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身体機能の回復以上にヨガで目指すものとは|病院を飛び出したふたりの医師の挑戦

  • 2019.9.22
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ヨガの心身を癒す力に魅了され、メドケアヨガを設立

――まずは、医師であるおふたりがヨガに携わる経緯を教えてください。

中野陽子さん(以下、陽子):私がヨガを始めたことが、そもそもの始まりでした。麻酔科医の仕事が忙しく慢性的な疲労解消のためにヨガを始めたところ、すごく体の調子が良くなりヨガにハマッていったんです。そのうちに、医師として人の健康に携わる以上、薬だけでは中々回復しない体の不調にヨガでアプローチしたいなと思い始め、指導者資格を取るためにヨガスクールに通いました。

中野輝基さん(以下、輝基):その頃僕はランに夢中で、ヨガにハマる妻を横目で見ている感じでしたね。興味がわいたのは、病院で診察しても不調の原因を特定できず、「様子を見ましょう」と言われる患者さんが、ヨガで癒されていく話を妻から聞くようになってからです。妻はヨガの記事執筆や監修の依頼が増え、そのサポートをするうちに、僕自身もヨガと関わる機会が少しずつ増えていきました。

陽子:無事に指導者資格を取って、これで自然とヨガ指導の道が開けるだろう。そう思っていたのですが……。現実は違いました。これといった活動をしないまま数年間が過ぎてしまって。

輝基:道が開けない原因を考えたとき、自分たちの存在や、やりたいことを認知してもらう働きがけをしていないと気付いたんです。改めて活動の方向性をふたりで考え、私たちが目指すのは「医療(MEDICINE)とケア(CARE)とヨガ(YOGA)の知識を融合させ、多くの人の健康増進に寄与すること」だと確信。そこで初めて「メドケアヨガ」という冠を掲げ、ホームページを開設し、同時に、私も指導者資格を取り本格的に始動しました。

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Photo by Kenji Yamada

ヨガスタジオに行けない人にヨガを。目標はソーシャルキャピタルの向上

――医師であるおふたりが考えた、メドケアヨガの理念とは?

陽子:ヨガスタジオに行けない高齢者や障害者、そのケアをする介護者に対して、病院、クリニック、高齢者施設、福祉施設などに私たちが出向きヨガを提供する。それが、メドケアヨガの理念です。その中で、アクセシブルヨガ、フレイルヨガ、正しい医療知識の普及活動を行っています。アクセシブルヨガは、アメリカ発祥のNPO団体です。障害の有無や身体能力などの違いに関わらず、誰もがアクセスできるヨガを提供する考え方に感銘を受け、設立者に直接連絡をしたんですね。「日本でアクセシブルヨガを広めたい」と。その後、香港で開講された指導者養成講座に参加し、私がアクセシブルヨガ日本アンバサダーに認定され、団体の理念を引き継ぎ活動しています。

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Photo by Kenji Yamada

輝基:ヨガにはどんな効果があると思いますか? もちろん筋力アップなど、身体的機能の改善に効果的ですが、メドケアヨガの目指すゴールはそこではありません。つながりが希薄な現代社会で、ヨガをツールとしてコミュニティを作りたい。そして地域のソーシャルキャピタル(社会・地域との結びつき)を高めることに重きを置いています。孤独は免疫力を低下させ、逆にコミュニティ内のつながりを高めると元気で長生きできるという研究結果が出ているんですよ。ヨガはみんなで集まってできる。しかも、心身の状態が違う人たちが一緒にできる点が優れています。おしゃべりも弾み、笑顔がこぼれ、その場にいること自体に健康効果がある。ヨガはソーシャルキャピタルを高める有効なツールと考えています。

陽子:活動のもうひとつの柱がフレイルヨガ。これは、高齢者のフレイルを包括的に改善するためのヨガです。フレイルとは健康な状態から要介護へ移行する中間地点と言われ、加齢による心身の衰え全般を指し、早期に気付き介入すれば生活機能の維持、改善ができると考えられています。 3つ目の柱として、正しい医療知識をヨガインストラクターや高齢者とその家族や介護者に伝えたり、講演会や指導者養成講座の医療監修なども行っています。

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高齢者アクティビティディレクターの分科会でフレイルヨガを指導。輝基さん自身も同ディレクター資格を取得している

――「ヨガスタジオに行けない人の元に出向く」という発想は新鮮ですね。おふたりがその必要性を実感したのはどんな場面ですか?

陽子:私たちの本業は医師なので、日々病院で患者さんと接する中で必要性を感じています。医師が膝の悪い人に、「リハビリのためプールで運動しましょうよ」とすすめたとします。でも、プールに行くこと自体が困難。そんな場面を見るにつけ、それなら私たちから出向いていこうと。

輝基:私は老人ホームで訪問診療も行っているんですね。テレビの前に座り時間をやり過ごす高齢者を見るにつけて、活き活きと毎日を過ごすため、行動意欲を高めるしくみ作りをしたいな、と思っていました。そうは言っても、人の行動を変えるのは難しいもの。ならば相手が来るのを待つより、自分から必要な人の元へ出向き変化のきっかけを提供しようと思いました。

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Photo by Kenji Yamada

アクセシブルヨガ×フレイルヨガで受講者の心身に前向きな変化が

――アクセシブルヨガとフレイルヨガでは、どのようなプログラムを実践していますか?

