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現役を退いた元NFLのプレーヤーがヨガの道へと進んだ理由

  • 2019.10.5
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フットボーラーとしての日々とヨガとの出会い

記憶に残る試合、頻繁な激しい体のぶつかり合い、契約問題、不安定な雇用保障、日々のトレーニングや練習──これらは一般の人がほとんど目にすることのないプロスポーツ選手の裏側です。

マイアミ近郊の荒れたオーパ=ロッカ地区で育った当時5歳の私にとって、仕事の内情など理解するわけもなく、ただフットボールをしたいという気持ちだけははっきりしていました。私が育った地域では、多くの子供たちはエンターテインメントとスポーツ産業に就職すれば、唯一明るい未来の道が開けると考えていました。

私は生まれ持った運動の才能を持っていたので、自分の人生の目標はかなり早い時期に見つけたように思います。6〜12歳の間、母とともにメンフィスへと移り住むまで一年中、野球に打ち込んでいました。メンフィスでは中高のコーチたちにバスケットボールとフットボールを両立するように薦められました。恩師のおかげで、ケンタッキー州にあるマリー州立大学のフットボール・スカラーシップを受けることができ、テキサス州ヒューストンに本拠地をおくNFLチーム、ヒューストン・テキサンズのリストに名を連ねることになりました。

大学時に漠然とではありますが、この道はずっと歩み続けられないだろうという不安感がありました。21歳にも満たないというのに、ステージ2の大腿四頭筋の裂傷、複数回に及ぶ脳しんとう、股関節のズレによる慢性腰痛など身体的なトラブルを抱えていました。しかしながらNFLで抱えていた問題は肉体的なこと以上に精神的なものが多かったのです:頻繁に自分の仕事や経済的な保障について不安を抱えるようになり、都市から都市へと移動が多く、「自分はプロフットボール選手としてプレイするには実力が足りない」と頭のどこかでささやき声が聞こえていました。

2011年にテキサンズから解雇された際には、ドラフトで新たな選手を獲得するためにチームは資金が必要だということがわかりました。しかし、私はまだフットボールのキャリアをあきらめる心の準備ができていませんでした。テキサンズを去った後、カナダフットボールリーグのエドモントン・エスキモー、今は亡きユナイテッドフットボールリーグのオマハナイトホークス、アリーナフットボールリーグのオーランド・プレデターズに所属しました。どのチームでも長続きせず、肉体的、精神的、感情的に非常に消耗してしまいました。

2012年のオーランドにいた際、心身共にストレスを抱え続けるのは、もう限界だと気付き、iPadを手に取り、YouTubeを開き、「初心者向けヨガクラス」と入力した瞬間、私の真の進化が始まったのです。

私のヨガの旅

私は体のためにヨガを始めました──肩と腰を開くための毎日20分間のセッション、背骨と脚の柔軟性を高め、自分の体に対する意識をさらに良くし、呼吸を整えます。体がプラクティスに慣れていくと、心と精神もそれにうまく反応するようになって行きました。自分の体を整えるためのセルフセラピーとして始まったものは、真のホリスティックな変容へと成長を遂げました。

私は平和を感じるようになりました。それは自分が幼い頃、騒がしい生活環境で育ったときにほとんど知らなかった感覚でした。不安定な前職では決して感じたことのなかった明確性を感じることができました。私は自分の中で答えを探し始めました。精神の源、自分の生きる世界、自分自身との関係がより明確になってきたのです。一回一回の呼吸、ポーズ、瞑想によって、自分の中に存在するまだ見ぬ不思議が明らかとなっていき、自分のためのプラクティスとして始まったものが、私の心の栄養、ライフスタイル、そして最終的に私の新しい職業になりました。

教えるということに触発された

フットボールがきっかけでヨガを知ることができましたが、更にヨガティーチャーのトレーニングに導かれたことは運命的でした。

私の叔父は、影響力のある学校の先生であり、著名な慈善家であり、私の家族の強力な支えでした。彼が突然亡くなったとき、私と私の家族は心を揺さぶられました。彼がどれだけコミュニティに良い影響を与えていたか、彼の残した素晴らしい遺産を目の当たりにした時、先生であった彼の足跡を辿って自分もヨガティーチャーとして頑張りたいという気持ちになりました。人を助けることが好きな私は、教育者やソーシャルワーカーとして活躍する家族たちの持つ素晴らしい価値観が、自分にとっても一番大切だと気付いたのです。そして私は自分独自の方法で、ヨガ、マインドフルネス、自己実現を指導する世界へと旅立ちました。

周りの人からはNFLでプレイしていたなんて素晴らしいと言われますが、NFLは単なるもっと素晴らしいものへの入り口でしかありませんでした。それは、新しい場所、新しい人々、新しいアイデア、そして新しい目的を得るための実践への第一歩だったのです──私のクラスは、恵まれない地域に出向き、自分も育ったような場所で教え、名もないヨガスタジオやウェルネススペースに活気を与えます。

私は自分のコミュニティにも還元できるよう、癒しやアウェアネス(気づき)、自己探求の可能性を彼らに伝授しています。非常に多くの困難を経験した人々にとって、これらは必要であり、忍耐する方法を見つけ出すことができるようになります。

自分の人生の旅を通して多くのことを学びましたが、常に最も際立っていることが1つあります。自分の人生で直面する障害は決してあなたの進歩を邪魔するものではありません。ただそれらはあなたに進む方法を伝えようとしているのです。自分の運命をコントロールするのはあなたであり、自分が何になるかには限界など存在しません。あなたに限界はありません。

教えてくれたのは…デリック“DJ”タウンセルさん
デリック“DJ”タウンセルさんは、元NFL選手で現在はパーソナル・トレーナー、国際ヨガインストラクター、起業家、TVパーソナリティ、ブランド・アンバサダーとして多方面に活躍している。「自分が源であろうと何かに反射されてであろうと、光であれ」が人生のモットーである。

ヨガジャーナルアメリカ版/「Why DJ Townsel Left The Football Field for a Yoga Studio」

by DERRICK “DJ” TOWNSEL
Translated by Hanae Yamaguchi

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