールの大きさに「これ、ほんと!?」と唖然としたドキュメンタリー番組があった。

祖国ポーランドの独立を願った男性が、シベリア流刑(ちなみにこれは地名の記憶違い)の果て、一時北海道に滞在していたことがあり(これも地名の記憶違い)、その折りアイヌの女性と結婚。北海道に住むその子孫がはるばるポーランドまで旅し、ポーランド建国の父の一族にあたる遠戚達と対面を果たすというものだった。

にわかには信じられなかった。広大なロシアを挟んで、そんな歴史が日本とポーランドの間にあったなんて。しかし、映像は強い。

番組には、当時の音声記録媒体である蝋管も登場していた。
その前に『フレッシュアワー氏の蝋管』という、凝った趣向のミステリーを読んでいたことも印象を深くした一因だったかもしれない。
いまググってみたら、『フレッシュアワー氏の蝋管』(ハヤカワ文庫)の邦訳発売は2000年(アメリカ図書賞の受賞作だって)。
ということは「『熱源』というこの小説を、約20年待ってました!」と書いても、けして大げさにはならないんじゃないかと思う。

札幌近郊、石狩川に面した対雁(ツインカリ)村に住む少年少女達のシーンから始まる。村いちばんの美少女を巡って、15歳の親友同士が殴り合う。シシラトカをやっつけて、彼女のハートを射止めたのはヤヨマネクフ。

ヤヨマネクフとシシラトカの本当の故郷は、北海道の北に浮かぶ南北に長い島だ。
ロシア人はその島を「サハリン」と呼び、和人は「樺太」と呼ぶ。

ヤヨマネクフは9歳でこの対雁村に入植した。
彼は数年後に美女と結婚、子をさずかり、琴の名手だった妻が「連れて帰って」と懇願していた樺太に帰り、山辺安之助という和名で白瀬中尉の南極探検(1911~1912年)に犬の世話役として参加する。
ずっと独身だったシシラトカも女性を誘引できそうな「花森信吉」という名で(シシトラカは一貫して愉快なキャラクターだ)。

この『熱源』の素晴らしさを先に書いてしまうけれど、史実物(歴史小説ともいう)はたいてい“歴史上に名を残すあの人物は~”という形で、彼らのそれまでに分け入る。
いわば、読者は先にその人物を知っているわけだ。

ところが著者の川越宗一さんはそういう書き方はしない。
アイヌ男性の生き方や考え方、暮らしぶり、彼らが甘受しなければならなかった運命の非道などを描きながら、例えばこの南極探検のようなエピソードをひょこっと出す。

その書き方は、もう一人の主人公であるブロニスワフ・ピョトル・ピウスツキ(愛称プロニシ)もそう。サンクトペテルブルクの帝国大学の法学部生であるリトアニア出身の彼は、
「人民に権利を!」という過激な運動に巻き込まれ、爪をはがされる拷問の末、裁判でサハリン島に流刑になる。

判決は懲役15年(武闘派で、のちに祖国の英雄になる弟は、シベリアで5年の懲役)。
刑が終わっても「流刑入植囚」として10年間は決められた土地で苦役に耐えなければならない。合計25年・・・・・・、その頃自分は45歳・・・・・・。

ブロニスワフは絶望の流刑地サハリン(=樺太)で、ギリヤークの暮らしに入り込み、村人の暮らしの記録など、いわば無手勝流で文化人類学者的なことを始める。
やがて囚人のまま、ロシアの博物館からアイヌの文化研究を委託されるなど、民俗学者としての便宜も得る。

こうして樺太(=サハリン)を舞台に、二つの生が交錯する。
濃く交わるわけではない。それぞれのドラマといっていい。
主役は過酷な自然であり、故郷を奪われようとしているアイヌやギリヤークであり、ポーランド人でありながら国籍はロシアという、帰れない故郷をもった者の物語なのだ。

冒頭でずっと忘れられなかったドキュメンタリー番組のことを書いてしまったけれど、
そのような予備知識めいたものがない読者は、ここに書かれていることがすべて史実だという事実に息をのむに違いない。二葉亭四迷、金田一京助、石川啄木も登場する。
私は歴史小説に、“あえて中心点を設定しない群像小説”という新たな語り口をもたらした記述に息をのんだ。

民族学という学問が、優れた民族が劣った民族を啓蒙し、支配するために利用されるというダークな一面に気づかされたのも衝撃なら、島にできた学校に「土人教育所」という名前がついているのも衝撃だった。
一昨年だったか、沖縄のヘリパッド建設工事に反対する市民運動家たちに、大阪府警の隊員が「ボケ、土人が」と罵声を浴びせたことを思い出す。

為政者は“独自”を嫌う。支配するのに、面倒だからだ。
近年は「多様性」などとお題目だけは寛容だが、どの口でいってることやら。
昔も今も、やっていることはたいして変わらない。
人類は進化するが、為政者は進化しない(by 自家製格言)。

歴史小説の醍醐味は、驚くべき史実という新鮮さもさることながら、そこに現在への批判という暗喩を、読み取ることができるという点にもあると思う。

本書の冒頭シーンは、女性を陵辱した自国の兵士を射殺することもいとわなかったロシアの女性兵士を「私」という一人称で書き、ラストシーンではその女性兵士と、かつてブロニスワフに恋した58歳のアイヌ女性イペカラが出会う。日本が降伏した1945年8月15日の翌日のことだ。

女二人の内部でたぎるに熱源を描き、世界に投げ返すオープンエンドなのも、理不尽さに抵抗し、闘った者達の姿を記録したこの物語にふさわしき熱さ。

サハリン(樺太)、北海道、ペテルブルグ、ヴィリニュス(リトアニアの首都)、東京、パリ、南極――。
「劣っている人などいない。支配されるべき民などいない。ただ人が、そこにいるだけ」
あ~、いいものを読ませてもらった。

文/温水ゆかり

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『熱源』 川越宗一 著 ¥1,850(税別)/文藝春秋
“降りかかる理不尽は「文明」を名乗っていた。”――本著の帯に書かれた言葉が、読後にずしりと響く。明治維新後、アイヌが暮らす樺太。何が起こり、何が変わり、何を残したのか。生まれ故郷を奪われ、文明を押し付けられ、それでもアイデンティティを守りながら生き抜いた人々の熱き物語。

※本欄冒頭の写真は、樺太の夕景。

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