陽子:アクセシブルヨガは、ベースとなるシークエンスがあります。しかし、誰でもアクセスできるヨガであるために、そのときの受講者に合わせて毎回プログラムを変えているんです。重視するのはポーズの形より効果。例えば、片脚で立つポーズを脳性麻痺の患者さんが行う場合、椅子に座ってヨガブロックを足の指で押すだけでOK。それで体の軸と集中力の高まりを感じられたら、このポーズをやる意味は十分達成できたと考えています。

輝基:こうでなくちゃダメという概念はなく、強制もしません。その人ができる動きを拾い上げ、その場にいて参加しているという体験の共有が大事。椅子に座っている人、車椅子の人が混在してよくて、介護者の参加もウエルカムです。

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椅子に座って行うダウンドッグで全身を伸ばし、腕や脚の筋肉をアクティブに

陽子:フレイルヨガは何かというと……。単なる運動指導ではありません。例えば、歯科医師監修の口腔嚥下体操、栄養士が考えた高齢者のための栄養指導の座学も行い、様々な専門家の力を借りてフレイルリスクを軽減するプログラムを作っています。

輝基:クラスでは、アクセシブルヨガにフレイルヨガを組み込んで提供しているんです。体を動かしながら、口腔嚥下体操や座学も行う。フレイルの早期発見やフレイルという概念の普及にも努めています。

――クラスを体験した人には、心身に前向きな変化が見られるようですね。

輝基: そうなんです。精神的な疾病を抱えた患者さんは、不安との付き合い方に変化が見られました。今までは薬が手放せず、いつ服用すればいいのか、服用したら本当に効くのかと、常に不安が尽きない状態。このケースではヨガの呼吸法の指導を続けたところ、不安が沸き上がったら呼吸に集中することで立ち止まれるように。すると、症状と冷静に向き合うことができ、薬を飲むタイミングなどをコントロールできるようになりました。

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メドケアヨガを受講している、福祉施設で働く娘さんとご両親と一緒に

陽子:高齢者や障害者の場合、回数を重ねるうちにできなかった動きができ、自分で体の可能性に気付くことで気持ちが前向きになるようです。

輝基:ある高齢者施設では、クラスには参加するけど笑顔はなく、ずっと腕組みしている男性がいたんですね。楽しんでもらえていないと思い職員に相談したところ、「毎回参加するのは先生のクラスだけですよ」と言われ、見た目の印象とのギャップに驚きました。周りの人と同じ空気を吸い、雰囲気を共有することが男性には喜びなんですね。コミュニティを作りの必要性を改めて実感しました。

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クラスには息子さんを連れて行くことも。受講者の笑顔を誘う癒しの存在

国境を超えた草の根活動を続け、アクセシブルなヨガを広げたい

――現在は医療や福祉関連など様々な場所でヨガを指導していますが、活動を広げるうえで「壁」を感じたことはありますか?

輝基:最初は壁があると思っていなくて、それが甘かった。互いに面識のある医療機関にアプローチする分には、予め信頼関係があるので話はスムーズなんですが……。面識のない高齢者施設や障害者施設にアプローチしたときの反応の悪さといったら(笑)。メールの返信がないこともしばしば。

陽子:ドクターが健康にいいものを、なぜわざわざボランティアで教えるのか。収益を目的としていないスタンスが逆に不信感を呼び、何度も門前払いを経験しましたよ。その施設でヨガを行った「前例がない」という点が壁になっていると感じました。

輝基:壁を乗り越える方法は、草の根的に活動を続けることでと思います。同時に、ヨガが体を動かすだけの体操と違い包括的に不調を改善するツールであることや、日本では浸透していないフレイルの概念を伝えることも必要だと感じています。

陽子:あとは私たちの知名度を上げること。そのためにはメディアへの露出も増やしていきたいです。

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Photo by Kenji Yamada

――おふたりは今後、どんな未来を描いていますか?

陽子:日本に限らず世界中の人と協力し、メドケアヨガの原点といえるアクセシブルヨガを広めていきたいですね。すでに走り始めていて、日本代表としてアクセシブルヨガ設立者のJivana Heyman氏からアクセシブルヨガを普及している世界中の医療者やヨガ講師とつなげてもらっています。アメリカ、シンガポール、台湾など幅広く。今年9月にはヨーロッパ代表と面談し、日本とヨーロッパの連携強化について話し合う機会に恵まれました。

輝基:こうした草の根活動を通して世界中の人にリーチアウトし、同時に、日本では来年からアクセシブルヨガとフレイルヨガの指導者養成講座をスタートします。安全な指導に必要な医療知識を学び、一緒に活動してくれる仲間を増やしていきたいです。

ヨガ人口は増え、ヨガスタジオの数も増加しています。一見選択肢が豊かになったように思えますが、それはあくまでも健常者の視点。ヨガスタジオに行けない人にヨガを届けに行くという発想は、体に不自由を抱えた患者と接してきたおふたりならでは。ヨガの扉がより多くの人に開かれた思いがし、「ソーシャルキャピタルを高める」ヨガの新たな役割にも期待が膨らみます。

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Photo by Kenji Yamada

中野陽子さん
日本麻酔科学会専門医、メドケアヨガ代表。全米ヨガアライアンス認定ヨガインストラクター(E-RYT)資格を取得し、アクセシブルヨガ日本アンバサダーも務める。夫で精神科医の中野輝基さんと二人三脚で、メドケアヨガの活動を進めている。

中野輝基さん
日本精神神経学会、日本老年精神医学会の専門医・指導医、メドケアヨガ共同代表、高齢者アクティビティディレクター。全米ヨガアライアンス認定ヨガインストラクター(RYT200)を取得し、妻の中野陽子さんをサポートしながら病院や各施設でメドケアヨガを指導。

Photos by Kenji Yamada
Text by Ai Kitabayashi

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