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河内タカの素顔の芸術家たち。ジャン・アルプ

  • 2019.9.11
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This Month Artist: Jean Arp

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出典 andpremium.jp

Jean Arp / ジャン・アルプ
1886 – 1966 / DEU, FRA
No.070

1887年、アルザス地方のストラスブール生まれ。1905年からヴァイマルの美術学校で学び、その後はパリのアカデミー・ジュリアンでも学ぶ。1912年にカンディンスキーとともに「青騎士」の展覧会に参加。1916年からはチューリヒに拠点を移しトリスタン・ツァラらと共にダダイスム運動を展開。その後、画家のゾフィー・トイバーと結婚し共同制作を行うようになるが、後にゾフィーが事故死したことで極度の鬱に陥り修道院に引きこもる。その4年後に再び制作を開始し、ヴェネツィア・ビエンナーレ彫刻部門賞やフランス芸術大賞を受賞するなど大きな功績を残す。晩年はパリを拠点にしていたが、1966年にスイスのバーゼルに移りそこで79年の生涯を閉じた。

抽象的な作品を自ら具体美術と呼んでいた ジャン・アルプ

ドイツのバウハウスにおける直線を軸にした様式が、アートとデザインと建築の主流になっていた20世紀前半のモダニズムの流れに対し、それに真っ向から反抗するような曲線や丸みを帯びた造形を作り続けたアーティストとして知られるのがジャン・アルプです。アルプの作品はスペインの画家であるジョアン・ミロの作品を思わせるような可愛らしさもあるのですが、この芸術家は「Dada(ダダ)」と呼ばれた人騒がせなアートの動きの中心人物だったいうことからもわかるように、前衛的ともいえる彫刻やコラージュ作品を生涯に渡って作り続けたアーティストでした。

この「ダダ」というムーブメントは、「あらゆる既成の価値を否定し、白紙に還元するために徹底的な破壊を繰り返す」という芸術運動であり、なんだかとても強面な作品を想像してしまいがちなのですが、アルプの作品に関していえば、ヒゲや唇といった人のパーツ、帽子やボトルや食器など日常生活にある物からユーモラスな形を作り上げるという、どこか「ゆるキャラ」のようなほのぼのとしたものだったのです。

このようにアルプの作品というのは誰が見てもユーモアやジョークに溢れたものが多かったわけですが、実をいうとそういった側面こそが本来のダダの理念を作品で定義したものともいえるのです。というのも、彼が生きた時代は戦争や不況によって陰鬱なムードに覆われ続けた時代であり、ゆえにシリアスすぎる芸術界に対して「スノッブなアートなんかクソくらえ!」的な彼なりの反動があったんじゃないかと考えられ、そんな「明るいパンク」ともいえるアルプの作品が20世紀のアートの流れの中においてユニークさとユーモアが感じさせるのかもしれません。

しかし悲しいかな、そんなハッピーなオーラに満ちた彼にも不幸が訪れてしまいます。優秀なアーティストとして知られた妻のゾフィー・トイバー・アルプが、1943年1月12日の夜間にストーブによる一酸化炭素中毒によって急死。そんな不慮の事故が大きな心の痛手となりアルプは深刻な鬱に陥ってしまったのです。制作する意欲も沸かなくなり、やがて修道院に引きこもりゾフィーを思いながら詩作をして過ごしていたという、彼の人生においてどん底の時代を4年間も過ごしました。

しかしながら、アルプ作品の熱心なコレクターであったマルゲリーテ・ハーゲンバッハという女性の献身的なサポートのよってゆっくりとながらも再起を遂げ、それまで書き溜めた詩をモチーフにした彫刻作品を制作し始めたのです。それからのアルプは失われた年月を挽回するかのように精力的に活躍し、石膏や大理石やブロンズなどを使った有機的な彫刻(抽象的な形態を持ちながらも一貫して自分の作品を「具体美術」と呼んでいた)やコラージュやアサンブラージュの手法による平面作品を数多く残しました。そして今では、アルプの作品は2007年にライン川沿いに開館したアルプ美術館や日本国内の多くの美術館でもアルプ作品を見ることができるので、いつ見ても気持ちがなごんでしまうアルプ作品にぜひ触れてみてくださいね。

Illustration: SANDER STUDIO

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出典 andpremium.jp

『Hans Arp: Sculptures, a Critical Survey/ Skulpturen, Eine Bestandsaufnahme』(Hatje Cantz Verlag Gmbh & Co Kg;)ジャン・アルプが作り上げたほぼ全手の彫刻作品を網羅した一冊。作品を通じて、それらが生まれた背景や彼の生涯を探る。

文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した新刊『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を4月に出版したばかり。

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